中村佑介、『謎解きはディナーのあとで』表紙など20年の仕事を振り返る展覧会を機に、職業「イラストレーター」への想いを語る

SPICE

イラストレーターとして、2002年から本格的に活動を始めた中村佑介。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットや、小説『謎解きはディナーのあとで』の表紙、映画『夜は短し歩けよ乙女』のキャラクターデザインを手がけるなど、幅広いジャンルで商業イラストレーターとして活躍している。今年で画業20周年を迎えたことを記念し、9月25日(日)まで、あべのハルカス24階の大阪芸術大学スカイキャンパスにて、『「中村佑介20周年展」20th Anniversary Yusuke Nakamura Exhibition』が開催中だ。目の前でイラストを描いてくれるサイン会や、ゆかりのある著名人とのトークショーなども実施予定とのこと。そこで2008年から中村の個展に顔を出してきた筆者が、近年の仕事への向き合い方の変化や、イラストレーターを志す若手との関わりなどについて、疑問を投げかけた。


『「中村佑介20周年展」20th Anniversary Yusuke Nakamura Exhibition』
『「中村佑介20周年展」20th Anniversary Yusuke Nakamura Exhibition』

自信があるかないかだけで、人生が決まっちゃったりする


ーー個展の開催、おめでとうございます。2017年にも同じ会場で『中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA』を実施されていますが、再び戻ってきたお気持ちをお聞かせください。

本来『中村佑介展』は、2020年まで全国の主要都市を廻る予定だったんですよ。台湾での開催も予定していたんですけど、コロナになって全部潰れちゃって。結局開催できたのは、東京、名古屋、大阪、福岡、山口、金沢くらいでした。本当は日本一周廻って、もっと凱旋的に大阪へ帰ってきたかったんですけど。コロナで2年~3年ぐらい時が止まっちゃってますからね。皆思うように動けないし、今回の展覧会だって「大阪は感染者が多いから怖くて行けない」という方も多分たくさんいる。だから難しいですね(笑)。

ーーコロナの間は、中村さんの中でも止まっているような感覚があった。

止まっていますね。公演会もサイン会もなくなっていったし。また展覧会ができたことは嬉しいですけどね。でもやっぱり来られない方の顔が浮かんできます。15周年展の時はコロナじゃなかったですから、なるべく来てもらいやすい展覧会を作るために、コンセプトや値段を設定していて、皆さん色んな場所から来ていただきました。だから今回は、もどかしいなという感じはありますね。

ーーなるほど。

でも15周年展もそんなに廻っていないので、「20周年展はどうですか」と聞かれても、本当は「変わってないよ」と答えたいんですよ。あれから時が進んでないし、来れない方がたくさんいるとわかっていて、「これだけ力を入れました」と言うのも良くないことのような気がしてしまいます。

挨拶パネルの前にて
挨拶パネルの前にて

ーーとはいえ、15周年を経てこの20年を振り返っていた、最初の挨拶パネルの言葉は印象的でした。

これまで会場ごとで伝えたいメッセージは変わらないので、大阪、東京、名古屋と、同じ挨拶パネルを使い回していたんですよ。「最後の2022を2023に変えてまた使ってください」みたいなこと言ってたんです。だって「こんなに入場料金を安くしてるのに、なんで僕がそんなに頑張んないといけないの」と思うじゃないですか。でも、違うなと思って。コロナになって、皆本当にお金がないですから。展覧会の入場料金は出せたとしても、交通費とか食事やお茶をして帰ったりするお金とかを考えたら、このコロナ禍においてはめちゃくちゃ高い。世界中の人が将来不安ですよ。でも、それでも来てくれる方がいる。その時にやっぱり変えないのは良くないなと思って、ようやく挨拶パネルの文章を書き直しましたね。だから、これが今回の本体というか(笑)。

ーーちゃんと読んでほしいですね、このパネル。

ハハハ(笑)。読まなくても良いけど、本当に誠意みたいなところですかね。

ーー今後海外への軸足も考えていると、SPICEの15周年展のインタビューではおっしゃっていました。

そこはコロナで止まっちゃいましたね。もっと海外の展覧会もやって、空気感や文化を理解して、海外のお仕事もしたいなと思ってたんですけど、白紙に戻っちゃった感じです。本当は今でもやりたいですけどね。

展示会場で前回から増えた展示物を指差す中村佑介
展示会場で前回から増えた展示物を指差す中村佑介

ーー展示の順番や内容は、中村さんご自身が考えられるんですか。

最初から考えましたね。「この順番」でとか「これ飾ってください」とか。

ーー展示数は前より増えましたよね。

今回は500点くらいです。前よりかなり増えていますね。

貴重な下描きやラフも展示
貴重な下描きやラフも展示

ーー下絵と完成イラストをセットで展示されるのも、前回から一貫していますね。

はい、決めていました。あと前から変わったところというと、下描きとかラフ画も増えてます。そういう展示があると、来る方がより温度を感じられるのかなと。だから下書きを残すようになりました。前は下描きの上からペン入れして、全部消しちゃってたんです。だから昔の下絵は残ってないんですよ。でも最近は「展覧会もあるしな」と思って、別の紙をトレス台にあててペン入れするようになりましたね。

最も印象に残っているという、高校生の音楽の教科書『高校生の音楽』
最も印象に残っているという、高校生の音楽の教科書『高校生の音楽』

ーー画業20年の中で1番印象に残っているお仕事は何ですか。

印象に残ってるのはやっぱり教科書の表紙ですかね。

高校生の音楽の教科書『高校生の音楽』
高校生の音楽の教科書『高校生の音楽』

ーー2013年から手がけられている『高校生の音楽』ですね。商業イラストレーターとしての矜持はありますか?

何でしょうかね(笑)。商業イラストが1番ダメなのは炎上すること。よく漫画の広告とか炎上してるじゃないですか。あれは漫画だからできることです。商業イラストは広報の役割を持つので、なるべく当たり触りないの表現で、その商品を説明しなくちゃいけないんです。でもそうなると事務的にやるのが1番無難なので、昔の高校の教科書の表紙みたいに、つまんなくなるんですよ。なので、おもしろくなくならないように使われて、かつ炎上をしない。炎上しそうで炎上しないじゃないですか、この表紙。その辺が矜持というか、こだわりですかね。

大阪芸術大学 大学案内用のイラスト
大阪芸術大学 大学案内用のイラスト

ーーご自身も大阪芸術大学出身で大阪芸大のお仕事をされたり、インターネットでは合評をされていたりと、学生さんや若者との関わりが増えていると感じます。若者を育成したい気持ちはありますか?

育成と言うほどではありませんが、自信を持ってほしいなと思うんです。自信があるかないかだけで、人生が決まっちゃったりするんですよ。

ーーすごくわかります。

自信はどこから来るのかというと、やっぱり褒められいてるか、褒められていないか。褒められてると言うとちょっと簡単になっちゃうから「認められているかどうか」ですかね。例えば同窓会に行って、昔好きだったけど話せなかった男の子がいたとします。もし「私、本当は高校の時〇〇くんのこと好きだったよ」と伝えて「え、俺も好きだったのに。言ってくれたらよかったのに」と返されたら、「あれ、そんなもの?」と思わないですか。

中村佑介
中村佑介

ーー拍子抜けしますね。あと後悔も襲ってきそうです。

そうですよね。でも当時は一挙手一投足をもっと重大に考えたはず。「自信がないから」とか、そんなつまんないことで、結構自分の人生を閉じ込めちゃってる。僕の場合は幸いにして両親が絵の仕事をしていて、「大阪芸大に行きたい」と伝えると「行ったら良いじゃん、良い大学だと思うよ」と言ってくれたんです。僕の両親は家に帰っても仕事の話はしないし、絵も習ってないけど、そんなことどうでもよくて、朧げな世界に理解があった。自分が大学に入ってプロになれるかどうかもわからない時に、両親からの「行ったら良いと思うよ」という一言は、やっぱりどの人の言葉よりも励みになったなと思って。合評会はその子のことを思って色々言ったりはしますけど、実は内容はどうでも良い。「プロのイラストレーターと話せた」という経験が重要なんです。「あの時あれだけ勇気を出せたんだから、もうちょっと続けてみようかな」、「プロを目指してみようかな」と、少しでも自信を与えられたら良いなと思って続けています。だから教育とは目的がちょっと違う。教育はもっと知識的なものなので。そのフリをして構図がどうたら、色がどうたらと言ってるけど、僕にとっては実はそこはどうでもいいんです。若い人たちが欲しくても貰えないものは、多分自信だと思うんですよ。

森見登美彦の作品のコーナー
森見登美彦の作品のコーナー

ーーSNS時代で、簡単に人と比べられてしまいますし。

そうです、そうです。フォロワー数がなんやとかも多分気にしてると思うんですよ。本当に僕が若い時にSNSがなくて良かったと思いますもん。もし高校とか中学とかの時にSNSがあったら、自分が目指したい方向に進まなかったんじゃないかなと思いますね。

ーー中村さんはエッセイ、ラジオ、文章、様々なもので自己表現をされていますが、ここ5年間で変化したことはありますか。

絵に充てる時間をもう少し増やしたいなと思うようになりましたね。前は締切を守りすぎていたというか。クライアントにとってはすごく良いことで正しいことなんだけど、一方でちょっと誠意がないなと。例えば「浅田飴」を手に取ったお客さんが、ちょっとでも嬉しい気持ちになったり、テンションが上がったりしてもらうためにイラストを描いています。だから、実は仕事においてクライアントは王様じゃないんですよ。王様はやっぱりお客さんなんです。それを考えると、一定のクオリティに達するまでに締切が来たから提出するのは、誠実じゃないんじゃないかと思いだして。できる限り締切を延ばしてもらって、制作時間を増やして仕事することを、この5年間ぐらいで始めました。あとたくさん仕事を入れて、締切を守って、忙しく仕事をして、すごく消費していると思ったんです。

浅田飴のパッケージイラスト
浅田飴のパッケージイラスト

ーーご自身が。

そう。消費している、いや、消費されてる。人気のあるイラストレーター像を作っているだけで、1枚1枚の絵に愛着を持ってもらえてないんじゃないかと、この10年ぐらい思っていました。

ーー浅田飴グッズの転売もありましたものね。

ありましたね。転売も同じような感じで、僕の絵ではなく僕の影響力や幻影みたいなものを売ってるわけですよ。プレミアがつくというのは、そういうこと。でもその商品以上の価値がつくことが僕はあまり好きではなくて。やればやるほどイメージを売ってしまっているような気がするんです。僕がオンラインサロンをやらないのも同じです。めっちゃお誘いがくるんですけど、それはやっぱりイメージを売ってることになると思うんです。僕は絵を描くことでお金をもらって生活している人なのに、オンラインサロンをやるのは「この人の絵が売れているから、この人の教育は正しい」とか、「この人の近くにいたらメリットがあるのかもしれない」みたいな影響力を切り売りしてる。芸能人やインフルエンサーはやっても良いんじゃないかなとは思いますけど、僕の場合、それをやるのは誠実じゃない。もっと僕の絵を手に取ってくれる人に対して時間をたくさん取りたいなと思っています。

目の前のことを懸命にやってきた20年「イラストレーターの社会的地位を上げたい」


音楽の仕事がズラリ
音楽の仕事がズラリ

同展は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONとの仕事からスタートする。続いて『謎解きはディナーのあとで』や文芸誌『きらら』の表紙、森見登美彦作『夜は短し歩けよ乙女』のキャラクターデザインなどといった膨大な装画がズラリ。そのほか商品パッケージ、ポスター、初期のオリジナル作品、学生時代のデッサンなども含め、約500点が展示されている。

「PORTRATION」コーナー
「PORTRATION」コーナー

特に筆者が印象的だったのは、似顔絵仕事を集めた「PORTRATION」のコーナーだ。同名の個展が2008年に大阪堀江のギャラリー、ARTHOUSEで行われ、その中からの作品を展示。2週間かけて会場2階の白い部屋を、その場で描く300人のポートレイトで埋め尽くした同展の抜粋作品がパネルで紹介されていた。初期から最新作まで、まさに「中村佑介の20年間」をギュッと凝縮した展覧会となっている。

展覧会の注目ポイントを、中村は「とにかく20年分の作品がたくさん展示されています。展覧会に興味なかったけど連れてこられたという方も、この物量なら楽しんでいただけるのではないかなと思います」とする。

オリジナル作品「通天閣さん」など、関西をモチーフにした作品が並ぶ
オリジナル作品「通天閣さん」など、関西をモチーフにした作品が並ぶ

現在も関西在住の中村。関西の仕事をすることについては「嬉しいです。大阪芸大さんとのお仕事もそうだし、元々住んでた宝塚とか、吹田、通天閣もそう。ゴジラ・ストアOsakaや「ゴジラvs京都」、ガンバ大阪や神戸離宮公園もありました。こういう作品を描かせてもらうと関西への恩返しができているなと思いますが、『大阪・関西万博』の仕事に何ひとつ声を掛けられていないので、自分の努力が足りないなと思いますね」と『大阪・関西万博』への意欲を語り、「できるだけ権力にコミットしていきたい。皆が思ってる以上に偉いイメージを作りたいですね。異様にお金を持っているとか偉い人とかと知り合いじゃなくて、胡散臭くない形でイラストレーターが出てくると、イラストレーターのイメージや社会的地位がアップするんですよね。たとえば漫画家なら手塚治虫さんだし、野球なら長嶋茂雄さん、プロレスラーならアントニオ猪木さんといった感じです」。

ミュージアムショップでは画集をはじめとするオリジナルグッズを販売
ミュージアムショップでは画集をはじめとするオリジナルグッズを販売

「これまで「イラストレーターを地方で目指したけれど親に反対されて、絵は得意なんだけれども美大も行かずに社会人になって、結婚して子供ができて、子供が育って時間ができて、やっぱりイラストレーターを目指したいけど、もう遅かった」みたいな人は結構たくさんいて。大阪でリアルのイラスト教室を開いた時に、そういう方ばかりいらっしゃったんですよね。もっと早く何かがあれば、この人は変われたのかなとか、プロのイラストレーターとして子育てできたんじゃないかなとかと思うと、時間がもったいないなと思って。それは日本に「偉いっぽいイラストレーター」がいないからじゃないかなと思ったんです。次に万博とかオリンピックとか、日本でコミットできるものがあるなら、なり振り構ってられないという気持ちです」と、日本における「職業 イラストレーター」の気持ちを吐露。彼自身がロールモデルとして、イラストレーターの未来に貢献する日も近いのではないだろうかと感じた。

『「中村佑介20周年展」20th Anniversary Yusuke Nakamura Exhibition』は、9月25日(日)まで、あべのハルカス24階の大阪芸術大学スカイキャンパスにて開催中。8月11日(木)には森見登美彦と、15日(月)には後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATIONとのトークイベントを開催。後藤との対談は、生配信も実施予定だ。さらに、即日完売となったイラスト付きサイン会の追加日程も発表されている。ぜひHPをチェックしよう。

取材・文=ERI KUBOTA 撮影=高村直希

当記事はSPICEの提供記事です。

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