ミュージカル『春のめざめ』、フレッシュなキャストで開幕 【ゲネプロレポート】

SPICE



ミュージカル『春のめざめ』が、2022年7月15日(金)、東京・浅草九劇で開幕した(上演は31日(日)まで)。本作は、フランク・ヴェデキントが19世紀に書いた同名戯曲を原作として、スティーヴン・セイターの台本・歌詞と、ダンカン・シークの音楽によってリクリエイトされた、ロック・ミュージカルである。

オリジナル・プロダクションはオフ・ブロードウェイを経て2006年にブロードウェイ初演。リアルな性表現を含む作品だが、戯曲や楽曲、俳優たちの魅力はもちろん、マイケル・メイヤーによる斬新かつスタイリッシュな演出、コンテンポラリーダンスのビル・T・ジョーンズによるユニークな振付、ネオン管を多用したケヴィン・アダムズの照明など、完成度の高い舞台が観客たちの熱狂的支持を集め、第61回トニー賞ミュージカル部門では最優秀作品賞を含む8冠を受賞した。また、リア・ミシェル、ジョナサン・グロフ、ジョン・ギャラガーJR、スカイラー・アスティンら、初演当初は無名だったオリジナル・キャストは、本作をきっかけに注目を集め(GAPの広告にも登場)、今をときめく人気俳優へと羽ばたいていく。そんな彼らが初演15周年記念で再結集したコンサートが2021年に開催され、さらに今年(2022年)のトニー賞授賞式でも同メンバーたちによる名曲“Touch Me”が披露された。日本では、オリジナル・プロダクションに準拠した日本語版が2009年~2010年に劇団四季によって上演された(主役のメルヒオールを柿澤勇人が演じた)。一方、2014年~2015年にはデフ・ウェスト・シアターによるリヴァイヴァル・プロダクション(演出:マイケル・アーデン)も、劇団の本拠地ロスアンゼルスで上演された。聴覚障がい者達によって手話つきで演じられたその上演はまたたく間に評判を呼び、2015年~2016年にはブロードウェイに進出、トニー賞(リヴァイヴァル作品賞)にもノミネートされた。

今回、浅草九劇で上演されるミュージカル『春のめざめ』は、金子絢子が翻訳・訳詞を手掛け、奥山寛が演出を務める新たな日本語プロダクションである。本作を上演する浅草九劇は、<人を育む劇場>というコンセプトのもと2017年3月に芸能の聖地・浅草に開業、貸館のみならず自主事業にも力を注ぎ、2021年からは、本格的なミュージカルを小劇場の距離感で楽しめる企画を開始した。その第一弾だったオフ・ブロードウェイミュージカル『キッド・ヴィクトリー』で演出を担当した奥山寛が、今回第二弾となる『春のめざめ』でも演出を手掛ける。

一回のステージに出演する俳優は男子役6名・女子役5名・大人役2名の13名だが、今回の公演ではそれぞれWESTチームとEASTチームのダブルキャスト編成となっているので、合計の出演俳優数は総勢26名。彼らは2021年9月のワークショップオーディションおよび10月の一般オーディションを経て選ばれた。

主役のメルヒオールには、ミュージカル『メリー・ポピンズ』でロバートソン・アイ役を好演した石川新太(WESTチーム)、映像から舞台まで幅広く活躍している平松來馬(EASTチーム)。ヒロインのヴェントラ役には、2007年ミュージカル『アニー』の主人公アニー役をはじめ幼少期からミュージカルに多数出演している栗原沙也加(WESTチーム)、体調不良で降板した横山結衣に代わり抜擢された北村沙羅(EASTチーム)が、キャスティングされた。

なお、WESTチームとEASTチームの差異や各魅力について、演出の奥山は「色味が全然違いますね。全体のバランスを見て2チームに分けたのですが、WESTの方が年齢層が少し上で、EASTの方が少し若いんです。WESTはしっかりと腰が座っていて、ドシっと落ち着いた感じのエネルギーがありますね。EASTはパワーとガッツがあって、溌剌としたエネルギーを感じます」と語っている(SPICE 2022.7.13 『ミュージカル・リレイヤーズ』file.12 奥山寛インタビューより)。


初日に先立ち、プレビュー期間中(7月12日・13日)にWESTとEASTの両チームのゲネプロ(総通し稽古)を見学した。

本作の舞台は19世紀末のドイツ。退屈な授業、強圧的な教師、無理解な親……思春期の真っ只中にある10代の少年少女たちが、保守的な社会の中で退屈な日々を送っている。性への無知と、大人の無理解によって生まれる悲劇が描かれる。

浅草九劇の舞台奥には、白い建物の内側(時に外側にもなる)が美術として設置され、その前方部分が俳優たちの演技スペースとなる。建物の上層(二層構造の上階)部分は、バンドの生演奏スペースとなっている。演奏陣は、本作の音楽監督も務める濱田竜司(指揮・キーボード)、金戸俊悟(ギター)、板本恵太(ベース)、テオクソン(パーカッション・第二キーボード)、浅井智佳子(チェロ)の5名。彼らが定位置に揃うと、まもなく開演だ。

冒頭、クラシックギターのもの哀しい調べに乗せて、ヴェントラ(栗原沙也加/北村沙羅)がひとり、姿見の前で自問しながら“Mama Who Bore Me”を情感たっぷりに歌い始める。そして母親(尹嬉淑/魏涼子)に子どもの作り方を問うも、はぐらかされ正しく教えてもらえない。続いて、友だちのイルゼ(二宮芽生/小嶋紗里)、マルタ(的場美佳/古沢朋恵)、アンナ(小多桜子/久信田敦子)、テア(中原櫻乃/大川由愛)が合流し、5人全員で“Mama Who Bore Me(Reprise)”を苛立ちながら荒々しく歌う。冒頭の楽曲と同じ歌詞・同じ旋律でありながら、全く違う表情のナンバーに変貌している。
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム

間髪を入れずに、男子生徒たちが椅子持参で現れるとそこは、瞬時にギムナジウムのラテン語授業の教室へと切り換わる。厳格で怖ろしい男性教師(森田浩平/松井工)に生徒たちは怯え気味だが、成績優秀なメルヒオール(石川新太/平松來馬)だけは級友モーリッツ(瀧澤翼<円神>/東間一貴)の失態を庇うべく、教師の言い分に毅然たる態度で反論する。もちろん赦されようはずもなく、ラテン語の暗唱を全員が命じられると、メルヒオールはその暗唱のリズムに載せて“All That's Known”を心の中で歌う。

やがて教師の叱責に耐えられず不協和音のエレクトリックギターに導かれてモーリッツが心の中で歌いだすのが、“The B*tch of Living”である。19世紀に似つかわしくないパンク調のロックミュージック。すぐに同級生のオットー(聖司朗/岡直樹)、ゲオルク(木暮真一郎/町田慎之介)、エルンスト(熊野義貴/谷怜由)、ヘンスヒェン(成田寛巳/黒野優)にも不満が伝染し、それぞれのソロパートが次々に歌い継がれていく。本劇中では随所に切れ味の鋭いダンスが展開されるが、とりわけこの場面での男子たちの踊りは、観る者の脳裏に強く焼き付くことだろう。
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

少年少女たちにとって親や先生は「絶対」であり、大人に都合のいいことしか教えてもらえない。性への興味で頭がいっぱいで夜も眠れないモーリッツは、読書家のメルヒオールから女性器や性行為を図解したメモを受け取る。ゲオルクはピアノの家庭教師(の衣服越しの乳房)にメロメロとなり、ヘンスヒェンはシェイクスピアのテキストで自慰に耽る始末。こうして性にめざめてゆく若者たちは、「誰を妄想するか」を考え(“My Junk”)、エデンの茂みに触れることを夢見る(“Touch Me”)。この“Touch Me”の音楽が、うっとりするほど美しいのが心憎い。とりわけ、オットーが中盤から聴かせるソロパートは胸に迫るものがある。
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

メルヒオールは、ある日、彼の隠れ家的な場所で幼なじみのヴェントラと出会う。お互いの手が触れ合い、意識し始める2人(“The Word of Your Body”)。その後、友人のマルタが父親から虐待を受けていること(“The Dark I Know Well”)を知ったヴェントラ。だが、自分は殴られた経験がないから友人の痛みがわからないという。それどころか、「一度も、何も感じたことがない」と、メルヒオールに打ち明ける。そして彼に、とあるお願い事をするヴェントラ。だがそれが、メルヒオールの中に眠っていた何かをめざめさせてしまう。さらにそのことが、この後の大きな悲劇を招いてしまう……。
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

筆者は、ブロードウェイでオリジナル・プロダクションを幾度も観劇し、劇団四季の日本語上演に通った経験も持つ。19世紀末の閉鎖的で保守的なドイツを舞台としながらも、おもむろにハンドマイクを取り出しロック・ミュージシャンさながらにシャウトするキャストたちや、タブーとされるF*ck(Fワード)をはじめとする放送禁止用語の多用(ブロードウェイでは、その言葉が発せられただけで会場が沸いた)、そして生々しい性の描写と美しいメロディの融合に、衝撃を受けた。

一方、今回の新たな演出ではそれらのケレン的要素をできるだけ排し、作品世界が「現在の私たちの身近な日常」に重なることを重視しているように見える。翻訳・訳詞も同様で、特に訳詞においては刺激的なワードや直訳的アプローチを周到に避けながら、楽曲単位で原英語詞全体を一旦解体し、音符にのりやすいよう大胆な意訳も辞さずに歌詞世界を再構築することで、英語ミュージカル歌詞の日本語化という難題に取り組んでいる。

もうひとつ、今回の演出で印象的だったのが、紙の多用だ。紙切れよりも軽い子どもたちの尊厳は、ズタズタに刻み付けられ、踏みつけられてゆく。それが積もりに積もってゆくさまが、視覚に訴えかけてくる。
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

しかし一概に“子どもたち”と言っても、もちろん彼ら一人ひとりには個性がある。たとえば、ドレスのデザインや好きな男の子のことを無邪気に話すテア、楽観的で世間知らずのアンナ、ピアノの先生の豊満な胸が頭から離れないゲオルク、無垢で単純なエルンストを自分の虜にするヘンスヒェン。それら登場人物たちの多様性を、各俳優の持ち味と併せて、じっくりと観察できるのが浅草九劇という小劇場空間ならではの醍醐味といえよう。
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム

逆に大人の男性は、誰かの父親、偉い教師(エライネン校長!)、牧師など、何役も一人の俳優が兼任し、大人の女性も、誰かの母親、事なかれ主義の教師(コトナカーレ先生!)、ピアノの先生などを兼任する。小道具やちょっとした衣裳の追加はあるものの、いま何の役をやっているのか見ていてわからなくなるシーンもあるだろう。だが、それは「大人なんか皆同じだ」というメッセージとも受け取れるので、それぞれ自分の解釈を信じた観劇で大丈夫。
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

また、今回のプロダクションにおいては、イルゼという存在が非常に丁寧に描かれているとも感じられた。彼女はマルタ同様に暗い事情があるらしいのだが、マルタが家を放り出されるのを恐れて耐えているのとは対照的に、家出して、芸術家集団の中で暮らしている。そして、大人の社会通念によって圧し潰されようとするモーリッツやメルヒオールの窮地に現れ、彼らを救おうと奔走する(その結果はともあれ…)。そんな彼女の内なる倫理性が、今回の俳優の演技を通じてわかりやすく可視化されていたと思う。そして、イルゼが歌い出しを担当するエンディング曲“The Song of Purple Summer”が、なぜPurpleなSummerの歌なのか、(詳細は省くが)第二幕でモーリッツとイルゼが歌う“Don't Do Sadness/Blue Wind”の歌詞や照明を思い出しながら、改めて考えさせられた。さまざまな色を混ぜ合わせて絶妙な色を生み出す照明は、オリジナル版のネオン管とはまた趣が異なり、繊細な心の彩りを表現している。
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム
ミュージカル『春のめざめ』EASTチーム

だが、やはりこの舞台での圧巻は、ミュージカルの肝というべき、音楽であり歌唱であった。舞台の上方から鳴り響く生バンドの演奏は完璧で、とくにチェロやコントラバスといった弦楽器の重みが、浅草九劇の客席全体を包んで心地よかった。俳優たちの歌唱も、想定を超えるクオリティに達していた。オーディションで選ばれた若いメンバーたちは、溌溂かつ伸びやかな歌声に加え、役として生きるその姿がひたむきなのだ。彼らの声が重なり生みだされる迫力やハーモニーの美しさに、ハッとさせられ、笑い、涙し、心が忙しかった。そしていま、それを観られることが、大人として何とも嬉しかった。今回のフレッシュなメンバーたちは、今後ミュージカル界でさらに大きく羽ばたいていくことだろう。チケット発売早々から完売回が出るなど、この公演に対する世間の注目度の高さがそれを物語っている。

ミュージカル『春のめざめ』本公演は2022年7月15日から7月31日まで、上演時間は第一幕:1時間5分、休憩:15分、第二幕:55分の合計2時間15分を予定。カーテンコールは写真撮影OKタイムがあるので、終演後、各自ご準備を。アフタートークなどの情報については作品公式HPをご参照のこと。
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム
ミュージカル『春のめざめ』WESTチーム

最後に、各チームでメルヒオールを演じた2人と、ヴェントラを演じた2人からの開幕コメントが届いたので、紹介する。

●石川新太 (WEST)メルヒオール役

お稽古が始まったのは5月中旬…。
季節も変わりすっかり暑くなりました。
約2ヶ月間の稽古を経て、こうして皆様に作品をお届けできること、心から嬉しく思います。
19世紀末のドイツと今の日本。
ある種“抑圧され、みんなが何かを抱えて生きている”のは繋がりがあるのではないでしょうか…
皆様にこの作品の魅力を、メッセージを、余すことなく届けられるよう精一杯努めます。
劇場でお待ちしてます。

●平松來馬(EAST)メルヒオール役

EASTメルヒオール役の平松來馬です。
まずはここまで支えてくださった全ての皆様
本当にありがとうございます!
幕が開くことが決して当たり前ではないからこそ、浅草九劇で『春のめざめ』という作品の幕が開くことは歴史的な瞬間だと自分の中で感じています。
この作品が多くの方に愛され、多くの方の想いが詰まっている意義を観ていただければ感じれると思います。
そして、この作品をカンパニー全員で全身全霊で届けます!
よろしくお願いいたします。

●栗原沙也加(WEST)ヴェントラ役

ついに、ついに幕が上がります。
カンパニー全員でこの日を迎えられたこと、そしてこの情勢下でも観に来てくださるお客様がたくさんいらっしゃること、本当に幸せに思います。
全員で悩んで、立ち向かってきたこの約2ヶ月間を思い出すと胸がいっぱいです。
一人でも多くの方に届きますように。
是非、劇場へお越しください。
お待ちしております。

●北村沙羅(EAST)ヴェントラ役

稽古初日からずっと待ち望んでた日がようやく来ました。
皆で沢山悩みながら濃い稽古を重ねてきましたが、『春のめざめ』の世界を生々しく見ていただける作品になったと思います。
結束力のある素敵なメンバーに囲まれて初日を迎えられること、本当に感謝でいっぱいです。
この作品が皆様にとって何かのきっかけになりますように。

取材・文=ヨコウチ会長  写真提供=浅草九劇

当記事はSPICEの提供記事です。

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