高木裕和インタビュー スウィングを経験し今改めて思う「劇場をみんなが安心して楽しめる場所に」/『ミュージカル・リレイヤーズ』file.11

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  「人」にフォーカスし、ミュージカル界の名バイプレイヤーや未来のスター(Star-To-Be)たち、一人ひとりの素顔の魅力に迫るSPICEの連載企画『ミュージカル・リレイヤーズ』(Musical Relayers)。「ミュージカルを継ぎ、繋ぐ者たち」という意を冠する本シリーズでは、各回、最後に「注目の人」を紹介いただきバトンを繋いでいきます。連載第十一回は、前回丸山泰右さんが、「この人の悪口は聞いたことがないというくらい、本当にみんなに愛されていて、彼自身が愛の人」と紹介してくれた高木裕和(たかぎ・ひろかず)さんにご登場いただきます。2021年には4作品でスウィングを務めた高木さん。その経験もたっぷりとお話いただきました。(編集部)

「いろんな意味で僕たちは一人じゃ舞台に立てないんだなと、今改めて思うんです」

子役時代、USJ時代を経て商業ミュージカルの世界へと舞台人の道を歩んできた役者、高木裕和。

『ラ・マンチャの男』『ラ・カージュ・オ・フォール』『マイ・フェア・レディ』といったミュージカル作品の舞台に立ち続け、2021年には4作品でスウィングを経験。2022年9月に『モダン・ミリー』、12月に『スクルージ』の出演が控えている。

物心つく前から慣れ親しみ、生活の一部のような存在となったミュージカル。そのミュージカルの舞台に立つことを仕事に選んだのは、必然だったのかもしれない。彼の言葉を聴けば聴く程、そう思えた。


部活感覚から仕事へ~USJでの出会い~


――高木さんは、2歳からミュージカルスタジオに入っていらっしゃったそうですね。

そうなんです。母がスイミングやそろばんといった習い事の体験にいくつか連れて行ってくれたそうなんです。その中で「どれが一番やりたい?」と聞かれた2歳の僕が選んだのが、ミュージカルスタジオだったと(笑)。笹本玲奈ちゃんのお母様(元宝塚歌劇団の四季乃花恵さん)が主宰するスタジオで、ミュージカルを教えるスタジオ自体が珍しかった当時、たまたま近所で学ぶ機会に恵まれました。スタジオには僕以外女の子しかいなくて、一人だけブルーのレオタードを着て踊っていたそうです(笑)。子どものときはこれを仕事にしようなんて全く考えていなくて、部活のような感覚でレッスンに通い続けていました。

――10代の頃はアルゴミュージカルやミクロコスモスで子役として舞台に出演されていますね。

10歳のときのアルゴミュージカルが初舞台でした。そのあとすぐに声変わりして、しばらくは演技することや歌うことがすごく嫌になっちゃったんですよね。身長が伸びるのも早い方でした。技術や中身は子どもなのに身長だけ大人になってしまうと、子役として活躍する場ってなかなかないんです。ただ、子どもの頃からオールドタイプのミュージカルが好きだったのもあって、その頃は踊ることにのめり込んでいきました。


――そんな高木さんが本格的に舞台を仕事としようと思ったきっかけは?

高校生のときに改めて「自分が興味あることってなんだろう」と考え始めたら、学校への興味がどんどんなくなっちゃったんです(笑)。当時はモヤモヤしていましたねえ。高校卒業後は大学には進学せず、子役時代からお世話になっていた事務所のレッスンにひたすら通っていました。そんなときスタジオの先生からオーディション情報をいただいて受けたのが、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の『Wicked』でした。この連載にも登場していた可知寛子、福田えり、森加織、後藤晋彦たちと出会った場所でもあります。そこで合格して初めて「あ、これが僕の仕事になるんだな」って。

『Wicked』は海外キャストと日本人キャストが半々くらいのカンパニー。そこで出会った海外キャストたちの価値観は自分の人生にないものだったので、すごく刺激的でしたね。まだまだ自分のことをわかっていない僕に「あなたは十分立派なパフォーマーだから、自分のやっていることにもっと自信を持てばいい」「私はあなたのやっていることをとても誇りに思う」といった、自分自身を肯定してくれる言葉をくれたんです。彼らからは、パフォーマーとしてすごく大きな影響を受けたと思います。

――USJ時代に“Booちゃん”というあだ名を森加織さんが命名したそうですね。由来を教えていただけますか?

海外キャストが日本人のフルネームを覚えるのは大変だから、あだ名をつけようという話になったんです。大抵は下の名前で呼び合っていたので、「裕和だからヒロかカズでいいよ」と言ったんです。そうしたら海外チームからまさかの大ブーイング! 日本人男性の愛称でヒロとカズは多過ぎるって言うんですよ(笑)。あまりに「No More Hiro ! No More Kazu !」と訴えてくるので、どうしようかなと思っていたときに森加織が「高木だからBooとかでええんちゃう?」って(笑)。日本人なら高木ブーさんを知っていますが、海外キャストにとっての“Boo”はハロウィンのときに驚かす言葉だったりスラングだったりするので、なぜその言葉を選ぶのだろうと思ったでしょうね(笑)。でもそれが定着してしまい、その後の現場でも“Booちゃん”が浸透しています(笑)。


>(NEXT)「舞台人としての鼻をへし折られた」出来事
 

「あのとき、自分の舞台人としての鼻をへし折られました」


――USJは2006年の1年間で卒業されたようですが、その後は?

オーディション情報をいただいたので、USJのオフの日に東京まで受けに行ったんです。オーディションの合格をきっかけにUSJを卒業しました。それがミュージカル『モダン・ミリー』(2007年・フジテレビ主催)だったんです。

――2022年9月には東宝製作の『モダン・ミリー』にも出演予定ですよね。当時のことは覚えていらっしゃいますか?

大人になってから商業ミュージカルに出演するのは2007年の『モダン・ミリー』が初めてだったので、嬉しい反面めちゃくちゃ緊張していました。ついこの間まで客席から観ていた人たちと一緒にお稽古をするのは、とっても不思議な感覚でしたね。紫吹淳さん、川崎麻世さん、岡幸二郎さん、樹里咲穂さん、今陽子さん、前田美波里さんなど錚々たる方がいらっしゃいました。

特に影響を受けたのは、演出・振付をしていたジョーイ・マクニーリー。世界でも限られた人しかできない『ウエスト・サイド・ストーリー』の演出も経験されている方です。明確に世界観を持っている人だからイエス・ノーがはっきりしていて、かなりストレートな演出でした。当時の『モダン・ミリー』では踊りがすごく重視されていて、ダンスは僕にとって芯の部分でもあるから「彼の求めてくるものに負けたくない!」と必死でしたね。最初は先輩方を前に緊張していたのに、気付いたらそれどころじゃなくなっていました(笑)。15年ぶりに『モダン・ミリー』に出演できるというのは、とても感慨深いです。



――2008年以降は『ラ・マンチャの男』『ラ・カージュ・オ・フォール』『マイ・フェア・レディ』といった歴史あるミュージカル作品への出演が増えていきます。

東宝作品の中でも座組が大きい作品に20代前半のペーペーがポンッと入る形になったので、先輩方にかわいがっていただきました。最初は製作の方にとっても、大勢いるアンサンブルキャストの中の一人という認識だったと思うんです。それが『ラ・カージュ』に出演したのをきっかけに、僕個人を認識していただけるように変化した感じがありました。

――『ラ・カージュ』がご自身にとって転機になったということでしょうか。

そうなりますね。日本初演から30年以上シングルキャストで出演し続けているモリクミさん(森公美子)やマジーさん(真島茂樹)はもちろんすごいんですけど、2012年までシングルキャストでデルマを演じていた石丸貴紫さんもすごいんですよ。

デルマはゲイクラブのダンサー(レ・カジェル)の一人。僕にとって最初の『ラ・カージュ』の稽古に、石丸さんは2週間程遅れて参加することになったんです。その間に僕が稽古場代役でデルマの枠に入ることになり、石丸さんにしっかり引き継ぎしなきゃと張り切って臨んでいました。初演からデルマを演じていらっしゃるとはいえ、前回公演から9年ぶりの再演だったので、抜けているところもあるだろうなと思ったんです。

いよいよ石丸さんが稽古場にいらっしゃったので準備万端で待っていたら、来て早々に「とりあえずやる?」と一言。どういう意味だろうと思ったら、みんながリハーサルしている中にいきなり入ってできちゃってるんですよ。カンカンのシーンも踊りながらポジションを確認していました(笑)。あのとき、自分の舞台人としての鼻をへし折られましたね。これが何十年と本番の舞台に立って踊り続けてきたダンサーなんだなと。同時に、僕もこういう先輩になりたいと強く思いました。そのデルマの二代目を、2015年から僕が演じさせてもらっています。


――市村正親さんと鹿賀丈史さんのゴールデンコンビが誕生した2008年から2022年まで、『ラ・カージュ』にずっと出演されているんですね。

こういう再演作品って、大抵は続投する人が同じ枠で、欠員枠に新しい人が入るんです。でも『ラ・マンチャの男』と『ラ・カージュ』に関しては、僕は入るたびに役が違いました。徐々に出番が増えてすごくありがたいことなんですけど、毎回パートが変わるというのは大変な面もあります。再演のときに同じ曲を別のパートで歌ったり踊ったりするのって、慣れていないと結構混乱するんです。でもそこでいろんなパートを務めることで、作品への理解度や愛着が深まっていくことを肌で感じました。実はこの経験が、スウィングをやったときにすごく役に立っていたんですよ。

>(NEXT)作品・カンパニーにとってのスウィングの役割とは? 経験を踏まえ今思うこと
 

スウィングで舞台に立つとき、絶対にやってはいけないこと


――前回連載に登場いただいた丸山泰右さんからうかがったのですが、高木さんは2021年に4作品でスウィングを務めていらっしゃったとか。

そうなんです。『アリージャンス』『メリリー・ウィー・ロール・アロング』『October Sky』『シン る』(オリジナ・るミュージカ・る『明治座で逆風に帆を張・る!!』)の4本でスウィングを務めました。それまでも本役をやりながら他のアンダーを担うことはありましたが、スウィングとして作品に入ったのは『アリージャンス』が初めてでしたね。

――初スウィングの『アリージャンス』では、実際に名古屋公演と大阪公演に出演されました。

『アリージャンス』に出演することが急遽決まったとき、既に『メリリー・ウィー・ロール・アロング』のお稽古にスウィングとして入って詰め込み始めていたところだったんです。そこから急いで『アリージャンス』に切り替えたので、舞台に立つ直前まで心臓バックバクでしたね。その後他の作品でスウィングを務めるにあたって、『アリージャンス』でスウィングとして舞台に立った経験が大きな収穫になったと思います。


誰かの代役として舞台に立つとき、自分と背格好や年齢が全く違う方の役に入る可能性もあるんです。そういうときにスウィングが本役の方と全く同じお芝居をすればいいわけじゃないんだなと。本役の方を模倣したスウィングが入れば、ポジション・歌・セリフを埋めることはできるかもしれません。でも、作品そのものや空気感はそれだけじゃ埋めることができないんです。かといってそこで僕の芝居をしてしまうと、きっと周りのキャストの人たちは困ってしまいます。みんなにいつも通りの演技をしてもらった上で、どう僕がそこに入るべきか。そういうことをリアルに想像しながらスウィングを務めるようになりました。

――スウィングは何枠もカバーするだけで大変そうなのに、私たちの想像以上に繊細で難しい技術が必要とされているんですね。

技術だけでなくコミュニケーションも大切です。今の日本のスウィングって、どうしても本役の方より経験値の少ない方がキャスティングされることが多いんですね。すると必然的に若い子がスウィングに入り、周りに気を遣い過ぎて「勉強させていただきます」というスタンスになってしまうことも。でも、本当はスウィングが誰よりもみんなとコミュニケーションを取る必要があると思うんです。

緊急事態でスウィングが舞台に立つときは、自分も不安だけれど周りのみんなだって不安なのは同じです。そんなみんなが安心していつも通りのお芝居ができるように、安心感を与えることも大事なスウィングの仕事。稽古の段階から「高木くんがスウィングで出てくれるなら大丈夫! 何かあったらお互い助け合おうね」という空気感をカンパニーで作っておかないと、何の支えにもならないんですよ。


――本役で出演するときとスウィングで出演するときは、取り組み方や考え方が変わると思います。どちらも経験してみて感じた違いを教えてください。

本役で出演するときはアーティスト思考、スウィングのときは理詰めの職人スタイルの考え方になるように感じます。普段から周りを見てはいますが、スウィングのときは周りへの視野をものすごく広く使っていると思います。

面白いのが、本役のときとスウィングのときで台本に書き込む情報が全然違ってくるんです。本役なら自分のセリフや歌詞の部分に演技をする上での注意点などを書き込むのですが、スウィングでは気持ちや演技のことではなく、客観的に見た情報だけを書き込むんです。例えば、何枚目の袖から舞台上に出るのか、曲が終わって何秒で暗転して何秒で照明がつくのか、セットが動くタイミング、吊物が降りてくるタイミング……。

――なるほど。本役だったらお稽古をしながら体感で覚えられることだけれども、スウィングで実際に舞台に立つ機会がほとんどないから動きやタイミングを中心にメモするんですね。

そうですね。そうした動きを全部台本に書き込んでおけば、いざ出演するときに絶対にやっちゃいけないことだけは避けることができるんです。一番怖いのはセリフや歌詞を間違えることではなく、公演を止めてしまうこと。スウィングの僕が出演することによって事故や怪我に繋がってしまうことは、絶対に避けなければいけません。もしスウィングの出演によって事故が起きたら、公演が止まってしまうのはもちろん、スウィングという仕事への信用度も下がってしまうと思うんです。

スウィングを経験して思ったのは、たとえ緊急事態が起きても起きなくても、スウィングがカンパニーのみんなを支える存在になれたらいいなということ。いろんな枠の動きを追っているからこそ気付けることもありますし、役者側とクリエイティブ側の橋渡しのような存在になれたら、スウィングという仕事をもっと深めていけるんじゃないかなと思いました。


――この連載では、注目の役者さんを毎回紹介していただきます。高木さんの注目の方は?

奥山寛くんです。長年『エリザベート』に出演していて、僕は『プリシラ』で共演しました。元々は飲み友達だったんですよ(笑)。彼は俳優としてコンスタントに舞台に出演しながら、演出の仕事もしているんです。最近では、7月に浅草九劇で上演される『春のめざめ』の演出をしています。いろんな視点から舞台を観ることができる人なので、とても尊敬していますね。

――最後に、高木さんがこれからも役者として仕事をしていく上で大切にしたいことを教えてください。

お芝居もステージもすごく楽しいけれど、第一に安全じゃないといけないなって思うんです。お客様に対しても、共演者に対しても、劇場という空間をみんなが安心して楽しめる場所にしたい。そんな劇場を役者からのアプローチで作っていけたらいいですね。そのためにも、常に自分のメッセージを持って舞台に立ち続けていきたいです。


取材・文=松村 蘭(らんねえ) 撮影=池上夢貢

当記事はSPICEの提供記事です。