オードリー・ヘプバーンを苦しめた“父親との記憶”。愛情に飢え、与えた生涯とは

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 オードリー・ヘップバーンが、これほど愛に飢え、愛を渇望し、そしてまた愛することを説いた人だったとは。『ローマの休日』(1953年)や『ティファニーで朝食を』(1961年)などの代表作に主演した銀幕スタアの姿をみて、誰が想像できるだろう?

普段から映画を愛し、イケメンへの惜しみない愛を綴るコラムニスト・加賀谷健が、『オードリー・ヘプバーン』(2020年製作)に克明に記録されたオードリーの実像に迫る。

◆オードリーの気高いハニカミ

本作は、映画初主演作『ローマの休日』で、オードリーが第26回アカデミー賞主演女優賞を授賞したスピーチ場面からはじまる。多くの支援や支えに対する感謝の言葉を口にするオードリーだが、とにかく慎ましい印象を与える。

ハリウッドのニュー・スタア誕生のセレモニーの場で、こんなに控えめでいいのかと思うくらいためらいがちなスピーチを言い終えた瞬間が見逃せない。会場中から拍手が巻き起こり、自分にほっと安心するように安堵のハニカミを見せるのが、何とも可愛らしい。と同時に、照れ笑いとも言えるそのハニカミには、気品ある気高さを感じた。

『シェリ』で知られるフランスの作家コレットに見初められ、『ジジ』のブロードウェイ版出演を機に、ウィリアム・ワイラー監督の新作(『ローマの休日』)のカメラ・テストに合格。ワイラー監督の下、『ローマの休日』からはじまる彼女のその後の栄光。『ローマの休日』以前に出演した作品のちょい役でさえ、まばゆい光を纏っていた。

◆トイレの壁に掛けられた小さなポスター

ところで、筆者は、あるポスターをみて以来、オードリーの存在を強く意識した。ニューヨークのグッゲンハイム美術館近くで買われた(何と3ドル!)というそのポスターは、朱色の背景色に黒のドレスを纏ったオードリーのイラストが鮮やかな配置。

イラストは、ジバンシィによるデザインで、史上もっとも有名だと言われる黒のカクテルドレスを纏った『ティファニーで朝食を』のオードリーの姿だ。オードリー演じるホリーが黄色のタクシーから朝帰りして降りてくる冒頭場面は、慎ましいドレスの色合いとヘンリー・マンシーニ作曲の主題歌「ムーン・リバー」の甘く美しい旋律が彼女の魅力を引立てていた。

ポスターの左手には、「I believe in pink.」(私はピンクを信じてる)からはじまるオードリーの有名なフレーズが書かれていた。愛することをモットーに生きたオードリーの人生観を伺える明るさに満ちた、そんなマジカルな言葉だ。もっとオードリーの内面について知りたいと思って、他のフレーズを調べてみると、さらにこんなフレーズを見つけた。

「People, even more than things, have to be restored, renewed, revived, reclaimed, and redeemed; never throw out anyone.」

(人って、物よりもずっと、回復して、新しくなって、復活して、再生して、報われることが必要なの。だから、絶対に人を見捨てないこと)

何だか、ジンときた。特に、文末の「never throw out anyone」のところは、先の楽天的なフレーズに対して、かなり喉につかえるものがあった。とても他人事だとは思えない手触りが伝わってくる感覚。彼女がこのフレーズを口にした意味を考えるのに、本作はうってつけだと思った。

◆生涯抱えたトラウマと不安

オードリー最後の主演作『ニューヨークの恋人たち』(1981年)を撮った巨匠ピーター・ボグダノヴィッチが本作でコメントするように、彼女はハリウッドの黄金期最後の大スタアだった。それは彼女にとっては宿命でもあったし、重荷でもあった。オードリーが生涯抱えるトラウマと不安は、銀幕を見つめる観客にはとても想像がつかないものだったけれど、若き日の彼女が次のように述べている。

「人を好きになって結婚したとしても、『捨てられた』という永続的な苦悩のなかで生きるでしょう。実は、もっともこだわるのはこの感情であって、それを失うのが怖いんです」

オードリーを苦しめたのは、父親との記憶(トラウマ)だ。父親は外交官で、母親はバロネス(男爵の階級を持つ貴婦人)だった格式ある家庭に育ったオードリーだったが、わずか10歳(1939年)のときに父親が彼女の元から去ってしまう。確執があったわけでもないのに、なぜ父は娘から離れたのか。オードリーは、そのことをずっとひた隠しにしながら、夢を追い求め、実際に大きな夢を叶えた。でも、父親への複雑な思いを解きほぐすことはできずに、愛を失う恐怖を抱き続けたのだ。

◆「never throw out anyone」の答え合わせ

1964年、ミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』が公開されたこの年、オードリーは、25年ぶりに父親に再会する。けれど、大スタアになった娘を前にあまり再会を喜ばなかったという。父親の態度にオードリーは、またも深く傷つくことになるのだけれど、悲しみを乗り越えようとこんなことを言っている。

「これから毎月、小切手を送るわ。それが私にできる精一杯のことだもの。私はお父さんを見捨てない。お父さんがたとえ私を見捨ててもね」

オードリーは、その後、父親が亡くなるまで20年間小切手を送り続けたのだという。愛がお金で買えないのは分かっている。でも、そうすることが、唯一の繋がりになるならと、オードリーの心の声が聴こえてくる。どんなことがあっても、その人を見捨てないこと。愛を失う恐怖を神経症的に抱え持つオードリーだからこその痛切な感情だ。父親とのこの再会が、まさに「never throw out anyone」の答え合わせとなった。

◆“尊厳ある愛の人・オードリー”

「無償の愛を証明することが(オードリーの)生涯のテーマだった」と話すオードリーの孫が、「世界一愛されてた人が、愛に飢えてたなんて悲しい」と言って、思わず涙する場面がある。オードリーの愛を継ぐ孫の優しげな表情で本作はクライマックスを迎える。

「愛情に飢えすぎると、愛されることに感謝し、愛を与えたくなる」とオードリー本人が語るように、愛に飢えた人生だったとしても、彼女は、逆に愛を与える側の人生に希望を見出した。

持てるだけの最大の愛を他者に対して惜しみなく与え続けること。1988年、オードリーは、ユニセフ国際親善大使となり、世界の子どもたちを支援する姿勢を表明。世界へ向けて、有り余る愛を行き渡らせ、愛の伝道師として各地を訪問した。過去のトラウマ、不安や恐怖を、まるごと愛に変えてみせたオードリーの強い心意気は、今の時代も、いつの時代でも、力強く、有効であり続ける。

「(オードリーが)いつも話題にしてたのは、尊厳(dignity)と愛(love)」とコメントするのは、写真家ジョン・アイザック。愛を求め、愛を得られないからこそ、愛を理解し、重んじる。子どもたちの前でオードリーが、黒板に大きな字で、「I LOVE YOU」と書き、黒板からチョークを悠然とはなし、笑顔を浮かべる瞬間。その誇り高い表情を冒頭の授賞式のハニカミと比べるとどうだろう。“尊厳ある愛の人オードリー”は、まったく変わっていなかった。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。

ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」や「映画board」他寄稿中。日本大学映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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