元・白鵬の間垣親方「プロである限り、楽しいことは一つもない」 相撲人生を振り返る

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22年前、15歳のときに力士になるためにモンゴルから来日し、長年横綱・白鵬として活躍した間垣親方。昨年九月場所で引退してからは、若手の指導をしながら相撲協会の仕事に当たっています。

――引退して、生活はかなり変わったんじゃないですか?

間垣 翔(以下、間垣):次の日のことをそんなに考えなくて済むようになりましたね。現役中は早朝から稽古があるので、それがいつも頭にありましたから。

――そもそも親方はなぜお相撲さんになりたいと思ったんですか?

間垣:父がモンゴル相撲の大横綱だったんですけど、私が6歳のときにNHKの旅番組が父の元に取材に来たんです。一緒に来られたのが、横綱だった初代若乃花さん。そのとき、若乃花さんからうまい棒をいただいて嬉しくて(笑)。15歳のときに支援者の方に日本に連れていっていただいて、力士の方に会わせてもらったときは「カッコいいなぁ!」と思いましたね。

――日本のことは知っていたんですか?

間垣:母がTVドラマの『おしん』が好きでよく隣に座らされて一緒に見ていました。それから数年後、木村拓哉さんと松たか子さんが出演されていたドラマ『ラブジェネレーション』を見て、日本に行ってみたいと思ったんです。

――日本に来たときの体重は62kgで、最初は引き取りたいという相撲部屋がなく、モンゴルに帰されそうになったとか。

間垣:最初から今みたいな体じゃないからね。当時の写真を見ると、誰もが私みたいになるチャンスがあると思いますよ。

――若手の力士はどうしたら親方みたいになれますかね?

間垣:当たり前のことをずっと続けることですね。毎日稽古して、寝る、食べる。意外にみんな、それができないんです。

――食事なども気をつけていたんですか?

間垣:横綱になって5年経った頃からは特に内容を気をつけるようになりましたね。内臓を休ませるために、断食もしました。力士で断食したことあるのは私だけじゃないかな?

――ちなみに日本語はどうやって覚えたんですか?

間垣:結構、歌で覚えました。相撲部屋の先輩に『涙そうそう』のCDを借りて、歌詞カードを手書きで写したり、わからない言葉が出てきたら調べたりしていましたね。

――勉強熱心!

間垣:そうやって日本語を覚えて、親方や兄弟子たちの言うことを理解できるようになってくると、番付も上がっていくんです。

――なるほど。現役時代でいちばん嬉しかったことは何ですか?

間垣:朝青龍関に初めて勝って初金星(金星は平幕が横綱に勝つこと)をあげたときは嬉しかったですね。ほかにも63連勝の記録、最後の場所で全勝して45回目の優勝をしたこと…。たくさんありますね。

――20年間ですものね。

間垣:関脇に上がるまでは本当に楽しくて、早く次の場所が来てほしいといつも思っていました。でも大関、横綱という「勝って当たり前」という地位についてからは、楽しさはなくなりましたね。プロである限り、楽しいことは一つもない、と思っていました。

――専属トレーナーさんに「日本のみんなに好かれたい」と言ったこともあったと聞きました。

間垣:そんなこともありましたね…。私が大好きな松山千春さんの曲「凡庸」に「言葉にするほど幸せでなく 涙にするほど不幸でもない」という歌詞があるんですけど、現役のときの気持ちはまさにそれでした。

――親方は本当に歌がお好きなんですね。普段はどんな曲を聴いているんですか?

間垣:場所入りするときは、ここ最近ビルボードのチャートで1位を取ったこともあるモンゴルのヘヴィメタルバンド、THE HUの曲を聴いていました。彼らの曲はリズムが良くて、お坊さんのお経を聴いているみたいというか…(笑)。あと朝はNHKがAIで作った、昭和の歌姫、美空ひばりさんの歌を聴いてテンション上げたりします。MISIAさんもいいね。

――幅広い!

間垣:そうですね(笑)。

■ 子どもの相撲大会「白鵬杯」は自分のライフワーク。

――日本で力士になっていなかったら何をしていたと思いますか?

間垣:父がモンゴル相撲の大横綱であり、レスリングでオリンピックの銀メダリストでもあったので、レスリング選手ですかね。母親は医師だったので、医師をしながらレスリングでオリンピックを目指すっていうのもよかったかな(笑)。

――そちらの人生もなかなかすごかったですね(笑)。

間垣:何にしても、誰かのためになりたいという気持ちが強いんです。

――東日本大震災のときも、真っ先に被災地のために慰問やチャリティをされてましたものね。毎年開催している子どもの相撲大会「白鵬杯」も最初は親方のポケットマネーで始めたそうで。

間垣:そうなんです。今年で12回目になるんですが、相撲を広めるために自分が何かできることはないかなと思って、最初は日本とモンゴルの子どもたちだけで始めました。今はこんな状況なので日本だけですが、一時は14か国から子どもたちを呼んでいたんです。白鵬杯で優勝してその後、大相撲に入門した子もいますよ。私は一昨年その子(幕内・阿武咲)に負けましたからね(笑)。「白鵬杯に出たい」という子が増えてきていると聞くと、この大会の意味が少しずつ出てきているな、と感じています。

――子どもたちがまわしをつけている姿って、かわいいですよね。

間垣:小さい子が大きい子を投げ飛ばしたりして、盛り上がるんです。

――親方は今後、どんな力士を育てたいですか?

間垣:子どもたちから憧れられるような力士を育てたいと思っています。でもまあ、私が育てるというより、相撲をとっていると土俵がいろいろ教えてくれるんですよ。相撲道って、自ら見つけていくものですから。ただ、要所要所で励みになる言葉をかけてあげられたら、とは思ってます。

専属トレーナー・大庭大業氏の著書『白鵬の脳内理論』(ベースボール・マガジン社)が好評発売中。間垣親方主催の少年相撲大会、第12回白鵬杯が4月3日(日)に大田区総合体育館にて開催。日本全国から集まった小中学生の個人戦のほか、迫力のある団体戦も見どころの一つ。当日はもちろん間垣親方も参加。YouTubeにて生配信予定。

まがき・しょう 1985年3月11日生まれ、モンゴル・ウランバートル出身。15歳で来日し、宮城野部屋に入門。優勝回数、通算勝利数、幕内勝利数など数々の記録を打ち立てる。2021年の九月場所で引退し、宮城野部屋の部屋付き親方に。NHK大相撲中継での相撲愛溢れる解説も好評。主催する子どもの相撲大会「白鵬杯」は今年で12回目。1男3女の父。

※『anan』2022年2月16日号より。写真・彦坂栄治(まきうらオフィス) インタビュー、文・古屋美枝

(by anan編集部)

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