44歳で脱サラして落語家に転身…「20代の先輩の世話」も苦にならなかった下積み時代

日刊SPA!

「人生100年、定年70歳!」などといわれているが、70歳まで今の会社にいられるとは限らない。40代で一念発起し、“自分が輝ける場所”を探し、リスク覚悟で会社を捨てた人たちはどうなるのか? 先人たちの生き様から人生の後半戦をどう生き抜くべきかを改めて考える。

◆「ゴミに値段をつけて売っている」と叩かれ…

家電マイスターの松崎順一氏は、今から19年前、42歳のとき、出世するタイミングで脱サラした。

「デザイン会社で課長に昇進することになりまして。でも、私は最前線でデザイナーとして力を試し続けたかった。出世は私にとって、自分の能力を会社に見限られたのと同じだったんです」

そんな熱い思いで会社を飛び出したものの、最初は明確なビジョンはなかった。漠然と中古家電に惹かれ、古物商に丁稚奉公し、43歳のときにラジカセを中心にしたレトロ家電の販売を行う「デザインアンダーグランド」を足立区に開業。だが、鳴かず飛ばずで、開業から2、3年は赤字続きだったという。

「当時、ラジカセは粗大ゴミ扱い。『ゴミに値段をつけて売っているやつがいる』と、ネットで叩かれましたし、友人からも狂人扱い。退職金は2年で底をつき、銀行から借金生活です。妻の収入に頼りきりで、機嫌も悪いし、生きた心地がしませんでしたね」

◆体力と気力を考えれば40代がラストチャンス

転機は脱サラから4年がたった頃。ヴィンテージ家電の情報を配信するブログを見たデザイン会社から大口の仕事が舞い込んだのだ。これを機に仕事は軌道に乗り始め、妻の笑顔も増えたという。

「レトロ家電の潜在的なニーズがあると確信していたので、ようやく世間が見つけてくれた(笑)。途中で何度も以前勤めていたデザイン会社への出戻りを考えましたよ。そんな趣味みたいなこと定年後にやればいいじゃない、という声もあります。でも、定年後に今の仕事を始められるかと問われれば、答えはNO。ビジネスを始めるには、体力と気力が相当必要で、40代がラストチャンスです」

◆44歳で落語家に転身した編集者の生き方

一方、50代になったときの自分の姿に共感できず、44歳のときに落語家の世界に飛び込んだのが、元編集者の立川寸志氏だ。

「当時、自動車関連の雑誌や書籍を作る出版社で働いていたのですが、業界は右肩下がりで、会社の士気も上がらず、職場の空気も淀んでいく。そんな環境で15年後の自分を想像したら、鬱々としながらつまらない仕事人生を送っている姿しかイメージできなかったんです。そんな折、作家と編集者という関係で仕事をしていた今の師匠の立川談四楼が、当時の僕より3つ年上の47歳の弟子を取った。僕も中学生の頃から寄席に通うほどの落語好きでしたから、『今しかない!』と、弟子入りを嘆願したんです」

◆脱サラしなくても主体的に生きることはできる

もちろん最初は前座見習いからスタート。寄席でのお茶入れ、師匠や20代の先輩の着物を畳むなど、雑用に奔走する日々だ。

「社を変わること4社、社内異動は15回以上経験していたので、年下から教えられたりするのに慣れていたんでしょう(笑)。芸の先輩ですし、気にはならなかった。ただ、年齢のせいで物忘れが早いので、何倍も稽古を繰り返しました」

笑いや拍手で結果がダイレクトに返ってくるシビアな世界。だが、それが醍醐味と語る。

「落語家は小さな舟の漕ぎ手で、好きな場所に向かって人生を漕いでいくことができる。でも、それは会社員も同じ。僕自身、常に面白いと思う方向に流れていって、たどり着いた先が落語家だっただけ。脱サラしなくても、そういう生き方はできるはずですよ」

まずは自分が何をしたいか? 会社員でも、マインドを変えれば今より自由になれるはず。

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[70歳まで働く方法]―

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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