iakuと文学座で新作を連続上演する注目の劇作家・横山拓也が文学座の演出家・松本祐子と対談

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社会的な広がりのある問題を提起しつつ、細かな感情の機微をすくい上げていく作劇で、活動の幅を広げている劇作家・横山拓也。2021年秋、自ら率いる演劇ユニット「iaku」での『フタマツヅキ』、現代をヴィヴィッドに写し取る劇作家との作品づくりも重ねている老舗劇団「文学座」での『ジャンガリアン』と新作が連続上演される。2019年4月に企画集団マッチポイント公演『ヒトハミナ、ヒトナミノ』に続いて横山作品を手掛ける文学座の演出家・松本祐子と対談を行った。

■横山さんの戯曲には物語のすべてを会話で形成していく、という覚悟を感じる


――横山さんが文学座に初めて書き下ろします。企画は松本さんが提案したのですか?

松本 2019年にマッチポイントという企画集団で『ヒトハミナ、ヒトナミノ』という公演をやらせていただいて、そのときに照明を担当していた賀澤礼子さん(文学座)が公演を終えた後で、「横山さん、ウチに書いてもらうべきじゃないかな。横山さんと一緒にやりましょうよ」と言ってくれて、賀澤さんから横山さんに打診していただいたところ、「やってみたい」とお返事をくださったので彼女と二人で企画を提出しました。文学座って企画が決まるまでにいろいろ手はずを踏まなければならず、並み居る先輩たちや同僚たちを説得したりしなければいけないんです。でも横山さんについては今ものすごく注目されていて、評価も高いことをみんなも知っていた。だから好印象で、わりとすんなり決まったんです。最初はアトリエのような小さな空間がいいんじゃないかという話もありましたが、せっかく書き下ろしていただくんだからと紀伊國屋サザンシアターで上演することになりました。
松本祐子
松本祐子

横山 いやあ恐縮です。本当に歴史ある劇団さんに、しかも祐子さんとも一度ご一緒しただけでしたから。そのつながりからのスタートで、サザンシアターでというのも自分にとっては大きなチャレンジだなと思っています。

――松本さんは横山さんのお仕事はどうご覧になっていたのですか?

松本 そもそも横山さんのことを知ったのは、私が理事を務めている日本演出者協会の演劇大学でした。3年連続で山口県下松市に伺ったんですが、横山さんも戯曲講座で同じように3年連続で来てくださっていて、そこでだったんです。最初に読ませていただいた戯曲が『エダニク』(2019、第15回日本劇作家協会新人戯曲賞受賞)で、ちょうど三鷹の劇場で公演されていたのを拝見したら非常に面白かったんです。マッチポイントは私と、某事務所で俳優のマネージャーをやっている後輩のプロジェクトで、その後輩が加藤虎ノ介さん主演で何か芝居をつくりたいと言うので、『エダニク』を勧めたら「面白かった、あの方に頼みたい」という話になりました。まだ横山フィーバーが起きる前だったので、運良くお願いできたんです。私が「やった! 頼んだぞ!!」と思った後に劇団俳優座の『首のないカマキリ』(2018年5月)が上演されたり、あちらこちらで『エダニク』が上演されたりしていたので、今思えばラッキーなタイミングでの出会いだったと思っています。
横山拓也
横山拓也

横山 もともと自分の作風は新劇さんとうまくやれるんじゃないかという思いがあって、iakuが東京で公演を始めたころの目標のひとつとして、新劇の方たちとご一緒するというのがありました。どうやったらその機会をつくれるんだろうと考えているときに、祐子さんに声をかけていただいたり、劇団俳優座さんに声かけていただいたり、ということが続いたんです。だから2015年あたりが、自分にとって目標が叶い出した時期でした。
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より

――新劇の劇団と一緒にやりたいという目標の思いを解説していただけますか?

横山 僕の戯曲はセリフ中心のやりとりで、広い世代に受け入れてもらえることを意識してやっていましたし、エンターテイメント的な要素も意識しています。小劇場にはある種の流行りがあるように感じていて、自分のスタイルでは、小劇場の目の肥えたお客さんたちが喜んでくれるものはつくれていないんじゃないかなと思っていたんです。ただ自分は流行りに合わせて目先を変えて小手先でやるタイプではないという思いもあったので、地道に作品をつくろうとしていた時期でもありました。そして、これを誰に見てもらいたいかと考えたときに、新劇関係の方たちに「こういう作品を書く作家が大阪にいるんだ」と知っていただけたらうれしいなと思っていたんです。

松本 そういう意味では、文学座は新しい作家との出会いをすごく大事にしている劇団だと思うし、ウチの作品としても、セリフが解体されていたり動き中心のものというよりは、対話によって人間関係がどう紡がれているかということに興味が深い劇団です。横山さんの物語のすべてを会話で形成していくのだという覚悟の持ち方みたいなことは、文学座の俳優にとってはうれしいことだと思いますね。
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より
企画集団マッチポイント『ヒトハミナ、ヒトナミノ』より

■『ジャンガリアン』は家族経営の飲食店に外国人労働者が入ってきたらどう関わるか、から発想した作品


――横山さんに伺います。文学座に書かれた『ジャンガリアン』を創作の流れみたいなものを教えてください。

横山 最初に企画を出されるというときに資料としていただいた映画があって、それは難民を描いたドイツ映画だったんです。難民がドイツのある家族に引き取られ、そこでいろんな人間関係を築くのですが、人種差別をはじめとしたさまざまな問題をはらみながら物語が進んでいくんです。これからの日本社会で、外国人労働者の問題、難民を受け入れるのか受け入れないのかみたいなことも含めて、必ず問題になってくるテーマだから、それを題材にしましょうという打ち合わせをしました。そこからじゃあ自分だったらどんなふうにつくっていけるかを考え始めたんです。実は僕の妻が飲食店をやっていて、過去には外国人を雇っていたこともありました。彼らからいろいろな話を聞いたり、当時はスリランカ人の子がいて、スリランカでテロがあって友達が亡くなったというような話も聞いていました。僕は家族の物語を大事にしているところもあって、家族経営の飲食店に外国人労働者が入ってきたらどういうふうに関わっていくのか、そこから発想していきました。
松本祐子
松本祐子

――難民の話、オリンピック・パラリンピックの前後からいろんな意味でスポットが当たり、話題になってきましたよね。

松本 そうですよね。お声がけした2019年の1年前、外国人労働者に対する法律が改正されたじゃないですか(「出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案」)。そのころ私と賀澤さんは別の集団で、日本人が労働者として外国に渡った昔を描いた作品に関わっていたんです。かつては労働しに行く側だった私たちが、今やいろいろなところから人を集めているけど、彼らの人権に対してはあまりにも配慮してない。自分たちも配慮されなくてつらかったはずなのに、今は同じようなことをしていることがものすごく気になっていたんです。もう一つは、私はイギリス、賀澤さんはドイツと海外留学の経験があるんです。私たちはどうしたってネイティブのように話すことはできない。そのことで軽く扱われたり、疎外されたりという経験をしたこともあったんです。だからと言ってまったく差別意識を持たない人なんかいないし、それがどういう表れ方をするかによって住みやすい社会になるのか、あるいはしんどくなるのかだと思うんです。別に外国人だけじゃなく、人と違うルックスを持っているだけで、ジロジロ見られたりするじゃないですか。作品の中に登場するお相撲さんがそうです。特に日本人は、人と違うルックスを持っていたり何かが違うと気になってしまう度数が高い国民性のような気もします。それを横山さんが書くと声高にならず、ふわっと感じられるようなものになるんです。逆にふわっと感じるからこそ耐性が強いというか、じわじわいつまでも考えられるみたいな可能性があるんじゃないかなって思ったんです。
横山拓也
横山拓也

――モンゴルの留学生が働きたいとやってくることで、老舗のトンカツ屋の家族の秘められた関係性を際立たせる構造ですよね。戯曲を読んでいたらトンカツの油のにおいがしてきました(笑)。

松本 そう! だからみんなでトンカツ屋さんに行きたいんですけど、大勢で飲食店に行くことを禁じられているんです。リサーチのために、経費でトンカツを食べに行きたいよねと言ってるんですけど、ダメっぽい(笑)。

横山 60年の老舗店で、ひれとロースぐらいしかないような、本当に昔ながらというイメージです。ウチの奥さんの店はちょうど4年前にリニューアルのために移転したんですけど、その前の店は40年以上同じ場所でやってたので油のにおいとか、換気扇にこびりついた油を見てるだけでもう気持ち悪くなるくらい。解体時にダクトの中も見れて、あれは油の塊なのか下手したら小動物があそこにずっと止まっていたんじゃないかって思うようなものもありました。その経験もあって描かせていただいているんですけど、油を使うような飲食店はやっぱりにおいと空気も染み付いた感じがあり、簡単には語れないような歴史がありますよね。だからこそ店をリニューアルする物語は、環境が変化することを受け入れることだとも思っています。ずっと店を守ってきたお母さん、職人さんの変化への受容するまでにさまざまな葛藤があるんです。

松本 『ヒトハミナ、ヒトナミノ』は標準語で書いていただきました。今回は、俳優はほとんどが関西人ではないんですけど、できれば関西弁で書いてくださいとお願いしたんです。関西弁の横山さんの作品は独特の風が吹くというか、柔らかくなる、ほぐれる部分があると感じていたので。俳優の皆さん関西弁に苦労はしていますが、とても味わいのある作品になりそうです。

■『フタマツヅキ』は、バブル時代を過ごした父親の青春と生きづらさを抱える息子世代の青春を対比させた物語


――iakuの台本を拝見したときに、文学座とiakuでは家族や仕事に関する裏表のような作品だと感じて、両方を観ると面白いだろうなと思いました。それでなくても両方観たいですけどね。

横山 特に何か対比させるつもりはなかったんですけどね。例えば『ジャンガリアン』は一つの場所で進行していく、『フタマツヅキ』は場所をどんどん変えていく。むしろ同じ時期に2作を書くので自分が飽きないように違う手つきで進めようとしました。『ジャンガリアン』は家族で営んでいる食堂を舞台に仕事を中心としたドラマになりました。『フタマツヅキ』は落語を仕事にできないお父さんの話であり、どうやってこの家庭が成立しているのかみたいところを描いています。
横山拓也
横山拓也

――浅い読みときで恥ずかしいです(笑)。『フタマツヅキ』はモロ師岡さん演じるお父さんは頑固だけども、落語好きが伝わってきました。

横山 モロさんは俳優でもあり、コメディアンでもある方で。モロさんが芸人としてテレビや劇場などに出ていた同時期の80年代の前半から中盤に、とんねるずやウッチャンナンチャンなどが登場し、深夜には素人が出演するお笑いの番組が多く生まれ竹中直人さんや吹越満さんなどが登場してきました。モロさんもそうですが、たぶん俳優さんが、自分の表現の方法をお笑いも含めて模索していた時代だと思います。かつバブルもあって夢をつかむための追い風があったような時代だと予想しているんです。僕自身は小学生だったので想像ですが。そのころに青春時代を過ごしたお父さん、一方で2000年代にちょっと生きづらさとか夢を見づらくなった息子世代の青春みたいなものを対比させながら時代が浮かび上がってくる、そしてそこに家族の風景もあらわになってくる、そんな作品になればなと思っています。

――松本さんは文学座の本番直前ですからiakuがご覧になれないかもしれませんね。

松本 いや、行く行く。稽古休みにもちろん行きますともさ。『フタマツヅキ』の俳優さんたちが個性的で野性的というかなかなかユニークですね。

横山 映画俳優から、東京大阪名古屋の小劇場から、劇団俳優座さんから、ENBUゼミナールから、ホントにいろいろですね。そしてモロ師岡さんですから、楽しみです。
松本祐子
松本祐子

松本 私はものを言う演出家なので、横山さんとは、前回も今回もつくる過程でいっぱいお話をさせていただいています。もちろん、いくら話しても、交わるところもあれば、交わらないところも存在し続けるんですけど、こんなに創作の過程でお話ができて、それが作品の中で反映されているのはとてもありがたいことです。『ジャンガリアン』も舞台作品としてしっかりつくって、横山さんと末永くお付き合いができるようにと思っています。

今までのiakuのスタイルが好きな人はやっぱり『フタマツヅキ』の方が横山さんらしいと思われるでしょう。『ジャンガリアン』は横山さんが頑張って場所を動かさないで描き切ってくださった。横山さんは普段は場所を動かす、だからこそ逆に象徴的・抽象的なセットの中で心象風景みたいなことが浮かび上がってくるという作品を手がけられている。けれども今回の作品は非常にある意味ベタな空間、本当に油がベタベタしていて、ある種の時代の空気とか、かなり具象な世界観の中で作品が進む。そういう意味では懐かしい空気感の作品になるような気がするんです。

横山 実は僕、2016年まではほとんど一つの場所で暗転を挟まずに描ききる作品ばっかりだったんです。2017年から急にシーンを変えることをやりだした。だからジャンガリアンがなければ、こっちでそうするつもりだったんです。一つの場所で描ききろうと思っていたんです。しかも時間の経過さえも許さないというか、そんな縛りの中で描いていたんですよ。『エダニク』もひと連なりの時間でずっと繋がってリアルタイムな90分間を見せきることにずっとこだわって描いていました。

――作風の転換はご自身の中で何があったんでしょう?

横山 あるとき、駅のホームに人を止める話を書いたんですね。遅延で電車が来ないという。

松本 拝見した気がする。

横山 その作品で、この手法はもう無理じゃないかと。1時間半も電車が来ないことを待ち続けるなんてありえないという意見がちょいちょい出て、僕は演劇の豊かさを放棄しているんじゃないかと思ったんです。その後に新宿の小さいギャラリーを借りて、ちょっと実験的に自分が今まで選んでこなかった手法で戯曲を描いてみたら、思いのほか楽しくうまくいった。そこからなんです。だからiakuの制作さんなんかは、また一つの場所で物語を展開する戯曲をやりましょう、って言いますね。

松本 そうなんだ。私、意外と転換期の作品を見てるわけだね。


取材・文:いまいこういち

当記事はSPICEの提供記事です。

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