<純烈物語>売れない芸人たちも働いていた……大江戸温泉物語の「働く人」の力<第118回>

日刊SPA!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第118回>小田井が口にしたここで働く芸人たちの存在。大江戸温泉物語は場所ではなく“人”だった

それは長きに渡る純烈の歴史上、さらには多くの人々に愛された東京お台場 大江戸温泉物語にとって特別な言葉であり、広大なワールドワイドウェブ上へテキストとして後世まで残すべきものと判断し、長くなるのを承知で全編書き起こしたいと思う。2021年9月2日、同所における最後のライブでラスト1曲の前にリーダー・酒井一圭はこう語った。

「次が最後の曲ということで、ここで歌う最後の曲になってしまうんですが、本当に大江戸温泉物語……“人”ですね。場所というより、人。僕らが出逢った頃は安田(拓己)さんが仕切っておられて、今仕切っておられるのがあのイケメンの平澤(誠)さん、PAの木島(英明)は辰巳(ゆうと)君や(真田)ナオキやほかのアイドルイベントでも仲よくしていただいて。

山本(浩光)マネジャーもスタッフみんなと仲よくしていただいたおかげで、純烈ファンの皆さんとお会いできたり、あとはコロナ前で4人になったけど紅白頑張って目指すぞ! と毎月のように呼んでくれたりな。ここのスタッフがホンマに純烈を献身的に応援してくれて、コロナの中でお店が休業しているにもかかわらず平澤さんも休みなのに鍵空けにきてくれて、ここで記者会見やらせてくれたりYouTubeの配信をやらせてくれたり。

本当にお世話になったという……人なんですよね、もちろん施設も素晴らしいんですけど。4人及びスタッフ一同お礼を言いたい。今も安田さんは塩原の方をやられていて、そこでも大衆演劇がお休みの日にお借りして純烈も歌わせていただいたこともありますので、そこに平澤さんも加わるのでまた呼んでいただいて。

あとは西の箕面(温泉スパーガーデン)も大江戸温泉グループですから。箕面で会えないから今日、こっちの健康センターに来たという大阪チームの顔も一発でわかるし。東京の皆さんも、箕面の方もすごいんでコロナが落ち着いたら遊びに来ていただきたい。特に関東、失うことになって歌えるスーパー銭湯……草加、厚木、それから川越もありますけどこれからどういう感じで折り合いついてやっていくのか。

でもこの近年は一番ここ中心でやらせていただいたんで、人にも建物にもお風呂にも皆さんにも感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。いずれ『大江戸温泉物語○○』というのが関東のどこかにできると信じておりますので、それまでは僕らも踏みとどまって、みんなも銭湯探しておいてくれ。では名残惜しいですが……タオルのご用意を。前進あるのみです。いきましょう、純烈一途!」

◆38回目の公演にして、初めて名指して感謝されたスタッフの涙

38回目の公演にして、紹介する形で名前を出されたのは初めてと平澤さんは言う。そこに“イケメン”と添えられたのは照れ臭そうだったが、普段はクールな表情でテキパキと業務をこなす方が心の底からしあわせな顔を浮かべていた。

そして『純烈一途』のイントロが流れた瞬間、堰を切ったかのように涙があふれ出てきて自分でもビックリした。「そんな感じじゃないだろうと思っていたのに、急にですよ」。意識とは別のところで感情が動かされる稀有な体験だった。

もちろん平澤さんは、ライブ後の特典撮影会で最後の1人が撮り終えるまで現場に立ち会った。そして大江戸温泉物語のスタッフに呼びかけ、メンバーとともに一枚の写真へ納まった。

いつもは観客に楽しんでもらうべく裏方に徹してきたが、この時ばかりはみな本当に嬉しそう。おそらくずっと同じ空間で一緒に仕事をしてきながら、こういう形で“おねだり”したことはなかったのだろう。

すべてを終えた時に平澤さんが思ったのは「最初のライブから最後まで、大きなトラブルもなくお客様に喜んでもらえてよかった」だった。個人の感慨よりも先に、安堵感。

それは、何もなかったゼロの時代から欠かさず現場で見届けてきた者にしか訪れぬ瞬間だった。一つのことを最後まで全うする……純烈と携わったことによって、かけがえのない経験を己の人生に刻めた。

「酒井さんからあのように言っていただいたことで報われたとはならないんでしょうけど、頑張ってきてよかったと思えました。純烈さんだから頑張れたとの思いが正直、あります。出逢えたことも、一緒に舞台を作ることもしあわせでした」

平澤さんは、安田・元支配人が勤務するホテルニュー塩原への異動を願い出た。9月5日に大江戸温泉物語が閉館したあと、那須塩原に住まいも移す。まったく違った環境での生活が始まる。

近い将来、塩原のステージに純烈を呼ぶことが目標。だから、さようならではなく「引き続きよろしくお願いします」なのだという。

大江戸温泉物語という場ひとつをとっても、いくつもの“顏”が浮かんでくる。プロレスを本籍とするライターが、ムード歌謡グループと温浴施設の関係性や、それを支えるファンのパーソナルな思いを追い続けてきたのは酒井の言葉通り、その対象が人だったからだ。

◆“最後の味”として白川は油そばとステーキを選んだ

「リーダーが人ですと言ったように、この大江戸温泉での出逢いがたくさんあって、人に恵まれた公演を続けてこられたというのがまず思うことですね。自分たちの誕生日にもケーキを用意していただいたり、純烈のために施設を開けていただいたり、最後の最後までよくしてくださいました。

全国には大江戸温泉さんのグループがあるので、ここで働いていた方々が日本中に散らばることで第二のステージと言いますか。僕らもお声がけいただけましたらいつでもいかせていただきますので、そこでも気軽に話せたらなと思います」

最後の大江戸温泉物語の味として油そばとステーキを選んだ白川裕二郎は、実際の回数よりも多くここでライブをやっている感覚だと明かした。つまりそれほど充実し、楽しめたことになる。

3度目の公演で初めて満杯になった光景が、今も鮮明に浮かんでくる。ダブルカツカレーを最後の味としてセレクトした隣の小田井も、大江戸温泉物語と自分たちが一緒に成長してきたという実感が強いと語り始めた。

◆小田井が気にした大江戸温泉物語を支えた芸人の今後

「ステージを自分たち色に染めてきたというか、最初は音響設備もそこまで整っていなかったといったら語弊があるかもしれないけど、自分たちの持ち込みから始まって、音環境とかもそこまで僕らのパフォーマンスに対応し得るものではなかった。それを今のように照明があって音響も整ってというのを、段階追って見てきたんで。

自分たちのパフォーマンスも磨きながら、施設はほかのアーティストさんのライブもやれるようになって。ここからさらにクオリティーの高いステージができると思っていた矢先だったので、ものすごく残念という思いがありますよね」

もうひとつ、小田井の胸に残ったのは大江戸温泉物語でアルバイトとして働いていた芸人の存在だった。ここではまだ駆け出しだったり、世に出ていなかったりする将来を夢見る者たちが館内の売店や施設で働いていた。

ステージへ向かうさい、利用客でごった返す中を通っていくと「紅白出場、おめでとうございます!」「私、芸人をやっているんですけど、いつか自分が売れたら純烈さんと共演させていただきたくて頑張っています」などと、よく声をかけられた。だから小田井の中にその存在が強く残っているのだ。

「そういう方たちが、自分の芸事の合間を縫ってアルバイトができる場所だったと思うんです。僕らも役者をやっていたので、こういう仕事をやりながらのバイトってシフトとかの融通が利かないとダメなのを知っている。そういう人たちにとっての働きやすい場所がなくなるのは、同業者として気の毒で」

2018年11月にTBSテレビ『有田ジェネレーション』で「大江戸温泉物語芸人大発掘SP」として特集されたので、ご覧になった方もいると思われる。そんな彼らにとって同じように売れない時代を経験し、中村座を満員とするまでになった純烈は夢と希望の象徴と映ったはず。

閉館が発表された時、そして最後の日を迎えた夜に惜別のツイートをする芸人さんたちが見られた。純烈にとっての大江戸温泉物語があるように、それぞれの大江戸温泉における物語がある。小田井は、そうした者たちの思いも最後まで頭に置いてステージに上がったのだ。

「自分たちの成長の途中で、ステージワークを育てていただきまして、ありがとうございました」

大江戸温泉物語に対する感謝の意を口にした小田井は最後のカツの一切れを、その中に入れた。忘れられないこの味を、再び思い出せる日が来るのを信じて――。

撮影/渡辺秀之

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

【鈴木健.txt】

(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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