日本ハムの球団運営を2軍から支えていた斎藤佑樹。その驚くべき功績をデータで読み解く

日刊SPA!

―[数字で見るプロ野球]―

先日、斎藤佑樹投手の引退が発表され、3日に2軍ラスト登板、17日のオリックス戦では引退セレモニーが予定されている。11年の現役生活で1軍通算成績を見ると15勝26敗、防御率4.34。甲子園での活躍を考えれば物足りない成績だったかもしれないが、そのなかでも斎藤佑樹投手が別の形で日本ハムを支えていた「成果」を今回は数字で取り上げたい。

◆少ない選手数の鎌ヶ谷ローテを支えていた

その斎藤佑樹投手の実績とは2014年から2018年までの投球回数である。チーム内での投球回数順位は2014年から順番に3位、9位、6位、2位、3位と上位を5年続けていた。また、2015年の9位は1軍で12試合登板がありつつ、2軍で3Sを記録するなど中継ぎや抑えでの起用もあったので投球回数が少し落ちたもので、2軍出場試合数は18試合であった。

なんだ、2軍で多く投げていただけか……と思うなかれ。この意味は当時の日本ハムにおいては大事なことだったのである。なぜなら、日本ハムは2018年まで育成選手制度を利用しなかった球団であったからだ。

日本ハムは統計から選手を評価するセイバーメトリクスによるチーム運営の先駆けであり、選手編成のバランスを保ちつつ勝っていく球団であった。

◆斎藤佑樹が支えた球団運営

ただし、他球団から比べると日本ハムは選手数の少ない球団となった。若手にも試合に出られるチャンスが多く育成面で良いともいえるが、2軍のローテーションは怪我人が出ると「回らなくなる」危険と隣合わせであったのである。

しかし、そんな時期に斎藤佑樹投手は“いい感じ”で2軍のイニングを消化し、セイバーメトリクスによる球団運営のバランスを支え続けていたことになるのだ。

だがその反面、徐々にソフトバンクなど育成の「数」で圧倒していく形に球界は変わっていった。それに押されて2019年から日本ハムでも育成選手を採用するようになっていく。

◆投手が増えたことで中継ぎに専念するように

これと呼応するように、斎藤佑樹投手の起用法が変わっていった。2019年の斎藤佑樹投手は1軍で11試合、2軍で18試合登板し、基本中継ぎでの起用。2軍の投球回数は38と2/3で、チーム内投球回数順位は前年の3位から13位まで下がった。

この年の日本ハムは育成で2人野手を指名したが、本ドラフトで4人の投手と2人の外国人投手を加入させており、開幕時には36人の支配下投手体制で、日本ハムとしては投手数が多い状態になっていた。それでも、他球団の育成選手を含めた投手数から比べると少ないほうになってしまうのだが、日本ハムとしてはこれでも投手数が多かったのである。

さらに翌2020年から育成でも投手を入団させるようになり、復活を目指していた斎藤佑樹投手の投球回数は19と1/3まで減少する。そしてそのオフに右肘内側側副じん帯断裂との闘いが待ち受けていたのである。

◆日本ハムの体制では戦力だった斎藤佑樹

振り返ると、選手を統計評価して絞って育成する日本ハムの球団運営における斎藤佑樹選手の位置というのはよく言われる「客寄せパンダ」としてだけの話ではなく、育成環境である2軍鎌ヶ谷での試合を円滑に進行し、投手不足で無理な登板過多の投手が生まれてしまう状況を防いでくれる大事な「戦力」だったのである。

もちろん1軍で華々しく活躍してくれるほうがありがたいのは間違いないのだが、育成して翌年以降も選手が育つ環境を維持することも、プロ野球球団が強くなっていくためには必要な要素である。11年間、斎藤佑樹選手が日本ハムで投げていたことは、大半が活躍できず引退するプロ野球界において「功績」があったといってもよいのではないのだろうか。

文/佐藤永記

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【佐藤永記】

公営競技ライター・Youtuber。近鉄ファンとして全国の遠征観戦費用を稼ぐため、全ての公営競技から勝負レースを絞り込むギャンブラーになる。近鉄球団消滅後、シグナルRightの名前で2010年、全公営競技を解説する生主として話題となり、現在もツイキャスやYoutubeなどで配信活動を継続中。競輪情報サイト「競輪展開予想シート」運営。また、ギャンブラーの視点でプロ野球を数で分析するのが趣味。Twitter:@signalright

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