セクマイは「理解」よりも「認める」を求める? 当事者に聞いた

fumumu

LGBTQ(Cristina Moliner/iStock/Getty Images Plus/写真はイメージです)
LGBTをはじめとしたセクシャルマイノリティについて「理解したい」「理解するためにどういう心持ちでいれば良いか」と考える人は少なくありません。

しかし一方で、セクマイに対する向き合い方は「理解」というよりも「認める」なのではないかという考えを持つ人もいます。

どういうことなのでしょうか。fumumu取材班は聞いてみました。

(1)認める方が現実性があるから


「『理解』することはとても難しいことだからだと思います。たとえば異性愛者の方に『同性愛者が同性を愛する感覚を理解しろ』と言っても、本当の意味で理解することはできないでしょうし、逆もまたしかりです。

でも、異性愛者の方が同性愛者の存在を『認める』ことは可能ですよおね。たとえば同性婚についてもそうですが、セクマイを度外視した制度や仕組みづくりが避けられ、多様性を『認める』社会が形成されることが期待できるのではないでしょうか」(20代・女性)

関連記事:LGBTが浸透というものの… 当事者的が感じる「社会の理解度」

(2)理解するものじゃないから


「セクマイとかLGBTって理解するものではないと思っているんです。相手がどんなことを思っているのか、全て理解するのって難しい。

自分の価値観や考えでは理解できない事もあるし、だからそれを知って、『あぁ、こういう人なんだ』って認めて、共存していくのが大切だからそういわれているんだと思います。認めるのも全てじゃなくていいし、1つずつでいいんですけどね。実際は」(20代・女性)

(3)否定の自由もあるから


「理解するって、肯定的なニュアンスが強いと思います。でも、実際には受け入れられないようなこともあるだろうし、それは仕方のないことだと思う。だから『認める』なのでは?

『私は理解できないし、共感もできない。でもそういう考え方や価値観の人がいるということはわかった』という感覚でしょうね。

そして、認めているのだから、面と向かって攻撃したり、『私は理解できない!』とわざわざ突っかからない。そういう人がいると認めながら、合わないなら住む世界が違うものとして距離を取るのも1つでしょう」(20代・男性)

向き合い方として検討してみても良いかもしれませんね。

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(文/fumumu編集部・Amy)

当記事はfumumuの提供記事です。

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