安奈淳、53歳で見舞われた突然の難病。友人は「葬儀の準備を覚悟した」#1

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元宝塚歌劇団星組・花組トップスターの安奈淳さん。『ベルサイユのばら』のオスカル役を演じ、第一期ベルばらブームを築きました。

しかし、50代からは一転、何度も死にかけたという長い闘病生活に。その後歌の世界に奇跡の復帰を遂げ、74歳の現在も精力的に行うコンサート活動を続けています。

50代以降苦しんだ闘病について、書籍『70過ぎたら生き方もファッションもシンプルなほど輝けると知った』からご紹介します。

葬儀の準備を覚悟した友人たち


恥ずかしながら「病気のデパート」のような人間です。幼い頃から頻繁に風邪をひき、熱を出しては幼稚園や小学校を休んでいました。宝塚歌劇団にいた頃、大きな病気もせずに舞台に立てたのは奇跡のようなもの。ただ、あの頃に無理を重ねたストレスが、その後の病気の芽になったのかもしれません。

宝塚を退団してからも、忙しい日々が続きました。代役などいない商業演劇の世界は、さらに過酷だったかもしれません。多少の体調不良を気にすることなどできず、体からのSOSサインも無視して舞台に立ち続けました。

最初に症状が出たのは肝臓でした。33歳の頃、顔がひどくむくみ、黄疸で真っ黄色になったのです。舞台で共演していた森光子さんに「すぐ帰って病院に行きなさい。でないと死んじゃうよ」と言われたほどです。それでも私は「そうです
かぁ?」なんて笑って、顔を白く塗って舞台に立っていたのです。顔は白くても白目は真っ黄色。奇怪でした。それでも休めませんでした。

舞台の合間に病院に行くと、肝機能の値を示すGOTとGPTの数値が4000だと医師に驚かれました。「平常値は?」と聞くと「11から40です」。論外の数値です。即入院と言われましたが、舞台に穴があきます。入院を断ると「何が起きても責任は自分にある」というような一筆を書かされてしまいました。

のちにC型肝炎があることがわかったのですが、若さでなんとか乗りきっていました。その後も髄膜炎で救急搬送されたり、レイノー症状(ろうそく病)で指先が真っ白になったり……。50歳を過ぎる頃になると、体はやせ細り、手足は冷えきり、筋肉も関節も痛むようになりました。夜はなかなか眠れず、朝は体が動かない。ベッドから30分かけて起き上がり、お風呂で体を温めてようやく動きだすような状態でした。

それでも自分を病気だとは思わず、「疲れが出たのだ」と思って整体や鍼灸で改善しようとしていたのです。整体の先生にも「病院に行くべきだ」と言われたのですが馬耳東風。愚かでした。



元宝塚歌劇団星組・花組トップスターの安奈淳さん。 1965年入団後、27歳で『ベルサイユのばら』オスカル役を演じ、“第一期ベルばらブーム”を築く。

1978年に宝塚退団後は、持ち前の歌唱力と演技力を活かして舞台などで活躍していたが、50代で膠原病となり生死の境をさまよう。その後、長い闘病生活を経て奇跡的に復帰。74歳の今、精力的にコンサートを開催し、チケットは即完売の人気ぶり。

最近ではインスタ(@annnajun0729)の私服ファッションが評判となり、ファッション誌にたびたび取り上げられるように。

薬の副作用によるうつで、一時期は手持ちの服をほぼすべて手放してしまった安奈さんだが、今は本当に気に入った服だけをセンスよくコーディネートして楽しんでいる。その姿が女性たちの熱い支持を得ている。 自身の体験に基づいた生き方の金言とともに、安奈さん流の着回し術や服選びのコツを紹介する、写真満載の初のヴィジュアル本。

当記事はOTONA SALONEの提供記事です。

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