3時のヒロイン・福田麻貴 エッセイ「役満家族」連載第2回


出典: ラフ&ピース ニュースマガジン

「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝後、バラエティー、ドラマ、コメンテーターと幅広い活動を続ける、3時のヒロイン・福田麻貴。
そんな彼女が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。スナックと雀荘で過ごした子供時代、父との出会い、名門・関西大学を卒業しアイドルを経て芸人に転身したヘンテコな生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

第1回はコチラ

『4歳 in 喧騒』


 難波に引っ越したのは4歳の頃。母が難波でやっていたレストランの業態を変えてスナックとしてオープンするのをきっかけに、天王寺の夕陽丘から引っ越した。治安の差は漢字を見れば一目瞭然で、私達は夕陽の射す丘を下り、文字通り難あり波ありの暮らしを送ることになる。それでも難波での短い暮らしは楽しく、その後の人生においても最も大切な街となる。

スナックをやると言っても母に経営の手腕などあるわけがなく、すべてバックについていたのは、祖母だ。祖母は80歳を迎える現在でも「店やらへん?」が口癖の、生粋の商売人でありギャンブラーでもある。私達は祖母が稼いだお金や競馬で勝ったお金で、しょっちゅうてっちりを食べ、子供のくせに寿司屋の木のカウンターからチョロチョロ出る水で3本の指を洗い、寿司を口に運んでいた。
 祖母は麻雀も強かった。毎日おっさん達と雀卓を囲み、鋭いジョークで笑いを取りつつ、最後はだいたい勝っていた。私は雀卓の脚元でアンパンマンカーに跨り、客を見上げて「将来、ママみたいになるねん!」とよく声を弾ませた。

ママ。祖母は「おばあちゃん」と呼ぶには綺麗過ぎた。私が生まれた時はまだ40代だったし、肌は色白で、パッチリとした目の尻にまつ毛がチュンッ、とハネていた。その下には淑やかにスッと通った小さな鼻がちょこんと座っていて、欲張りなことにエクボまであった。「おばあちゃん」と呼ばせるにはプライドが許さなかったらしく、店で呼ばれている「ママ」という呼び名を孫の私達にも呼ばせることになったそうだ。
 そんなママのDNAの一部を私は有難いことに受け継ぐことができたのだが、それは残念なことに、顔ではなく口だった。
 私は言語の発達が早く、妙に大人びていた。口は達者なくせに歩くのが嫌いだったので、体がまあまあ大きくなってもベビーカーをタクシー代わりに使い、無邪気に前を走る二つ上の兄に「ケンゴー!走ったらコケるでー!」と偉そうに注意していたそうだ。
 おまけに、ママの歯に衣着せぬ物言いどころか歯を抜いて投げつけるくらいハッキリと物を言うところまで受け継いでしまい、「あんたハゲてんで!」「あの人鼻くそついてるで!」と情け容赦なく言葉の手裏剣を撒き散らし、横にいる母を困らせた。

だが私もなかなかの言われようだったと思う。
 母に連れられ黒門市場を歩くと、よく知り合いに出くわした。「あら、あんた娘おったんかいな?」「せやねん、ぶっさいくやろ~!」「ぶっさいくやな~!」「ははははは!」というやりとりが、天気の会話の如く行われていた。そのため私はブスと言われることに抵抗がない。これを、ブスの英才教育と呼んでいる。
 これがママと歩く場合は「あら娘さん?」「ちゃうちゃう、孫やんか!」「えーうそやん!?あんたおばあちゃんなん!?」というクッションが入るが、そのあと結局「ぶっさいくやな~!ははは!」に行き着く。
 夜になると母とママはスナックに出勤するため、私と兄は寝かしつけられる。せめてもの足掻きで「お姫様になる夢を見られますように」と枕に願いを込めると、いつも兄に「麻貴がブタになる夢を見られますように」と上書きされて寝た。

だいたい夜中になると目が覚めて、母が居ないので寂しくて泣く。スナックの上にアパートがあり、その2階に私達は住んでいたので、電話をかけるとあやしに戻って来てくれるシステムだった。そのために難波に引っ越したというわけだ。
 だが電話をかけても母やママが来てくれることはめずらしく、ホステスのユカばっかり来る。何なら電話もユカばっかり出る。今ユカちゃうねんけどな~、と思いつつ、誰も居ないよりはマシだからユカにあやされた。
 犬は自分を含めた家族を偉い順に序列するなんて迷信があるが、私も無意識にホステスを序列していた。上からママ、そして母、のちにチーママになるリエちゃん、私、ユカだ。
 リエちゃんはクレバーで冷静で品があったが、ユカはいつもママやお客さんに「あんたアホやな~!」と笑われていたし、私と同じ目線に立って遊んでくれていたのもあって、だいたい私と同じくらいか下だろうと認識していたようだ。
 店でも一番若かったユカは、大人ばかりの中で毎日を過ごしている私にとって、一番歳の近い存在だった。可愛くて明るくてアホで、でもちょっとカッコよくてちょっぴり憧れていた。さぞかし生意気なガキンチョであっただろう4歳の私に、友達みたいな話し方をしてくれるユカが大好きだったが、やっぱり寂しい夜に会いたいのは、お母さんだった。

3時のヒロイン・福田麻貴
1988年10月10日生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学卒業。
2017年に相方・ゆめっち、かなでと「3時のヒロイン」を結成。2019年には『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝。バラエティ番組を中心にYouTube・ドラマ・コラム執筆など幅広く活躍中。「めざまし8」(フジテレビ)、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」(テレビ朝日)、「おはスタ」(テレビ東京)、「花咲かタイムズ」(CBCテレビ)などレギュラー出演中。

当記事はラフ&ピースニュースマガジンの提供記事です。

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