Kanaria feat. GUMI「EYE」は北欧神話がモチーフ?難解な歌詞とMVの意味を徹底考察

UtaTen

Kanariaが手がける「EYE」は「KING」と繋がる楽曲?


▲Kanaria feat. GUMI - 『EYE』【OfficialYouTubeChannel】

新曲を発表する度に即座にミリオンを達成する大人気ボカロP・Kanariaが、約4ヶ月ぶりとなる新作『EYE』を2021年7月25日にリリースしました。

6作目のオリジナル曲となるこの楽曲ではGUMIを使用し、巧みで中毒性の高い音楽とLAMが担当するMVイラストにより、Kanariaらしい独特な世界観が作り上げられています。

Kanariaの楽曲といえば意味深な歌詞と細部まで作り込まれたMVでいつもファンの考察が飛び交いますが、『EYE』でも様々なストーリーが推測されています。

特に今作ではMVの長さに注目が集まっています。

楽曲同士のリンクが始まったとされる『KING』のMVは2分15秒

その後発表された『エンヴィーベイビー』と『MIRA』は順に1秒ずつ増えていたため、世界線が異なることを意味しているのではないかと考えられてきました。

この考察が正しいとすると、今回の『EYE』ではまた2分15秒になっているため、『KING』と同じ世界線を描いていると思われます。

また、この2曲はMVの背景もよく似ていて、ますます関連性を感じさせるでしょう。

ここからは『EYE』のMVの内容を交えながら、歌詞の意味を詳しく考察していきます。

北欧神話に登場するリンドの愛憎エピソードが描かれる



『EYE』の主人公は左目に蛇のタトゥーがある女性です。

蛇のタトゥーには「再生」「永遠」という意味があるのだそう。

蛇のタトゥーはどのように歌詞に関わってくるのでしょうか?

主人公には想い人がいることが「意中」や「火照り」というフレーズから考察できます。

「13」は不吉な数字としてよく用いられるものの「14」と並べられているので、ここでは13歳や14歳の思春期の頃を指していると解釈してみましょう。

そうすると、次に出てくる「30 40」は成長して歳を重ねていったことを表していると考察できます。

まだ幼く多感だった頃は、どんな恋も毎日を楽しむための「スパイス」になった。

しかし、歳を重ねてから突き刺されるかのような痛みを伴う出来事に直面し、「狂ったようにスマイル」を浮かべることで耐えてきた彼女の半生を物語っているように感じられます。

サビで繰り返される「リンド」とは、スペイン語では「かわいい」や「綺麗」を意味する言葉ですが、実は北欧神話に登場する名前でもあります。

ロシア王の娘であるリンドは、神々の王オーディンの恋人の1人。

オーディンが自身の最愛の子バルドルを殺害した者への復讐のために、巫女に話を聞きに行くとリンドとの間に生まれる子が復讐を果たすと預言します。

リンドはそれを拒否しましたが、オーディンは半ば強引に関係を持ち、のちに息子ヴァーリが誕生。

オーディンの望み通りヴァーリが復讐を果たしますが、オーディン自身はリンドへの乱暴な行為により王位を追われる結果となります。

王の失脚といえば『KING』のストーリーが思い浮かぶのではないでしょうか。

愛する人であった王を断罪し、王位から失脚させて代わりに王座に就いた『KING』の主人公は、よく見ると『EYE』の主人公の姿と似た点があります。

首輪をつけていることや黒く塗られた爪、そしてどちらも左目に何かを抱えています。

『KING』の主人公の左目は髪で隠れていますが、これが何かを隠しているのであれば『EYE』の主人公と同じ蛇のタトゥーが入っていてもおかしくはありません。

背景が似ていることもふまえると2人は同一人物で、『EYE』は王を失脚させた『KING』の過去の姿なのではないでしょうか。

このように考えて歌詞を見ていくと、冒頭の歌詞の解釈も辻褄が合うように感じられます。

リンド(主人公)はオーディンの恋人だったため、初めは楽しい恋だったはずですが、復讐者となる子を生むために乱暴されて身も心も傷ついたことでしょう。

イラストで右耳についている「耳飾り」。

女性の右耳の耳飾りは「守られる人」を表すもので、女性らしさの象徴とも言えます。

しかし、オーディンにとって守るべき人だったはずのリンドが傷つけられたことを思うと、2人の恋人関係を表す耳飾りを「そっと隠して」ないものにできたらいいのに、と願うのも無理はないことかもしれません。

彼女が笑っていた時は椅子のように見えた背景は、真顔の彼女にいくつもの赤い手が伸びる様子を見ると、まるで棺桶に横たわっているようにも見えてきます。

周囲の思惑に利用され、純粋に恋人を愛する自分の心を殺したことを表現しているような印象的なイラストです。

「EYE」はそのまま読むと「目」のことですが、音だけ聞くと「愛」や「哀」という言葉も連想させます。

このことをふまえて歌詞を見ていきましょう。

オーディンは息子への愛ゆえにリンドに対して「バッドプレイ」をしてしまい、リンドはオーディンへの愛ゆえに巻き込まれることになったことを指しているようです。

しかし、哀しいことに愛し合う気持ちは既にバラバラに分かれていて、悪い結末しか待っていないという彼女の予感を表現していると思われます。

とはいえ彼女の静かな笑みは、彼女自身が悪い結末へと誘おうとしているようにも見えて、王失脚の計画がここから始まったとも考えられそうです。

愛しているから王への復讐に立ち上がる




「穿つ(うがつ)」とは穴を掘ることで、物事の本質を捉えることを意味します。

そして「この目」に対して「その手」とあることから、こちらは自分に触れるオーディンの手のことを指していると考察できるでしょう。

恋人とはいえなぜ自分が襲われているのか、彼女は出来事の本質を捉えようと状況を観察しているのかもしれません。

一方で、MVの彼女は目を閉じ何も見ていないようです。

「見えぬ姿」というのも、あえて彼の姿を見ていないことを表現していると考えられます。

いつもとは違う「あらぬ素振り」や「放つ言葉」に注目すれば、彼自身を見ていなくてもどうしてこんな状況になっているか原因が見えてくるのでしょう。

彼女が目をつむると、蛇のタトゥーがよりはっきり見えます。

「再生」や「永遠」を意味するのだとしたら、関係の再生や永遠の愛を望んでいることを表していると解釈できそうです。

赤い首輪も愛に囚われ依存していることを象徴しているのではないでしょうか。

恋人からもたらされる「愛を数えて」いますが、自分への愛よりも復讐に燃える恋人の言葉は次第に「耳障り」になっていきます。

この哀しくつらい気持ちを解消する術を、彼女は未来の自分に託しました。

また、赤い手にまとわりつかれている状況は変わらないのに、笑顔を見せるだけで雰囲気が大きく変わる様子も目を引きます。

まるで自分をそんな運命に引きずり込んだ人たちを逆に利用し、従えているような印象を受けますね。

そうしてその思いを遂げたのが『KING』のエピソードなのではないでしょうか。

愛する人に真に愛されない状態は「ひとりぼっち」のよう。

生まれた息子も復讐者として彼女の手から離れています。

しかし、それは彼女にとって「酷く甘美」に思えます。

もしかしたらひとりぼっちだからこそ、王への報復の計画はうまくいくと思えるからかもしれません。

大切な存在がなければ、人は無謀なこともできるもの。

神々の世界でも同じなのではないでしょうか。

「誰が待ってる」と自身に問いかければ、誰も待っていない孤独感やその原因を作った者たちへの苦々しい気持ちが強まっていきます。

復讐のために使われたなら、復讐のために行動するしかない。

憎んでいるからではなく、愛しているからこそ傷つけられた辛さが深く心に突き刺さっている自分の思いを知らしめたいのでしょう。

最後に主人公はいなくなり、椅子にも棺桶にも見える背景だけが残ります。

これは恋人への愛に囚われるだけだった彼女が、ついに動き出したことを表しているように思われます。

これから王への断罪が始まるのです。

あなたは「EYE」の歌詞をどう考察しますか?



Kanariaの『EYE』は北欧神話や『KING』との繋がりが色濃く感じられる楽曲でした。

女性の深い悲しみとそれをバネにして生きる強さを象徴するような歌詞に、聴けば聴くほどどんどん引き込まれます。

Kanariaの楽曲は解釈の難しい歌詞が多いですが、言葉自体の音の心地良さを楽しむことができ、人それぞれの考察が広がるところも魅力と言えるでしょう。

ぜひ『EYE』の歌詞をじっくり聞きながら、自分なりの考察を見つけてくださいね。

当記事はUtaTenの提供記事です。

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