サザンオールスターズとは違う桑田佳祐の魅力が詰まったソロの傑作『孤独の太陽』

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9月15日、桑田佳祐が4年振りの新作EP『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』をリリースした。そして、9月18日の宮城・セキスイハイムスーパーアリーナを皮切りに、全国10カ所20公演を巡る全国アリーナツアー『桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」supported by SOMPOグループ』がスタートする。ということで、桑田佳祐のソロ作品をご紹介。KUWATA BANDを除いて5作あるソロアルバムの中から『孤独の太陽』をチョイスしてみた。

■この夏、誰もが最も耳にした歌声

“国民的アニメ”“国民的アイドル”等々、知名度がちょっと高くなると、すぐに“国民的”と付ける世の中の風潮を依然かなり訝しく思っている。事の始まりはサザンオールスターズ(以下サザン)の“国民的バンド”。気付いたらいつの間にかそう呼ばれるようになっていて、もはやそこに対して不思議に思わない人の方が多いのではないだろうか。ていうか、最近はサザン以外にも“国民的バンド”がたくさんいるようで、何が何やら分からなくなってきている気もする。そのうち、“国民的ラッパー”や“国民的ユーチューバー”なんてのも出てくるんだろう。このままいくと。しかしながら──それが悪態と言われようが、しつこく“果たしてそれは本当に国民的なのか?”と問い続けたいと思ってはいるけれど、今夏、あれだけ桑田佳祐の「SMILE~晴れ渡る空のように~」を聴いてしまうと、“これが2021年現在の国民的音楽と呼ばれるものなのだろうなぁ”という気になったことは、正直に白状しておこう。

民放5系列による『2020年東京オリンピック共同企画』のテーマソング。7~8月の数週間はどのチャンネルを点けても流れてきた。その物量は半端じゃない。決して持論を曲げて白旗を揚げるということではない…と一応、最低限の抵抗をしておくが、あそこまでいくと、もはや“国民的流行歌”と認識せざる得ないところはある。納得せざるを得ないと言ってもいいかもしれない。そもそも同曲、そして桑田佳祐は[プロジェクトチームがテーマソングのアーティストを決める際に「桑田さんしかいない」という意見が多数上がり、起用が決定した]ものだという([]はWikipediaからの引用)。これが仮に若手~中堅の当代人気アーティストであったのならば、この夏の流行歌に認識しつつも、別の意味で訝しさを感じることもあっただろう。桑田以上のベテランが担当したとしたら、多分、若い世代からはあまり支持を得られなかったのではないかと自分なんかでも想像できるし、アナクロ感の漂うものになっていたような気もする。オリンピックのような世界的イベントの日本国内でのテーマソングを担当するアーティストとして、老若男女の多くが丁度良く感じるのが桑田佳祐だっただろう。“丁度良い”という言い方をすると語弊があるように思われるかもしれないが、まさか凡庸などという意味では言ってないので、そこんところは誤解のないように。あえて言うなら中庸。平均でも中間でもなく、中庸である。変な偏りが少ないというか、多くの人が“この人なら…”と腑に落ちるポジションにいるアーティストが桑田佳祐だと件のプロジェクトチームの方々は思ったと思われる。そのプロジェクトチームもさすがに適当な人たちの集まりではなかろうし、間違いなくプロフェッショナルがマーケティング等も加味して推したのだろう。案外それが“国民的”なる形容の正体かもしれない。

■社会性を帯びた歌詞に驚き

自分で書いておいて何を言いたいのか分からなくなってきたので、強引に話を修正するが、『TOKYO 2020』を経て、“国民的”の形容がさらに相応しいように思える桑田佳祐である。“2020年東京オリンピック共同企画”のテーマソングを手掛けたこと自体もそうだが、「SMILE~晴れ渡る空のように~」の内容からもそれは感じられる。特に同曲の歌詞《素晴らしき哉 Your Smile(あなたの笑顔)/あなたがいて I'm So Proud(私の誇り)/愛しい友への歌》はそれを強く感じさせるところだ。語り掛ける…というよりも、ほとんど寄り添うようなスタンスである。[桑田は「かなりプレッシャーを感じましたが、今日という日を目指して『一緒にやろう』の精神で楽しい曲作りができました」と語]ったというから、本人もその辺は大分、意識したのだろう([]はWikipediaからの引用)。アーティスト特有のエゴをまるで感じないナンバーである。

さて、ここからが本題。今やそんな桑田佳祐ではあるが、かつてはそうでない時期もあった。アーティストのエゴ丸出し…と言い切ってしまっていいかどうか迷うところだが、少なくとも、「SMILE~晴れ渡る空のように~」と対極にあるような作品がある。今回紹介する『孤独の太陽』はそういうアルバムと言っていいのではないかと思う。まず歌詞がかなり違う。とりわけ目立つのは社会性を帯びたものだ。

《泣く人生の影で 抱く現金の嵐/Oh 公序良俗なす高嶺のブタ共に見た 料亭の魂》《胃は錠剤にただれ 身は注射器の嵐/Oh 理路整然たる水増しの医者共に見た 延命の魂》《子は番号で呼ばれ 一流フェチの嵐/憐れ世のガキよ顔の無い教師らの背に見た 偏差値の魂》(M1「漫画ドリーム」)。

《Ah しゃアない… 嗚呼 人生のブルース/「しゃアない節」よ/嗚呼 「平和」の意味が/違って見える/そして愚かなボスがこう言う…/“さあ!!若者よ人を撃て!!"》(M2「しゃアない節」)。

《暗い教室の隅で彼は泣いてる/重い十字架を生きるために抱いてる/あらぬ 良識で大人達は逃げてる/遠い世界のようだけど… Feelin' Blue》《あらぬ 良識で大人達は逃げてゆく/どんな未来になるだろう?…I'm Feelin' Blue》(M6「飛べないモスキート(MOSQUITO)」)。

《歌が得意な猿なのに 高級外車がお出迎え/スーパー・スターになれたのは/世渡り上手と金まかせ》《儲かる話とクスリにゃ目が無い バカヤロ様がいる/チンチン電車は走るけど 青春時代は帰らない/TVにゃ出ないと言ったのに/ドラマの主役にゃ燃えている》(M9「すべての歌に懺悔しな!!」)。

《可愛いウチの少女には/注射の跡がある/渇いた夏の午後にも/空を見上げてる》《可愛いウチの少女には/恨みも罪も無い/お金で濡れたショーツには/夢がにじんでる》《家族の絆は泡沫(うたかた)の花飾り/高速道路に捨てられた/猫がいる》(M11「太陽が消えた街」)。

《ドル箱映画も不倫のドラマも 演る役者変わらぬ芸能社会/小銭目当てで脱ぎたがる奴 売り上げ本意で生きる奴/アートが理屈を越えない世界 文化じゃ食えない貧乏ブルース》(M12「貧乏ブルース」)。

桑田佳祐ならではの文体は健在であって、100パーセントはっきりとその意味を掴めるものではないが、相当に衝撃的な単語、形容句が散見できる。そんな歌詞の楽曲が上に挙げただけでも6曲とアルバムの約半数を占めているわけで、同時期のサザンの楽曲──シングル「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN」「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」(共に1993年)や、「マンピーのG★SPOT」「あなただけを ~Summer Heartbreak~」(ともに1995年)などと比べても、これまた対極というか、かなりテーマが異なっていることは明白だ。調べたところ、この『孤独の太陽』は[桑田自身が「自分はこのままでいいのだろうか」と思ったことから前年まで続いたサザンオールスターズの活動を一時的に休止して制作に取り掛かり、発表された]作品であるというから、余程、思うところがあったのだろうし、それを吐き出したかったのだろう([]はWikipediaからの引用)。

■楽曲の背後にあるさまざまなルーツ

メロディーに関して言えば、M3「月」とM13「JOURNEY」が顕著だろうし、M6「飛べないモスキート」辺りにもそれを感じるところだが、桑田流の旋律には変化は見られない。というよりも、変にメロディーをこねくり回さなかったのかもしれない。そこではサザンとソロとの差異はそれほど感じないけれども、質感を含めてサウンドは大分違う印象はある。まず気付くのは音数の少なさである。M1「漫画ドリーム」、M7「僕のお父さん」は桑田の歌とハモニカ、そして小倉博和のギターで構成されており、どこか弾き語りのような感触がある。M13「JOURNEY」も桑田、小倉に加えて原 由子のオルガンにシーケンサーという構成だ。他はバンドサウンドでベースもキーボードも入っているし、タイトルチューンのM10「孤独の太陽」ではストリングスを配してサイケデリックに、M11「太陽が消えた街」ではブラスセクションを入れてソウル~R&Bに仕上げているが、いい意味で派手さがない。抑制が効いたバンドサウンドと言ったらいいだろうか。M13以外でもシーケンサーも随所で使っているのだが、前述したサザンのヒットチューンのように、如何にも…なデジタル音はほとんど聴こえてこないと言ってもいい。

また。M1やM2などは、聴く人が聴けばすぐにBob Dylanのオマージュであることが分かるだろうし、M4「エロスで殺して(ROCK ON)」やM8「真夜中のダンディー」のギターはThe Rolling Stonesを彷彿させる。M10「孤独の太陽」のサイケは桑田自身がBrian Wilsonを意識したと述懐しているそうだから元ネタ(?)はThe Beach Boysなのだろうし、M13「JOURNEY」では明らかにThe Beatlesナンバーから拝借したと思しきフレーズも聴こえてくる。自身が影響を受けた洋楽をそれと分かるように取り込んでいるのも本作の特徴ひとつだ。これを以てミュージシャンとして、アーティストとしての原点回帰というのは簡単すぎるかもしれないが、ここまであからさまだと、少なからず企図したものだと推測できるし、当初からこうしたサウンド、質感を狙っていたのだとすると、件の社会性を帯びた歌詞もロックやブルースから感じた初期衝動に忠実なものだったという考察も成り立つかもしれない。

…と、ここで終わると、未聴の方は『孤独の太陽』を“桑田佳祐の懐古趣味が出たロックアルバム”と思われるかもしれない。だとしたら、それは間違いだ。まぁ、そういう側面が何割かはあるかもしれないが、そこだけに留まらない魅力が『孤独の太陽』には確実に存在している。それは端的に言って、M3「月」、M7「僕のお父さん」、M13「JOURNEY」に依るところが大きいと思う。M7、M13前述した通り、弾き語りにも近いシンプルなサウンドで、M3はドラムも入っているがそれは打ち込みで、桑田、小倉に加えて、原 由子のピアノと、この時期までサザンオールスターズのプロデューサーを務めていた小林武史がオルガンで参加しているだけで、至ってシンプルな構成である。そのサウンドもさることながら、歌詞も件の社会性を帯びた歌詞とは趣を異にしている。

《振り返る故郷は 遥か遠くなる/柔らかな胸に抱かれてみたい Ah 君を見ました/月見る花に 泣けてきました 嗚呼…》《揺れて見えます 今宵の月は/泣けてきました 嗚呼…》(M3「月」)。

《僕のお父さん 仕事で帰らない/僕は長男 涙をこらえてる/雨音が僕らを遠ざける/I love you Daddy》《僕のお母さん カレーライスを食べさせて/優しいあなたの味がする/おやすみの電気は消さないで/I love you Mammy》《痛むよ Wow Wow My Honey/今すぐ 逢いに来て》《好きだよ Wow Wow 永遠に/孤独な僕を見て》(M7「僕のお父さん」)。

《とうに忘れた幼き夢はどうなってもいい/あの人に守られて過ごした時代さ/遠い過去だと涙の跡がそう言っている/またひとつ夜が明けて/嗚呼 何処へと “Good-bye Journey"》《雲行く間に 季節は過ぎ/いつか芽ばえしは 生命の影/母なる陽が沈む時/花を染めたのは雨の色かな》《きっと誰かを愛した人はもう知っている/優しさに泣けるのはふとした未来さ》(M13「JOURNEY」)。

これもまた桑田らしい文体なのでここで描かれている物語は誰もが明確に語れるものではないけれども、いずれも想いを馳せている内容であることはうかがえる。ファンならばよくご存知のことと思うが、上記のナンバーは、本作の制作中に桑田の実母が亡くなられたことが大きく影響しているという。サウンド、質感は自身の音楽的ルーツを出すことを企図したのではないか、さらには歌詞もそこに呼応したのではないかと先に推測したけれども、このM3、M7、M13については、その制作背景を考慮すると、音楽家以前に“人間・桑田佳祐”が出ているのだろう。はっきり言ってポップな作品とは言い難いが、『孤独の太陽』は独特の奥深さと得も言えぬ魅力のあるアルバムであることは間違いない。“国民的アーティスト”のまた違った一面を垣間見ることが出来るドキュメントではある。

TEXT:帆苅智之

アルバム『孤独の太陽』

1994年発表作品

\n<収録曲>
1.漫画ドリーム
2.しゃアない節
3.月
4.エロスで殺して(ROCK ON)
5.鏡
6.飛べないモスキート(MOSQUITO)
7.僕のお父さん
8.真夜中のダンディー
9.すべての歌に懺悔しな!!
10.孤独の太陽
11.太陽が消えた街
12.貧乏ブルース
13.JOURNEY

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当記事はOKMusicの提供記事です。

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