【Editor's Talk Session】今月のテーマ:世界が一時停止した時、カメラマンが考えていたこと

OKMusic

音楽に関するさまざなテーマを掲げて、編集部員がトークセッションを繰り広げる本企画。第22回目は長年写真家として活動する江隈麗志とキセキミチコをゲストに招き、コロナ禍の前後で考えていたことを話してもらった。ライヴの開催が難しくなり、いくつもの仕事が見送りになったのは写真家も同じ。何年も走り続けてきたふたりが立ち止まって考えたことは何だったのか?

【座談会参加者】

\n■江隈麗志
京都府出身。2003年より東京に活動拠点を移す。音楽系を中心に幅広く活動中。猫が好き。

\n■キセキミチコ
日本大学藝術学部写真学科卒業。音楽、ドキュメンタリー、を中心に撮影。2019年に作品制作のため約8カ月香港へ長期滞在ロケを敢行。そこで遭遇した民主化デモによって考え方が大きく変わっていった。現在は枠にとらわれない写真家に。

\n■石田博嗣
大阪での音楽雑誌等の編集者を経て、music UP's&OKMusicに関わるように。編集長だったり、ライターだったり、営業だったり、猫好きだったり…いろいろ。

\n■千々和香苗
学生の頃からライヴハウスで自主企画を行ない、実費でフリーマガジンを制作するなど手探りに活動し、現在はmusic UP's&OKMusicにて奮闘中。

\n■岩田知大
音楽雑誌の編集、アニソンイベントの制作、アイドルの運営補佐、転職サイトの制作を経て、music UP's&OKMusicの編集者へ。元バンドマンでアニメ好きの大阪人。

■写真を好きになった きっかけを思い出した

千々和
「江隈さんとキセキさんは音楽系以外の撮影のお仕事もされていますが、ライヴ写真を撮られていることも多く、昨年からやむを得ず中止になってしまう公演が多々ある中、コロナ禍でどんな変化がありましたか?」

江隈
「仕事が完全に飛んでなくなるっていうのは昨年が初めての経験でしたね。最初は不安がかなり大きかったですけど、仕事がない状態がずっと続くとは思えなかったので、気持ちを切り替えて、撮り溜めてきた作品に手をつける時間に充てていました。アーティストさんも配信ライヴを行なうなど、すごく模索していた時期だったと思うんですけど、僕自身は自分の作品を仕上げてInstagramにアップし始めたんです。アーティストさんにも連絡を取って、表に出ていなかったカットをインスタにアップしたりして、そのアーティストさんのファンの方々や僕の写真を好きでいてくれている方に元気のお裾分けができたらという気持ちでした。あと、僕がずっと撮り続けている椅子の写真があるのですが、それを初めて自分の作品として販売しました。すると思っていたより多くの方が購入してくださって驚きました。それまで完全に趣味で撮っていたものでしたから、“自分の作品を欲しいと思ってくれる方がいる!”ということを知れたのは大きな発見でしたし、自信にもなりました。」

千々和
「江隈さんがlynch.のライヴハウス支援企画『OVERCOME THE VIRUS』の記事を撮影しているのも見かけました。」

江隈
「あれは特に呼んでもらったわけではなかったんですけど(笑)、写真販売をしつつ、とにかく何かをしたいと思っていて、“感染対策もするので、行ってもいいですか?”と連絡して撮らせていただきました。インスタにアップするだけのつもりだったんですけど、『GiGS』さんが賛同してくださって記事に使ってもらえたんです。あの時は随分と踏み込んだと思います。アーティストさんとは一定の距離を保っておくべきという考えがあったんですけど、思い切って良かったというか。むしろ、こういうことをやりたかったのかもしれないと気がつきました。」

千々和
「模索しつつ、気持ちの変化もありましたか?」

江隈
「はい。自分が写真を好きになったきっかけを思い出したというか…話すとちょっと恥ずかしいんですけど、若い頃は部屋に好きなアーティストのポスターを貼っていたんですよ。Bon Joviのジョンのブロマイドみたいなポスターで、シンプルなポートレートだったんですけど、あの頃はそのポスターが好きで心が救われたみたいな感覚もあったし、音楽も好きになって、写真をやりたいと思った始まりでもあったんです。それなら、僕が今、動くことで誰かが元気になることもあるんじゃないかと思い立って、作品撮りをしたり、Instagramの更新頻度もすごく上がりましたね。それに、今までも仕事の手を抜いたことはないけど、“もっとできるんじゃないか?”という感覚にもなって。“これが最後の写真になってもいい”くらいの気持ちで写真に向き合うようになりました。」

千々和
「一度、無に近い状態になったからこそ、考える時間もできたのかもしれないですね。キセキさんは2019年7月から昨年2月まで香港に長期滞在して、香港民主化デモを記録されていましたよね。東京では一度目の緊急事態宣言が昨年3月なので、帰国して間もなくコロナ禍になったわけですが。」

キセキ
「はい。コロナ禍で自分にどんな変化があったのかを話す機会は多いんですけど、香港に8カ月間も行っていたブランクがあるので、一概にコロナ禍の影響だとひと括りにできないんですよね。香港にいた時間は私にとって激動で、気持ちも環境もあまりに変化がありすぎて、帰国してからよく分からない気持ちになっていました。帰国後に声をかけてもらっていたライヴの撮影もあったんですけど、それは全部なくなりましたし、本当に“どうしよう?”となって。仕事が半年ほどなかったので、ずっと家で体育座りしていました(笑)。8カ月かけて撮ってきた香港の写真もどういう落としどころにしたらいいか悩みましたし、あの頃はキツかったです。何が大事で、何が撮りたいのかよく考えた時期ではあったけど、まったく行動に移せませんでした。今はありがたいことに少しずつ仕事が戻ってきましたけど、当時はライヴができなくなるとか、音楽を届けることが難しくなるってことは相当な事態なので、収束はそう早くないのも感じていましたし。」

千々和
「キセキさんから見て、日本でのコロナ禍はどう見えていたのでしょうか?」

キセキ
「正直言ってコロナ禍よりも香港での出来事のほうが、自分の人生を大きく変えたんです。今は非日常が日常になっていくのを感じている方が多くいると思いますが、それって海外ではもっと前からいろいろな場所で起きていることで、それを日本に住んでいる私たちは知らないだけだったと思うんです。ありとあらゆるものがどんどん便利になっていて、世の中の技術が進みすぎているがゆえに、失っているものもいっぱいあって…何がなくなっていっているのかが見えなくなっていた。それがコロナ禍の影響で全世界が一時停止することになって、江隈さんも言っていたように“原点に返る”“何が大事かを考える”ってことを写真家のみならず、みんなが考えたんじゃないかなと。誤解を招かずに伝えられるのであれば、コロナ禍であるからこそ見えるようになったものがあると思うんです。私はたまたま日本でのコロナ禍の前にそれを香港で体験したわけですが、今までの自分は視野が狭かったと実感しました。仕事に対しても、写真に対しても。そういう意味では、撮るものも変わってきたと思います。香港に行く前は音楽に関わるものを撮ってきたんですけど、今は枠にとらわれず、“写真を撮る”という行為は報道でも、広告でも、音楽でも、料理でも変わらないと。」

■写真を撮る理由は “好きだから”でしかない

江隈
「実は、昨年キセキさんがリモート撮影で『送る写真展』をやっているのをSNSで見て、僕も何かやらなきゃって思ったんですよ。」

キセキ
「そうだ、やってました。私の祖母が高齢者施設に入っていて、コロナ禍の影響で会えなかったので、帰国した報告もできず、もしこのまま亡くなった場合はお葬式でさえ会うことができない…家族に“覚悟しておいて”って言われた時に、この状況は私だけじゃないんだろうなと思ったんです。今、会いたい人に会えなくて苦しんでいる人が全国にいっぱいいて、自分にできることは写真を撮ることだけだったので、リモートで撮影した写真を布にプリントして、直筆メッセージ入りのタペストリーにして会えないご家族に送るというのを考えたんです。」

岩田
「SNSで自分以外のカメラマンの活動を知る機会がある中、直接連絡をとって情報交換や相談したことはありました?」

江隈
「仲の良い先輩や仲間とはありました。写真を販売するにあたって、どう届けるかを相談したり、値段について話したり。写真の値段って“安売りは絶対にするな!”って言う人もいるし、“安くてもその写真を好きな人が手に取ってくれたらいいんじゃない?”という考え方もあって、自分が考えていた値段を言ったら“それは安売りだ”という意見もあり(笑)。写真を買ってくれる人の中には、協力したいとか、お金を払いたいって思ってくれている人もいるので、その想いに対して値段が低すぎると失礼になりかねないし、値段によって写真を手にした時の満足度も変わってくると思うんです。だから、値段は1カ月くらい葛藤して悩みました。サイズによって値段を変えて工夫をしたら、大きいものも小さめのものも想定していたより手に取ってもらえたので嬉しかったです。」

岩田
「キセキさんはカメラマン同士の交流ってありました?」

キセキ
「私はどちらかと言うと一匹狼タイプなので、横のつながりでの交流はほぼなかったです。ライヴが復活してきてからちょっと会う機会があった方は何人かいたんですけど、仕事の相談はあまりしなかったです。それよりも違う業種の人と話すことのほうが多かったですね。あとは、この一年半で3回写真展をやったので、そこでのコミュニケーションはありました。」

石田
「やり方はそれぞれ違うけど、自分を見つめ直して、やりたいことをやるために行動を起こしたっていうタイミングでしたよね。江隈くんが自分の写真を売ったっていうのも、何十年も活動してきて初めてのことでしょ?」

江隈
「そうですね。作品を手に取ってもらったり、コメントをもらうことってこんなに嬉しいことなんだって、今さらながら実感しました(笑)。」

石田
「そのリアクションによって考え方やモチベーションが変わったりは?」

江隈
「バク上がりです! 僕の作品を見て思ったことをコメントしてくれて、そのおかげで自分を見つめ直した部分もありました。仕事がなくなったから、もちろん不安もあったんですけど、アーティストの気持ちが少し分かるような気がしたというか。今まではコメント返しをしていなかったんですけど、ちゃんとするようになりました(笑)。海外の方の言語も調べたりして。昔だったらエンドユーザーとコミュニケーションをとることって考えられなかったですよね。そこのつながりがコメントなどを通してリアルに感じられた時に、自分がやりたいことというか、“自分は何を撮りたいのか?”っていう本質が掴めたような気がしました。以前は“自分が満足できるものを撮りたい”っていう気持ちが強かったんですけど、今は被写体を通して誰かの手に写真が渡った時に“自分の作品をどう感じてもらえるか?”というところまで考えられるようになったというか。そのリアクションをリアルに感じられるのはいい時代だと思いましたね。何度も“もっとやろう!”という気にさせられましたから。」

石田
「キセキさんは香港での活動とコロナ禍の両方を経験した中で、何か変わったことはある?」

キセキ
「人生が180度変わりましたね。変わったんですけど、すごく難しいのが、何がどう変わったのかを言葉で表現するのはまだできなくて…。“何が大事なのか?”ってすごく考えるようになったし、香港に行って、民主化デモを体験して世界を見た時に自分の中にあったいろんなものが削ぎ落とされた感覚があったんです。“ステータスとかお金のこととか、そんなものはどうでもいいかな”と。例えば音楽の現場だったら、ライヴで体感する熱量ってすごいじゃないですか。ライヴ撮影の仕事が再開できた時もすごく感動があったし、それはその場にいる全員が再確認したことだと思うんです。なので、やるべきことはひとつなんだなと今は思ってます。」

石田
「自分の好きなことをやっていくと?」

キセキ
「そうですね。“好きなこと”というか…カメラマンとして仕事をしてる人に、よく“写真展をやるのって偉いね”と言われるんですよ。でも、写真を撮ってる者として、“写真展や作品を作ることって偉いことなのかな?”と疑問に思うんです。偉いことではないですよね。それを何でやってるのかって言ったら、“好きだから”でしかないんですから。」

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当記事はOKMusicの提供記事です。

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