オペラシアターこんにゃく座創立50周年記念公演『さよなら、ドン・キホーテ!』──鄭義信(台本・演出)と萩京子(作曲)に聞く

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日本語のオペラの実現を目指して活動を続けたオペラシアターこんにゃく座は、今年で劇団創立50周年を迎える。名作『森は生きている』に続く第2弾は、鄭義信書き下ろしによる新作『さよなら、ドン・キホーテ!』。1940年代、フランスの田舎町を舞台にして展開する2頭の馬と、ある家族をめぐる物語。

■オペラシアターこんにゃく座創立50周年記念公演第2弾


──今年の2月、オペラシアターこんにゃく座創立50周年記念公演第1弾として、世田谷パブリックシアターで『森は生きている』が上演され、大好評をおさめられました。第2弾は新作書き下ろし。そもそもの始まりからお話ししていただけますか。

萩京子 鄭義信(ちょんうぃしん)さんとわたしは、鄭さんが黒テントにいらっしゃったころに出会っておりまして、考えてみたら、もう35年ぐらい経とうとしてる気がします。

鄭義信 おたがい20代でしたからね。

 鄭さんは俳優でいらっしゃいましたけれども、台本(ほん)も書くということが黒テント時代に始まっていて、それで黒テントでのお芝居の音楽のことがきっかけだったのか、よく覚えていませんが、「将来、オペラ書いてください」とか「いっしょにやりましょう」というようなことは、つぶやいていたんです。

それが初めて実現したのが、名古屋のうた座というオペラのグループのために書いていただいた『スマイル』です。次にはこんにゃく座に書いてもらおうという気持ちがすでにあって、そういう段階を踏んでいるんですけど。

こんにゃく座では、1999年の『ロはロボットのロ』が初めてで、鄭さんもこんにゃく座とはおたがいに全力でぶつかりあった舞台作りでした。座員も若い人たちが多かったですね。今回出演するメンバーのなかにも、その舞台を踏んでいる者もいまして、その頃、新人だった歌役者が、齢を重ねて、いまではもう中堅になってます。

──もう「20年選手」ですね。

 鄭さんには、その後、2002年に『まげもん—MAGAIMON』、2009年に『ネズミの涙』を書いていただいて、次に何を書いてもらうか、ちょくちょく話をしていたんですけれども、50周年のところで書いてもらうのがいいと、3、4年前から思っていたんですね。

鄭さんと新作を作るときは、作りましょうという気持ちが一致すれば、それでいいようなもので、どういうものにするかに関しては、あまり打ち合わせしても意味がないことが経験上わかっていましたから(笑)。それで50周年のど真ん中にあてた公演になりました。


■第二次世界大戦のフランスの田舎町が舞台


──『ネズミの涙』も戦時中が舞台でしたが、『さよなら、ドン・キホーテ!』も戦時中が舞台になっています。ここ10数年、きな臭い感じの政局になってきましたが、そういった雰囲気と戦時中を舞台になさったことは、なんらかの関係がありますか。

 最初は時代と場所を特定しないつもりだったんですが、書いてるうちに特定した方がいいかなと。でも、見てる人が最終的に、これはもしかしたら現代の話でもあるかもしれない……フランスの片田舎の話じゃなくて、日本の話かもしれない……と思ってもらえればいいなと。

──LGBTQに関しては、主人公のベルが性同一性障害じゃないかと思われるところがあって、それが原因で学校を休んじゃう状態になっている。LGBTQのT、トランスジェンダーです。それから、舞台として選ばれているのが厩舎で、馬のいる空間に興味がわきました。

 一応、目標は『ドン・キホーテ』やりますよとか、『西遊記』やりますよと言うんですけど、書いているうちに、いつも話が変わってきちゃって(笑)。セルバンテスの『ドン・キホーテ』には、ロシナンテという馬が出てくるので、最初はロシナンテを主役に話を書こうかなと思ってたんですけど、だんだんロシナンテと家族たちの話になってきましたね。

かつては、きちんと最初から最後まで構想を立てたりして……映画畑だったんで……やってたんですけど、それだと自分が面白くないんで、もう最初と最後だけこんな感じと決めて書き始めるんです。でも、逸脱するということが、ままあるし、今回もだいぶ逸脱した感じがします。
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登

■馬と人間による名コンビ


──厩舎という空間は、干し藁があったり、絵本を読んだり、後半ではサラが隠れている場所になる。主人公のベルは、学校を休み、厩舎で絵本の『ドン・キホーテ』を読んでいますが、物語が持っている想像力で世界を膨らませる場所として、ふさわしい感じがしました。

 セルバンテスの『ドン・キホーテ』では、ロシナンテは馬で、サンチョは人間なんだけど、『さよなら、ドン・キホーテ!』では、ロシナンテとサンチョが馬のコンビ。この二頭の馬は、たぶん人間の言葉を理解する知性があって、語り部的な役割がある。人間の方は、馬たちの言葉はわからない。

馬も語り、人間も語っていくんだけど、人間の方は馬が何を言ってるのかわからないなかで、馬と人間が入り組んで会話をするんですよ。これが大変なんですね(笑)。

──馬をどういうふうに登場させるのかも、とても気になっています。

 割と馬っぽい格好というか、まあ、馬だなという感じなんですけど。やっぱり人間が演じているんで、四足歩行じゃなくて二足歩行。でも、馬っぽいしぐさだったり、馬の声だったりを取り込みつつ、楽しいオペラを目指したい。戦時中で題材がちょっと暗いんで、できるだけサンチョとロシナンテに盛りあげてもらいたいなと思います。

 そういう役割というのかな、馬の二頭。鄭さんは意識してるかどうか、『戦火の馬』の馬の形象は素晴らしかった。

──イギリスのナショナル・シアターで上演された舞台ですね。それを見たスピルバーグ監督が感動して映画化したという。2014年には来日公演もありました。

 ああいう様式美というよりは、もう少し人間くさい馬ですね。

 そうですね。

──『夏の夜の夢』で、妖精のパックが、ボトムにロバの頭をかぶせる場面がありますが、あんな感じでしょうか。

 でも、そんなにケモノっぽくはないんですよね。

 そうです。『戦火の馬』は文楽のように、頭(かしら)、前脚、後ろ脚と3人で操っていました。『さよなら、ドン・キホーテ!』では、いまは人間が馬を演じるかたちでやってるんで、形態がちょっとちがう。人間でありながら馬を演じるというところですかね。

──そうすると、馬と話しあったり、友達であったり、おたがいに心を通いあわせていく過程が、より際立つ気がします。
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登

■性的マイノリティが主人公


──性同一性障害と思われる女の子を主人公にした理由について聞かせてください。

 ドイツ人が強制収容所に入れたのは、実はユダヤ人だけじゃなくて、同性愛者だったり、社会主義者だったり、あとは体に障碍のある人も。マイノリティが切り捨てられる時代が二度と訪れないよう、警鐘を鳴らさないといけないんじゃないかなって。ぼく自身が在日なので、マイノリティの問題は切実で、時代の節目節目で、いつしわ寄せが来てもおかしくない。差別と戦争とは、すごく結びついているんじゃないかと思います。

──特にマイノリティに対する風当たりが、激しさを増しているように感じます。

 ストレスが強まる社会の中で、ストレスのはけ口をマイノリティ、弱い立場の人たちに向けていっている気がします。

──『ネズミの涙』はネズミたちのお話でしたが、今回の『さよなら、ドン・キホーテ!』は馬。

 というか、今回初めて人間なんですよ。『ロはロボットのロ』は魔女とかロボットでしたし。まあ、人間も登場しましたけど……

 人間もいますよ。

──『まげもん—MAGAIMON』はいましたよね。

 お絹さんとか、文吾とか、人間ですから。

 いたか。

 いたけど、狸が主役ですね。

 で、『ネズミの涙』は人間が出てこなかった。ですから、今回初めて人間が主役。馬も出ますが、人間の話で、まあ、現代人かなあ。現代人をオペラで描くことを目標にしていましたけれど、なかなかそこにはいたれず、すごく難しいと長年思っていたんですけど、今回はそのハードルのことを考える暇もなく渦に投げ込まれました。鄭さんがフランスを舞台に書いたというので、まず、それが大変で。馬の設定についてはすんなり入ってきましたけれど……

──レジスタンスも登場します。

 要素がすごくって、それこそ差別の問題、抵抗、それから性被害の問題……登場人物一人ひとりが抱えている問題が、じわじわとそれぞれの場面にあるんですよね。それを笑いでまぶしながらというところなんでしょうけど、なかなか笑ってる暇がないような、つらいことが多いです(笑)。
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登
オペラシアターこんにゃく座公演『さよなら、ドン・キホーテ!』稽古場風景。 撮影/前澤秀登

■馬も含めて8人の群像劇


──現代人をオペラで描くための作曲で、苦労されることはどんなことですか。

 もう全篇的に苦労してるんですけど、なにか出来事が起きるというよりは、意外にひとりひとりの背景が重い。それが何かをきっかけにして出てくるので、全篇でドラマチックに何かが起きている。そして戦争があり、抵抗運動がある。だから、出てくる人には、出番の多さ少なさはありますけど、ひとりひとりがすごくいろいろ抱えていることが最終的に見えてくる。馬も含めて、8人の群像劇と思えるので、それをひとつひとつ丁寧にやっていくのが苦労といえば苦労ですね。

──ずいぶん重いものを抱えていますね。主人公ベルの担任のオードリー先生も、ダンスがうまい優等生だと思っていたら、思いがけない過去が明かされたり。いろんなものを抱えたまま、ここにいることがわかります。では最後に、お客さんにひと言ずついただけますか。では、これは萩さんから。

 吉祥寺シアターで上演するのは、こんにゃく座としては何回目かですけれども、東京でのこんにゃく座の公演としては、最も小さい劇場で、舞台と客席が近くて、いい劇場だと思うんです。

いま、こういう時代ですから、距離の問題が心配されますけれども、この狭さと近さはとても貴重。いわゆるオペラという言葉からは、大劇場で遠くから見るというイメージになると思うんです。だけど、そうじゃなくて、本当に小劇場のよさがいちばん実現できる劇場での公演ですし、とっても熱くて濃厚な時間と空間だと思います。2時間半ぐらいだと思いますけれども、日常から一歩出て、そういう音楽、オペラを経験することで、また見てくださった方がそれぞれの日常に戻っていったときに、いろんなものを持ち帰ってもらえるんじゃないかと思いますので、ぜひ見にきていただきたい。

 今回、テーマが重いんですけど、それでも2時間という時間、お客さんに楽しんでもらいたい。特にこんにゃく座さんがやっているのは日本語のオペラなんで、日本語のオペラとして……まあ、舞台はフランスですけど(笑)……どう生き生きと観客に伝わっていくかということがいちばん重要だと思ってるんで。もちろん、笑える場面もたくさんあると思うんですが、見た人たちがなにかしらの思いを持って劇場を出ていって、「見て楽しかったね、よかったね。でも、なんか心に残るね」というものがあればいいかなと思っています。

取材・文/野中広樹

当記事はSPICEの提供記事です。

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