アフガンはなぜ戦場なのか?戦場カメラマン・渡部陽一氏に聞く

日刊SPA!

米軍撤退で、再びアフガンはタリバンの手に――。人権弾圧、イスラム国による自爆テロ、そして、空白を埋めるように近づく中国。大国の覇権争いに巻き込まれるアフガンの行方は?

◆混迷を深めるアフガン。米中新冷戦に突入へ

「永遠の戦争を終わらせる」。8月31日、バイデン大統領は、20年にわたるアフガニスタン戦争の終結を宣言。空路による総勢12万人の脱出劇を自画自賛してみたものの、米国史上最長の戦いで、2兆ドル以上の戦費、そして約16万人の軍民関係者の命が水泡に帰した。

米国の戦争は終わったが、イスラム原理主義組織タリバンが政権を掌握したアフガンがさらなる混迷に陥るのは必至の状況だ。駐留米軍に従軍し、幾度となく現地を取材してきた戦場カメラマンの渡部陽一氏が話す。

「タリバン政権のガバナンスはうまく機能しないでしょう。現時点でタリバンは国内に取り残されている外国人や渡航許可を得た自国民の安全な出国を約束しているが、肝心の国際空港を運用するノウハウさえない。

『イスラム法の範囲内』で女性の権利など、人権を保障すると言ってはいるが、彼らの言う『イスラム法』は、パシュトゥン・ワーリ(人口の45%を占めるパシュトゥン人の部族的な掟)にアルカイダの過激思想が加わったものと見るべき。

実際、首都カブールには宗教警察が現れ、風紀が乱れているとして市民に鞭を振るい、国民的人気歌手やコメディアンがすでに処刑された」

◆「帝国の墓場」とも呼ばれるように

混乱は当分収まりそうもないが、アフガンに苦杯をなめさせられたのは米国だけではない。近現代では英国、ソ連も侵攻したが敗れ、アフガンは「帝国の墓場」とも呼ばれるようになった。

「ほかの中東諸国のように石油は採れず、主な産業は農業や牧畜業くらいしかない貧しい国だが、ユーラシア大陸の真ん中、『文明の十字路』と呼ばれる地政学上の要衝のため、大国から何度も攻め入られてきました。

ただ、国土の4分の3は険しい山岳地帯で雨は降らず、冬は厳しい。長期の対ゲリラ戦を強いられ、仮に征服できても、各地域を部族が率いているので、近代的な価値観や民主主義では治められない。米国の敗戦は当初から明らかでした」

だが、米国が去った空白に懲りずにまた新たな大国の影が近づく。現代版シルクロードである「一帯一路」構想を推し進める中国だ。

◆8.15カブール陥落は中国のメッセージか?

元産経新聞台北支局長で、ジャーナリストの吉村剛史氏は中国の思惑をこう分析する。

「7月にタリバンの幹部らは、中国・天津を訪れ王毅外相と面会している。その後、情勢が一変したのはミャンマーのクーデターと同じ。アフガンは中国にとって、パキスタンからイラン、トルコにつながる要衝。さらに半導体や電気自動車などのハイテク産業に欠かせない銅やリチウムなどの鉱物資源が約1兆ドルも埋蔵されていると言われている」

覇権国家への野望を抱く中国が米国なきアフガンで影響力を強めようとするのは、米国の同盟国へ揺さぶりをかけ、米中新冷戦を有利に進める布石でもあるという。

「8月15日にカブールが陥落したのは偶然だろうか? 第二次世界大戦のとき、米国は日本の陸軍記念日である3月10日を狙って東京大空襲を仕掛けてきたし、A級戦犯の処刑日は当時皇太子だった明仁上皇さまの誕生日12月23日を選んだ。

今でも中国で柳条湖事件の起きた9月18日に日本企業が目立つ行動をすれば叩かれる。戦争で日付は重要な意味を持つ。中国の抗日戦勝記念日は9月3日だが、王毅外相は流暢な日本語を操る知日派で、戦狼外交の担い手ですから、日本や台湾、韓国などに揺さぶりをかけるため……タリバンとカブール総攻撃を8月15日にしようと密約していても、なんら不思議ではない」

◆対岸の火事ではない

実際、米国のアフガン撤退は南シナ海や東シナ海で勢いを増す中国を念頭に置いたものだ。吉村氏は「アフガンで起きていることは、極東でも起こりえる」と続ける。

「バイデン米大統領の『アフガン軍が自ら戦わないのなら米兵が戦って命を失うべきではない』という言葉に、台湾の首相に相当する蘇貞昌行政院長は『われわれは死を恐れることなく必ずこの国を守る』とすぐ呼応した。

台湾は常に中国の脅威を感じているため、コロナ対策でも『もしかすると中国の人工ウイルスではないか』と、いち早く入境を阻止し、抑え込みに成功。韓国も撤退にあたってアフガン人の協力者約400人を救出した。

一方で対応の遅れた自衛隊が救出できた日本人は1人だった。これは台湾有事の際、日本人救出のシミュレーションでもあったでしょうに……」

アフガンで起きていることは、対岸の火事ではないのだ。

◆アフガニスタン戦争をめぐる動き

・2001年9月11日

アルカイダによる米同時多発テロ発生、ジョージ・W・ブッシュ大統領が「テロとの戦い」を宣言

・10月

米国などが空爆開始

・12月

タリバン政権崩壊

・2011年5月

米軍がパキスタンに潜伏中のビンラディンを殺害

・2014年5月

オバマ米大統領が’16年末までの撤退を発表

・9月

アフガン大統領選でガニ氏が当選

・2018年7月

トランプ米大統領がタリバンと和平協議を開始

・2020年2月

トランプ政権はタリバンと米軍撤退を含む和平合意を締結

・2021年4月

バイデン米大統領が9月11日までに米軍の完全撤退を発表

・7月

中国・天津市で王毅国務委員兼外相がタリバン幹部と会談

・8月15日

首都カブール陥落。タリバンが政権を掌握

・8月26日

首都カブールの空港でイスラム国ホラサン州による自爆テロ米兵や市民ら100人以上が死亡

・8月30日

米軍がアフガンから完全撤退

◆4代にわたる米大統領の迷走が招いた混乱

アフガニスタンからのぶざまな撤退を厳しく批判されるバイデン大統領だが、中東諸国、中国、米国で外交官として実務経験を持つ宮家邦彦氏はこう分析する。

「戦略は正しく、戦術は誤った。アフガンからの撤退は、米国の外交安全保障政策の優先順位が中東からアジア太平洋、つまり中国に変わるなか、戦略的には正しい選択。

ただ戦術的には決して成功とはいえない。共に戦ったNATO軍は、米国の決断に従わざるをえなかったのですから、批判は当然でしょう。

ただトランプ前大統領が昨年2月にタリバンと和平合意を交わした時点で、遅かれ早かれこうなることはわかっていました。バイデン米大統領が就任したとき、すでに米兵は2500人。空港を守るのさえ難しかった」

アフガン戦争を終わらせる機会は10年前にあった。

「’11年5月のオバマ政権時、米同時多発テロの首謀者であるオサマ・ビンラディン容疑者を潜伏先のパキスタンで殺害したときです。『テロとの戦い』に勝利したこのタイミングでなら撤退を決断できたのかもしれないが……選挙の普及、軍隊や警察の育成、女性の社会進出支援など深く関わっており、なかなか抜け出せなかった。

バイデン大統領は『国造りが目的ではなかった』と言っているが、戦争の目的は徐々に変わっていった。ブッシュ元大統領(子)が中東の民主化と言いだしたときが、崩壊の序曲だったのです」

◆中国がもっとも懸念しているのは…

米国がテロとの戦いに奔走した20年間。中国は’11年にGDPで日本を抜き世界2位に、’30年までには米国をも抜き、世界1位になるとの予測もある。

「『中国はアフガンに積極的にインフラ投資し、資源開発を進めるだろう』と指摘する専門家は多い。だが、そう簡単なことではない。中国はアフガンと陸続き、隣国で英国、ソ連、米国が失敗したのを間近で見ている。深追いすれば中国もまた『帝国の墓場』に呑み込まれるでしょう。

それより友好国のパキスタンを通じて裏で糸を引くのではないか。中国がもっとも懸念しているのは、東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)など新疆ウイグル自治区の独立運動とタリバンが手を結ばないかどうかです」

またしても歴史は繰り返されるのか、それとも――。

【戦場カメラマン・渡部陽一氏】

学生時代から世界の紛争地域の取材を続ける。アフガンのほか、主な取材地はイラク戦争、ルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、パレスチナ紛争など

【ジャーナリスト・吉村剛史氏】

’90年、産経新聞社に入社。元台北支局長。’19年末に退職し、フリーに。主に在日外国人社会や中国、台湾問題をテーマに取材。著書に『アジア血風録』(MdN新書)

【キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・宮家邦彦氏】

元外交官。東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。在中国大使館公使、在イラク大使館公使などを経て’05年に退官。『AI時代の新・地政学』(新潮新書)など著書多数

取材・文/齊藤武宏 梶田陽介 村田孔明(本誌)

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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