コロンボ前夜の作品集『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』

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 こんなとき、コロンボ警部がいてくれたらなあ。

と、「オレたちひょうきん族」タケちゃんマンコーナー出演中の伊丹幸雄っぽく呟きながら『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』収録の短篇「愛しい死体」を読んでいたのだ。

「愛しい死体」はいわゆる倒叙もの、殺人という許されない手段に出た犯人の側から事件を描き、彼もしくは彼女が罪の告発を受けるまで、あるいは受けずに逃げ延びるまでを描いた謎解きに関する興味で牽引する犯罪小説だ。

主人公のチャールズ・ロウが妻ヴィヴィアンの死体を見下ろしている場面からこの短篇は始まる。たった今、スカーフで彼が絞殺したばかりなのである。ロウは少しも慌てずに家を出て、タクシーで空港に向かう。途中で拾った女性・スーは彼の愛人だ。スーにヴィヴィアンのなりすましをさせてアリバイを作るというのが彼の計画なのである。実際よりも犯行時刻を遅く見せかけるというトリックである。計画は完璧で、ロウは休暇を満喫した後にニューヨークの自宅へと帰ってくる。

ここで、よれよれのレインコートを来た風采の上がらない警部が出てくるべきでしょう。実際の階級はルテナントだから警部補なんだけど、呼びやすいように警部ということに日本ではなった、あの警部である。この短篇が書かれたのはコロンボ・シリーズの始まりよりもはるか前の1960年だから、残念ながらそれは実現しない。でも代わりに「これといって特徴のない小柄な男」と描写される四十五分署のフィッシャー警部補なる人物が、ロウの前に現れるのである。

本書の作者リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクは〈刑事コロンボ〉〈ジェシカおばさんの事件簿〉などのミステリー・ドラマを数多く制作したことで知られる脚本家チームだ。「ミステリマガジン」などのバックナンバーを引っくり返してみればわかるのだが、彼らは脚本だけではなく小説執筆にも手を染めている。というより話は逆で、中学時代からの友人であった彼らはペンシルヴァニア大学在学時にEllery Queen's Mystery Magazine1954年11月号に短篇が掲載され、作家デビューを果たしている。自身もコンビ作家であったエラリー・クイーンが二人の才能を見出したというのがおもしろい。

そのデビュー作「口笛吹いて働こう」は郵便配達の男を視点人物とした犯罪小説だ。彼の職業に不満を持つ妻から悪口雑言を聞かされるために鬱憤が溜まる一方だが、それでも日々懸命に働き続けている。ある日のこと、彼が手紙を配達した家の女性が何者かに殺害されて、というお話である。推理の緻密さではなく、筋立てのおもしろさ、結末のひねりで読ませるタイプの短篇だが、灰色の眺めが一気に明るくなる落ちが皮肉で、たしかに才能の冴えを感じさせる。

『皮肉な終幕』は、レヴィンソン&リンク作品を収めた日本独自編纂の短篇集である。解説は屈指の映像ミステリー研究者としても名高い小山正である。レヴィンソン&リンク入門として読めるのでこの解説は非常にいい。収録された10編は発表順に並べられており、巻末の「最後の台詞」は1962年の作品だ。1962年といえばドラマ〈刑事コロンボ〉の原型となる戯曲『殺人処方箋』が上梓された年で、それを元にしてTVムーヴィーが製作されることになる。以降に起きた人気の爆発については改めて書くまでもないだろう。つまりコロンボ前夜のレヴィンソン&リンクを収めた作品集ということになるのだ。

それぞれの分量はあまり多くないので、前情報なしで読んだほうが楽しめる短篇集だと思う。それでも書いてしまうが、小山解説によれば冒頭で紹介した「愛しい死体」こそは後のコロンボ・シリーズにつながる重要な意味を持った作品なのだという。フィッシャー警部補の立っている場所にコロンボ警部がいたら、という感想はやはり的を射ていたのだ。詳しくは書かないので、本篇を楽しんだあとで解説をどうぞ。

10篇のうち半分が本邦初訳である。既存の訳がある短篇ではなんといっても「ジョーン・クラブ」がお薦め。名訳者・浅倉久志の手による作品だからである。浅倉の手がけた『ユーモア・スケッチ傑作展』を思わせる小品で、タイトルの意味がわかるとニヤリとさせられる。既出の作品では少年が遭遇したやるせない夏の日々を描いた「子どもの戯れ」と、老警官を主人公にしたことで寸劇の中に深みが出た「ある寒い冬の日に」がいい。初訳のお気に入りはなんといってもデビュー作である「口笛吹いて働こう」なのだが、悪夢を見ているような気分にさせられる「ジェシカって誰?」もいいな。

実を言うと収録作の中には別のアンソロジーで私が狙っていたものもあるのだが、こうやって本としてまとめてもらったことは実にめでたい。「あのころのミステリマガジン」に掲載された短篇が好きだったオールド・ファンにはもちろんお薦め。若い才気の詰まった短篇集というのはやはりいいもので、読んでいると執筆の傍ら議論を重ねている二人の声が聞こえてくるようである。とてもチャーミングな短篇集だ。

(杉江松恋)

当記事はBOOKSTANDの提供記事です。

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