「自殺も考えた」雨上がり決死隊・宮迫&蛍原“壮絶”32年のコンビ人生

まいじつ

雨上がり決死隊の宮迫博之と蛍原徹 
雨上がり決死隊の宮迫博之と蛍原徹 (C)まいじつ 

8月17日についに解散を果たした、宮迫博之と蛍原徹のお笑いコンビ『雨上がり決死隊』。32年にもわたるコンビの歴史は、〝闇営業〟というお笑いとは無関係の原因で幕を閉じてしまった。

「2人の出会いは、吉本興業の養成所であるNSCの大阪7期。生徒の頃はそれぞれ別のコンビやピンで活動しており、卒業後の1989年に『雨上がり』を結成します。その名を一躍押し上げたのは、91年に『FUJIWARA』『ナインティナイン』『バッファロー吾郎』、ほっしゃん。こと星田英利と宮川大輔のコンビ『チュパチャップス』らと結成したダンス&お笑いユニット『吉本印天然素材』。つんく♂やローリー寺西、Jr.時代の『KinKi Kids』や『モーニング娘。』『AKB48』の振付師で知られる夏まゆみといった一大バックアップで、アイドル的な人気を博しました」(お笑い評論家)

ユニットは冠番組も持っていたが、94年打ち切られると人気は下降。ここから5年ほど、コンビは仕事のない暗黒時代を味わう。

「『雨上がり』は92年に『ABCお笑い新人グランプリ』で優秀新人賞を受賞したのですが、同回の最優秀新人が『ナインティナイン』だったため、話題や注目はこちらに集中。仕事が回るのも事務所期待の『ナイナイ』ばかりで、後に『赤信号を渡って自殺を考えた』と語るほど宮迫は苦労したようです。『香水の代わりにグレープフルーツジュースを身体に塗っていた』というエピソードからは、仕事に比例してお金もなかったことがうかがえますね」(同評論家)

『雨上がり決死隊』の転機となった1999年


しかし、99年に『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)の企画で脚光を浴びると、『おはスタ』(テレビ東京系)、『ワンナイR&R』(フジテレビ系)レギュラーの座を掴むなど東京進出を果たし、全国的にブレーク。特に、宮迫は『HERO』や『救命病棟24時』、『アットホーム・ダッド』(すべてフジテレビ系)など当時の人気ドラマに続々と出演し、山口智充とのユニット『くず』ではオリコン1位も獲得するなど、歌に演技にマルチな才能を開花させた。

2003年にはご存知『アメトーーク!』(テレビ朝日系)がスタートし、現在まで続く人気長寿番組に。芸人としての地位もすっかり確立した上、宮迫は映画に声優にとさらに活躍の幅を広げていった。

「宮迫が各所に引っ張りだこな一方、蛍原はオマケとして出る『じゃない方芸人』のイメージが絶えませんでした。しかし、例の〝闇営業騒動〟により、2人の立場はまさかの大逆転。蛍原が『雨上がり』名義の仕事を引き継ぐ一方、宮迫は『吉本興業』を怒らせたことで、テレビへの復帰が事実上断たれてしまいました。今後も、蛍原には論功行賞と『裏切ったら宮迫のようになる』という見せしめの2つの意味合いで、細々ながら安定した仕事が与えられるでしょうね」(芸能事務所関係者)

宮迫が苦しい下積み時代を忘れず、謙虚な心を保っていれば、「雨上がり」は解散せずに済んだかもしれない。

当記事はまいじつの提供記事です。

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