【今週はこれを読め! ミステリー編】ノルウェー・ミステリー『ポー殺人事件』を一気読み!

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『ポー殺人事件』とは、うまく邦題をつけたものだ。

本邦初紹介となるヨルゲン・ブレッケが2011年に発表したデビュー作である本書は、原題をNÅDENS OMKRETS、英訳するとPERIOD OF GRACE、つまり「恵みの時代」だからこれだけだとよくわからない。なので本文中にも出てくる「ポー殺人事件」を採用したのだろう。

ミステリーの開祖といわれるエドガー・アラン・ポーの人物や、その作品を素材にした小説は枚挙にいとまがない。ミステリー・ファンの間でもっとも有名なのはジョン・ディクスン・カーの某作だろうが、これは題名を挙げるだけでネタばらしになってしまう。ウィリアム・ヒョーツバーグ『ポーをめぐる殺人』(扶桑社ミステリー)や、映像作品で「推理作家ポー 最期の五日間」(ジェームズ・マクティーグ監督)あたりを挙げておこうか。個人的にはコージーに分類される長篇のアリス・キンバリー『幽霊探偵とポーの呪い』(ランダムハウス講談社文庫)がお気に入りだ。ポーの本を巡るビブリオ・ミステリーである。ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』(扶桑社ミステリー)という珍品もそういえばあったっけ。

「推理作家ポー 最期の五日間」が題材にしたように、かの作家の生涯には謎めいた部分がある。今だったら絶対に司法解剖は免れないような状況下で死を迎えたことも含め、作家の想像力を刺激するようなのだ。だから『ポー殺人事件』と聞くと多くのミステリー・ファンは、おお、これはかの作家をモチーフにした連続殺人が描かれる物語か、と邪な胸をときめかすであろう。あまりに期待させるとよくないので書いてしまうと、ちょっと違う。

不穏な出来事が描かれるプロローグを除けば、小説は四部構成になっている。第一部「エドガー・アラン・ポー・ミュージアム」では、時制と場所が異なる三つの叙述が並行するので、これは何が起きようとしているのか、と期待も高まっていく。順に書いていくと、最初に出てくるのは16世紀に旅をしているらしい修道士の視点だ。彼がノルウェーのベルゲンに到着する場面から物語は始まる。この修道士が何の目的で旅をしているのかはしばらくわからず、気にしたまま読者はページをめくり続けることになる。

現代の記述は二つの場所から始まる。一つはヴァージニア州リッチモンドで、ここにあるエドガー・アラン・ポー・ミュージアムで事件が起きるのである。館長の死体が、ポー像に磔にされた状態で発見される。しかも頭部はなく、皮膚も剥がされているという無惨な姿で。これと並行する現在の物語がノルウェー・トロンハイムのそれだ。こちらで最初に視点人物を務めるのはグンネルス図書館で警備主任として働くヨン・ヴァッテンである。研究職には就いていないのだが、ポーについて調べていて博士課程に在籍している。どうやら彼には口に出したくない過去があるらしい、と読者が思っていると、ある出来事が起きてノルウェー側も事態が急に緊迫する。なるほど、そういう趣向か、と私は82ページを読んで膝を打った。みなさんにも同じ箇所で膝を打っていただきたいのでこれ以上の情報は書かない。

以降はアメリカとノルウェーで同時に事件捜査が進行していくことになる。それがどう交わるのか、という関心で読者を引っ張っていくわけだ。ヴァッテンはアルコール耐性が低くて、少量を摂取してもすぐ人事不覚になってしまうという体質である。それと同様の弱点を、視点人物たちがみんな持っているのが小説の特徴になっている。リッチモンドで捜査を進める刑事のフェリシア・ストーンは、高校時代にレイプ未遂を体験したことから薬物依存になってしまった。その過去からまだ脱し切れていないのである。トロンハイムの刑事オッド・シンセーカーは、脳腫瘍を克服して復帰したばかりで、病が自分の人生から奪い去ったものの大きさから立ち直れきれていない。欠落の人生を送る者たちの物語なのだ。

第二部の題名は「パリンプセスト」。本の話題に詳しい方でないと見当がつかない単語だと思う。羊皮紙は希少な素材なので、古い本の記述を消して新たなものにそれを用いることがあった。そうした重ね書きされた写本がパリンプセストである。この用語から判るように、古い写本が第二部以降は事件の鍵を握る重要な手がかりとして浮上してくることになる。それがポーの蔵書であった、というような説明がされるところを見ると、作者も文豪への紐づけを意識していたものか。だが、心配ご無用で、ポーの話題に魅かれて本を手に取った読者も、この第二部ぐらいからはその話題と無関係にページをめくり始めているはずだ。事件がどうなってしまうのか気になるんだもの。ポーから興味の対象はある歴史上の人物へと変わる。それほど知名度はないが、翻訳ミステリーファンなら聞いたことはあるかもしれない。プロットの勝利というべきで、この後は真相を知るまで一気読みさせられてしまう。

キャラクター配置がよくできた作品だと思う。ヨン、フェリシア、オッドといった視点人物もさることながら、ミステリー・マニアで犯人当て小説を読むことに執念を燃やすシリ・ホルムという女性が忘れがたい印象を与えてくれる。作者の裏をかいて犯人を当てる技術をとくとくと喋るくだりは楽しいし、家の中が散らかり放題で片付け能力が皆無であるところなど親近感を抱かずにはいられない。こういう脇役の魅力でも読まされる作品なのだ。

作者のブレッケはこの作品でノーリス・デビュタント賞、マウリッツ・ハンセン新人賞という二つの栄誉に輝いている。ノルウェー作家を代表するジョー・ネスボは、北欧ミステリーというよりはマイクル・コナリーなどのアメリカ犯罪小説作家に近い作風だが、ブレッケにも同じ匂いを感じる。第一部のゆったりとした語り口が溜めを作って、中盤以降の疾走につながるのだ。これは楽しみな才能が出てきたものだ。ノルウェー・ミステリーはまだまだ奥が深そうだぞ。

(杉江松恋)

当記事はBOOKSTANDの提供記事です。

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