復活おじさんの眼 第6回「"やすらぎの郷"を探している」

Rooftop


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私は今、迫り来る自分の老齢化に恐れおののいている。

この歳になると確かに、「死」への恐怖はほとんど克服しているのだが、「コロナ」に罹患したり、重病化になるのだけはごめんだ。

若い人は、テレビで病院の風景を見ても平気なのかな。

闇営業をしている居酒屋で、「後遺症がこわいからワクチンは打たない」と大声で酒を飲んでいる姿を見ると、「君たちは自分のことしか考えていない」と思ってしまう。

この伝染病は知らず知らずのうちに感染してしまうんだ。それだけならまだいいが、こわいのは他人にもうつしてしまうとことなんだ。だから私は、ワクチンを二度摂取するまではほとんど繁華街には出なかったし、友達と酒も飲んでいない。ひとり静かにBluetoothで音楽を聴きながら、ベランダで一人過ごしているのがこの1年間だった。
老人になるってことは……
 一体どうして想像できただろうか? 自分が76歳になるということを!

なるべく自分の年齢は気にしないことにしているが、私の周りの多くは病人。あるいはすでに死んじまっている連中が多い。老いた者にとって、同年代の仲間の死はこたえる。それは戦いの中の至近弾のように、明日は我が身かと思うことしきり。

次は私の番だ。「それはいつやってくるのか」と常に思っている。

だが、私は今のところ体の不調はほとんどない。薬を飲んでいる高血圧と、糖尿予備軍ぐらいだ。

さて、自分の死に場所はどこにしようかと迷っている。

自分の三人の子供たち、すっかり壊れている夫婦関係。これまで自分がやってきたことを考えると、家族に自分の身を預ける気にはならない。そうなると必然的に全財産を注ぎ込んで「有料老人ホーム」を探すしかない。建物のそばには海があって、個室があり、本が読めて音楽が聴けて、囲碁将棋仲間、テニスや散歩をする仲間がいればいい。

今の私は、みんな嫌がる老人ホームの生活を展望している。できたら倉本聰のテレビドラマに出てくる「やすらぎの郷」みたいなところを探しているのだが……。長寿の老いはその代償を求める。それは決して逆らえない。

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