『RUSH BALL 2021』開催に向けて、プロデューサーの力竹総明氏が昨年の成功から現状のリアルを語る【インタビュー連載・エンタメの未来を訊く!】

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8月28日(土)、29日(日)の2日間、大阪・泉大津フェニックスにて野外フェス『RUSH BALL 2021』が開催される。昨年夏には、全国各地でライブの中止が相次ぐ中、数少ないコロナ禍の夏の野外フェスとして『RUSH BALL 2020』を開催。1日の入場者数は5,000人まで制限し、ガイドラインに沿った感染防止対策も徹底し、イベントによる感染やクラスターも発生せず、成功を収めた。こうした経験を踏まえて、開催に向けてどんな準備を進めているのか。今年のラインナップやヘッドライナーの意図は。いまだ先の見えないフェスシーンの今をどう捉えているのか。『RUSH BALL』プロデューサーのGREENS・力竹総明氏に話を聞いた。


――昨年『RUSH BALL 2020』は、コロナ禍で開催されたほぼ唯一の夏フェスになりました。それを経てどのようなことを考えてらっしゃいましたか。

まず『RUSH BALL 2020』をやりきったことで、大阪ではさらに勢いに乗ったような感じがありました。その以前から少しずつ有観客のイベントやライブを始めていた流れもあり、僕ら関西チームで「バトンをつないでいく」というキーワードがあったんです。一つひとつのイベントやフェスの公演を開催して、いろんな問題をクリアしていって、少しずつ入場者数を増やしていく。そのバトンをつないでいったのが去年の後半でした。

――「バトンをつないでいく」とおっしゃいましたが、具体的にはどんなイベントがありましたか? たとえば10月に万博記念公園で開催された『OSAKA GENKi PARK』はそのひとつでしょうか。

まさにそうですね。加えて、その前後で大阪城ホールで5000人を超えたキャパシティでライブをできるようになって、少しずつ門戸が開いていった。全国的にも大阪はその推進力が強かったと思います。そういう中で「あの方法でやれた」という情報をみんなで共有していました。それでも、年末には感染者が増えて振り出しに戻ってしまった。

――昨年末の『RADIO CRAZY』は中止になりました。

『RADIO CRAZY』がなくなって、そこで「コロナには勝てないのか」と一回がっかりした気持ちもあったんですけれど、でも、僕らにとってはバトンをつないできた流れがあった。僕らは負けてないぞ、と。ゼロからのスタートではないだろうというところで1月1日に『RUSH BALL』を開催すると発表しました。

――そこから準備を進めてきた今年の段階ではどんなことを考えていましたか?

本腰を入れて準備を始めたのは3月くらいからですね。去年は5000人だったので、1万人を目指してやろう、と。そうやって準備している最中、5月には『JAPAN JAM』、『VIVA LA ROCK』と、1万人規模の春フェスが開催されました。それぞれ、フェスを実現させる方法を地元の人達と協議して探りながら、開催に成功した。こういうやり方でやれるんだと再認識させてもらいました。しかし、7月になって『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』の中止の発表もあり、『京都大作戦』の2週目が中止(延期)になった。そういう他のフェスの情報も共有しつつ、自分たちが大事にする部分も念頭に置きながら、今は8月28日、29日に向けて万全の準備を進めて開催しようと思っています。

――いろんなフェスの運営者同士が、感染予防対策や地元との協議のノウハウを共有していたということはありますか。

そうですね。もちろん同業他社なんで、ライバルではあるんですけれど、困っていることがあれば助け合う必要があるというのはみんな感じていました。情報を共有してバトンを渡すという思いはみな強かったですね。

■昨年は予想を超えたお客さんの意識の高さに救われました


――昨年の『RUSH BALL』はコロナ禍の野外フェスの初挑戦だったゆえに、様々な試行錯誤があったと思います。その経験はどう振り返っていますか?

去年やったことは見本がなかったので、全てをゼロから考えるしかなかったんです。社外の人や違う業界の人に相談して気付いたことも多かったし、それを活かせたこともありました。たとえば医療従事者スタッフについても、コロナ対応の最前線で働いている方に現場に来てもらったりもしました。警察、消防や関係各所と熱中症の対策について話し合ったり、ダスキンさんに入ってもらって衛生対策をしっかりやってもらったり。そういうところで安心感を作っていくということはやりました。ただ、終わってから2週間経って感染者もクラスターもゼロで「大成功のうちに2日間を終えました」と謳ったんですが、正直なところ、僕自身は「こうじゃなかったな」と半分は思うところはあって。

――というと?

「もっと自由はなかったのかな」と考えて、半分は後悔が残っていました。今年はそれをクリアしたいなとは思ってます。今の状況ではなかなか厳しいですけれど。

――去年の『RUSH BALL』から変えようと思ったところはどういうところがありますか?

みんな驚いたのが、網を張ったスタンディングエリアの仕切り方だったんです。あるバンドは「虫かごみたい」と言っていて。あれは試行錯誤というよりは、結局、偶然の賜物みたいな形だったんですよね。「マナーとモラルを守りましょう」と訴えても、当日になって蓋を開けてみないとわからないと思っていた。でも、来ていただいたお客さんには「こういうルールなんだ」とすぐに理解していただけました。朝9時半に開場して、11時からライブが始まり、夜にライブが終わる最後まで、ずっとお客さんのマナーとモラルに守られたイベントになったんです。僕らの予想を超えたお客さんの意識の高さに救われましたね。今までの『RUSH BALL』もそうだったんですけれど、去年に関しては特にそうでした。最初は「何かあったらすぐに止める」くらいのつもりでいたんですけれど、3バンド目くらいからは全然僕のトランシーバーが鳴ることもなくて。

――ただフェスを観に来たというよりは、全員でフェスを成功させるという意識があった。

そうですね。アーティストを守ろう、この文化を守ろうというお客さんの思いがすごく強かったのを感じました。なので、スタンディングエリアを網で仕切って窮屈な感じに見せてしまったのは失敗だったなと思って。今年はそれは使わないようにしようと思っています。足元の目印くらいで、あとはお客さんに委ねる。お互いの信頼関係で物事が進んでいくと思うんで、僕は『RUSH BALL』に来るお客さんを信用してエリアを作ろうと思っています。

■去年「開催させてもらった」ということに関しては、会社に対して感謝しかない


――他のフェスから取り入れたり、参考にしたアイディアはありますか?

フェスというのは、それぞれ独自のものなんですよ。地域性や地元によって違うところも大きいし、そのフェスが持つ世界観も違う。代表的なのがフジロックだと思うんですけれど、そのフェスのやり方をそのまま取り入れるのは難しい。ただ、最初に言った「バトンをつないでいく」というのと一緒で、情報は共有しています。やっぱり、春フェスのトップバッターだった『ARABAKI ROCK FEST.』開催直前に中止になってしまったというのもあったし『JAPAN JAM』と『VIVA LA ROCK』は開催されたけれど、『RISING SUN ROCK FESTIVAL』も中止になってしまったし。

――フェスが開催できるか中止になるか、地域によってバラバラな状況になってしまっているわけですね。

そうですね。やれているところは開催できているんです。たとえば福岡の『NUMBER SHOT』は1万人規模で屋内のドームで開催に成功した。富士急ハイランドでやった『SATANIC CARNIVAL』もPIZZA OF DEATHのI.S.Oくんから電話がかかってきていろいろ相談に乗りましたけれど、開催できた。福岡とか広島とか新潟は、政府の言葉で言うと言うと経過措置期間で、そこでは1万人まで入れられるんです。その経過措置が解除されて日常に戻っている場所もある。全国的にばらつきがあって、感覚がおかしくなるようなところはあります。

――フェスの開催にとって地元の自治体との関係がとても大事なポイントになるということだと思うんですが、そのあたりは『RUSH BALL』と泉大津市についてはどうでしょうか。

実は、泉大津市の市役所に出向いて「こういうことをやります」というようなことを説明するのは去年が初めてだったんです。それまでは消防や警察の方がいる中でやっていて。市役所の方から町内会の方に伝達していただいて「そんなことは聞いていない」と言う方には丁寧に説明させてもらいました。今年も同じように市役所に出向いて説明するんですが、一番心配されるのは市中感染です。街の中をどれだけ人が歩くのか、途中の売店でたむろするんじゃないか、と。僕らとしては地元に少しでも経済効果をもたらしたいという思いはあるんですが、何か方法はないかなと悩んでます。

――昨年は例年の2万人から大幅に縮小した5000人という動員で開催されましたが、現状では今回はどれくらいの規模感をイメージしていますか?

今年は7月19日に受付終了して、8月上旬からチケットの二次受付をするんですけれど、そのタイミングで中部地方、近畿地方、北陸地方、中国地方、四国地方、九州地方にエリアを拡大して販売しようと考えています。最初の受付の段階で5000人弱で抽選して、二次受付で受け付けるだけ受け付けます。で、8月23日の時点で当落を発表しようと思っています。期間の延長なのか、制限の強化なのか緩和なのかを踏まえて当落を出す。緊急事態宣言や特別措置期間では上限5000人の動員なので、経営的には開催判断基準の一つになります。

――去年の『RUSH BALL』は、とりあえずコロナ禍でも野外フェスができることを示すことに意味があったわけですが、今年はもっとリアルな判断になってくるというわけですね。

去年は「やらせてもらった」ということに関しては、本当に会社に対して感謝しかないです。ざっくりとした見積もりしかない段階で進めて、蓋を開けたらすごくお金がかかっていた。それでもやらせてもらった。うちの鏡(孝彦)社長はACPC(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会)の常任理事でもあるので、業界内でも数字を含めたリアリティが伝わった。そこから次の手が打てるということになったんだと思っています。

■中止になってわかること、それが次につながることもあるというのも感じた


――ここまでは開催準備の話ですが、ここからはラインナップについても訊かせてください。取材時点では出演アーティストが発表されていて、タイムテーブルが発表されていない段階ですが、ヘッドライナーは?

初日がgo!go!vanillasで2日目がTHE ORAL CIGARETTESです。これは自分が決めたことですね。新時代を作ってほしい、と。

――『RUSH BALL』は前々からサカナクションやSiMをいち早くヘッドライナーに抜擢していますよね。誰をトリにするかに関して『RUSH BALL』なりの打ち出し方をしてきた。今年はどんなことを考えたんでしょうか?

ウチのフェスによく出てくれる“筋肉三兄弟”、TOSHI-LOW、細美武士、Kjがよく言うんだけど、「その一日がバトンになっている」と言うんです。トップバッターからバトンが渡されて、トリはそのバトンを最後に受け取ってステージを踏む。それぞれが同じ持ち時間で、全員がそれぞれ自分たちのありったけをぶつける。そうやってライブハウスの対バン形式の流れを作る。そういうプレッシャーを感じながら最後にどれだけのライブをやってくれるか。それをバンドに託すという感じです。

――go!go!vanillasもTHE ORAL CIGARETTESも、その1日を担うべきバンドであると。

そうですね。加えて、歴代のトリから受け渡されるバトンもある。そういう、その日に出てないアーティストからのプレッシャーも感じながらステージに立ってほしいという期待があります。

――ライブハウスを主戦場にしながらフェスを足がかりに飛躍していく新人バンドというのも、コロナ禍でなかなか生まれづらくなっていると思います。そこに関してはどうでしょうか。

去年はやれなかったんですけれど、『RUSH BALL』にはATMCというステージがあるんです。もともと小さなテントから始まったようなもので、僕はそこのステージに関してはメインステージに干渉せず勝手にやってほしいというくらいのスタンスでいた。でも、ここ数年はATMCファンが増えていたんですね。サカナクションもドロスもそこからメインステージのトリまで上り詰めるというストーリーがあったし、新しいバンドやミュージシャンがそこにどんどん出てきていた。で、去年はいろんなストレスやプレッシャーを無くすためにATMCのステージはやらなかったんですけれど、今年はやろうと思います。あとは、春に『RUSH BALL R』というプレイベントを大阪城野外音楽堂でやろうとしたんですが、2年連続で開催できなかったんです。2年同じ出演者がスケジュールを用意してくれていたんで、なんとかお客さんの前で演奏してもらえる方法を作ろうと思った。そういうのもあって、ATMCに出てもらえないかと聞いたら、全員出てもらえるようになったんです。加えて他のアーティストもブッキングして。いつもは1日10組なんですが、9組にして進めています。

――今年のATMCに出るアーティストがいずれ『RUSH BALL』のトリを担うようになったら希望がありますね。

なってほしいですね。夢でしかないですね。

――取材をしている7月21日時点ではフェスが終わらないとわからないということもあると大きいとは思いますが、その先のことに向けてはどんなことを考えていますか。

僕としては、去年に『RUSH BALL』ができたから、今年はどこもできるんじゃないかと思っていたんです。まるでサバイバルゲームのように「あのフェスはやれた」「あのフェスはやれなかった」という、今の状況は想像してませんでした。こんな風にできなくなっちゃうんだと、ビクビクしています。ARABAKIの主催のGIPの菅(真良)さんは同い年で業界の大先輩なんですけど、中止が決まったときに電話がかかってきたんです。その話を聞いて、号泣しました。僕が泣いても何にもならないし、一番悔しいのは菅さんなんですけど。でも、その中止を受けて急遽、TOSHI-LOWとかMAN WITH A MISSIONの(トーキョー)タナカくんが声をかけて「THINK of MICHINOKU」という配信ライブの番組を作ってくれて。アーティストからの愛があるとこんなことになるんだと思いましたね。やって成功するのが一番ですけど、中止になってわかること、それが次につながることもあるというのも感じました。

――そうですね。やはり、早くこの状況が明けることを願います。

音楽4団体がコロナ禍におけるライブ活動に関してのいろんな声明文をあげていただいていることもひとつ。各地の状況でそれぞれのフェスが一生懸命やろうとしているのもひとつ。国に従おうとすると、一律の条件なので、はまらない部分があるもどかしさの中で進めざるを得ないのがひとつ。全部の歯車がカチッとハマるときが早く来てほしいなと思います。

取材・文=柴那典

※この取材は7月21日に行われました。

当記事はSPICEの提供記事です。

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