首を絞められても結婚を決意。人格障害の妻との日々を、夫は涙で語った

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【ぼくたちの離婚 Vol.21 いつか南の島で #2】

日本における「五大疾病」をご存じだろうか。がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、そして精神疾患。なかでも一番患者数が多いのが精神疾患だということを、意外に思う人は少なくないだろう(2017年厚生労働省の患者調査より)。

大切な人が精神疾患に罹ってしまったら、あなたならどうするだろうか。小林徹さん(仮名/現在36歳)は、恋に落ちた女性が双極性障害だった。そのことを出会って早々に知りながらも、彼はその女性と結婚することを決めた。いったい、なぜなのか。

◆双極性障害で男性恐怖症

フリーランスの編集者である小林さんは北陸Y県の母子家庭に育つが、10歳のときに父親が出ていく。母親はボランティア団体で知り合った関東地方・Z県在住の男性と再婚し、小林さんとダウン症の弟は母と共にZ県に引っ越すが、母親と再婚相手の喧嘩が絶えず破綻、Y県に出戻る。その後、小林さんは東大に進学し、卒業後は出版社に就職。出版スクールの懇親会で、初美さん(仮名/現在36歳)に出会う(詳しくは前回記事を参照)。

「初美は双極性障害、いわゆる躁鬱(そううつ)病でした。気分の上下がものすごく激しいんです。躁状態の時期はろくに眠らなくてもアイデアが次々と浮かぶし、ハイテンションで自己肯定感も高い。だけど鬱状態ではすべてが無気力になり、被害妄想にとらわれ、僕に当たり散らす。僕との交際前から通院も投薬も続けていました」(小林さん、以下同)

そのせいか、初美さんは外出も人と会うのも苦手だった。趣味はゲームやマンガを読むこと。徹底してインドア。しかし、そんな内向的な人間が、なぜ出版スクールに通っていたのか。

「初美は極度の男性恐怖症で、男性から何か言われると、言い返したり、拒否したりができないんです。当時はブラック体質のコールセンターで働いていて、かなりストレスをためていたんですが、男性上司が怖くて退職を言い出せない。初美は意を決して転職フェアに赴きました」

東京ドームで開催されていた転職フェア。そこで件の出版スクールの代表が講義をしていた。初美さんは少しだけ話を聞こうと、ブースに近づく。

「そこの男性スタッフからの勧誘を断りきれずに、入学を決めてしまったそうです」

高額の入学金を払い込んで入学。そこにいたのは、「ベストセラー本を出して成り上がりたい」という、前のめりでギラギラした人たちばかり。内向的で人嫌いな初美さんとは正反対もいいところ。

しかし初美さんは「ここで何もしなかったら、周りから変な目で見られる」ことに底知れぬ恐怖を感じ、人一倍まじめに授業を受け、意欲的に課題をこなした。

自己実現のために頑張ったのではない。人からどう見られているのかが怖い、どう評価されているのかが不安でたまらないから、全力で切り抜けたのだ。

◆素手で瓶ビールを開けようとする姿に恋をした

「著者やライターが集まる勉強会サークルで家飲みがあったとき、部屋に瓶ビールの栓抜きがなかったんです。すると、それに気づいた初美が『私、やります』と言って、素手で開けようとしはじました。手は血まみれ。皆が止めているのに、やめようとしない」

普通に考えれば、ただの奇人だ。しかし小林さんは、雷に打たれたような衝撃を受ける。

「困っている皆を放っておけない初美に、ものすごく感動しました。こんなにも自分より他人のことを考えて行動している人には、今まで会ったことがなかったので」

母親と再婚相手との喧嘩仲裁やダウン症の弟の面倒など、子供のときから自分の感情を脇に置かなければ生きていけなかった小林さん。外界におびえながらも、なんとか生き抜こうと努力をやめない初美さん。二人は惹かれ合う。

「今まで出会った人の中で、いちばん心がきれいな人だと思いました。初美は、生まれてはじめて心を許せた人が徹くんだよ、と言ってくれました」

初美さんにとって小林さんは、生涯で初めての交際相手だったそうだ。

◆モラハラ編集長のせいで病状が悪化

出会って間もなく入籍したふたりは、都内のマンションで同居を開始。1年後に控える結婚式の準備を進めていった。

ところが、入籍直後から初美さんの双極性障害の症状が悪化する。

「初美は出版スクールを卒業後、コールセンターの仕事は結局やめられないまま、そこでの日々をブログに書き綴っていました。すると、それがある出版社の目にとまり、晴れて本を出すことができました」

初美さんは作家としてデビューすることができた。

「その後もいくつかの出版社で執筆活動をやっていたんですが、そのうちの1社がひどい出版社で……。初美が言うには、モラハラをはたらく男性編集長に無茶なスケジュールと理不尽な全面書き直しを強要され、だまし討ちみたいな契約内容も結ばされたというんです」

男性恐怖症の初美さんは、断ることも、言い返すこともできない。すべての理不尽な要求を、その場では嬉々として承諾し、帰宅後に小林さんの前で号泣していた。

◆小林さんへの「攻撃」がはじまる

しかも初美さんのコールセンター勤務は15時半から23時なので、執筆は深夜から朝方にかけて。昼夜逆転生活がたたり、初美さんの心身はすっかり疲弊してしまう。

「僕はその出版社から仕事を引き上げる提案もしましたが、初美に激しく抵抗されました。初美にとって本を出せたというのは人生で初めての成功体験でしたし、文筆の仕事は彼女の大事なアイデンティティでもある。どんなに理不尽であっても、仕事を投げ出すことは彼女にとって死にも等しい」

そもそも、コールセンターはストレスをためやすい職場だ。

「客からの『お前なんて使えない』『今からクレーム言いに行くから待ってろ!』といった罵詈雑言や脅迫は日常茶飯事。初美はそのストレスを家にまで持ち込んできてしまうんです」

帰宅後、一度スイッチが入ってしまうと、初美さんは我を忘れて暴れ、小林さんに当たりまくった。物を投げる、包丁を振り回す。そして、小林さんの首を絞(し)める……。

初美さんが暴れている最中、小林さんがスマホで撮ったという動画を見せてもらった。数年前のものだという。動画には恐ろしい光景が映っていた。

◆「敵だ、敵だあー」

初美さんが小林さんの首を絞めながら馬乗りになり、恍惚の表情を浮かべている。激しく揺れる画面。初美さんは「徹、死ぬかな? 徹、死ぬかな?」とつぶやき、徹さんは、「あぁぁぁーー、あぁぁぁぁー、やめてー」と、うめきながら叫んでいる。

小林さんが解説をはさむ。

「初美、リミッターが外れているので、ものすごく力が強いんですよ」

動画の初美さんが言う。「私のこと……嫌なんでしょ? 敵だ、敵だあー」。敵とは徹さんのことを指しているようだ。

「被害妄想が激しいんです。僕が何も言っていないのに、『私に向かってそんなことを言うの!?』『なんで私のことをもっと考えてくれないんだ!』『じゃあ私が死ねばいいの!?』って。でもそれは全部、精神疾患にともなう妄想や幻聴が原因です」

心理学と精神疾患を専門にしていただけあって、小林さんは冷静だ。

「一度暴れだすと、2、3日はこの調子でした。ただ初美は、朝になったらちゃんと仕事に行く。人前では“自分はおかしな人間であってはならない”という規制が働くから、何十人の前で話ができたりもする。で、帰ってきたらまた暴れる。当時の僕は朝6時ごろまで暴れる初美に付き合い、少しだけ寝て、9時に出社。そんな日々が続いていました」

やがて動画の初美さんは、小林さんの手にスマホが握られていることを確認すると、不気味な笑みを浮かべながら言った。

「何がしたいのー? 何がしたいのー? 携帯使って何がしたぁいのぉぉぉぉぉ?」

背筋が凍った。こんなことが家庭内で頻繁に起こっているとは。しかし、もっと驚いたのは小林さんの次の一言だった。

「初美は暴れている間の記憶が一切ないんです」

◆風邪をひいてくしゃみをするのと一緒

そもそも小林さんがこの動画を撮った理由は、初美さんが望んだからだ。

「『どうやら私は徹くんに暴力をふるってるみたいだけど、記憶がなくなるの。だから次に暴れたら動画で撮っておいてほしい』と言われました」

実際、暴れるのが収まるごとに初美さんはとても反省し、落ち込み、自己嫌悪に陥っていた。愛する人を傷つけてしまったこと、それを制御できない自分の不甲斐なさ。しかし小林さんは、それを最初からちゃんと理解していた。

「暴力は初美の意思ではありません。やりたくてやってるんじゃない。風邪をひいてくしゃみをするのと、精神疾患の発作で殴っちゃうのは、一緒だと思っています」

小林さんは認知行動療法をとった。一度暴れたら、直後にその場で「どうしてこうなったか、考えよう。もう一度、落ち着いて振り返ってみよう」と初美さんに優しく問いかけるのだ。

粘り強く続けると、やがて初美さんから、「徹くんが私のことを心配してくれている気がする」「死ねなんて言ってないよ」という言葉が出てくる。やがて、「そう言えば、あなたを殴ったかもしれない」と認めるようになる。それを暴れるごとに繰り返す。終わりの見えない試練の夜が幾晩も続いた。小林さんは初美さんと向き合うことを諦めなかった。

◆妻は父親から暴力を受けていた

壮絶な日々の中にあっても、結婚式の準備は進められていた。初美さんはここでも小林さんを困らせた。「呼びたい友達なんてひとりもいない。両親も呼びたくない」と強硬に主張するのだ。友達はともかく、新婦の両親がいない結婚式などありえない。よくよく聞いてみると、驚愕の事実が判明する。

「初美は幼少期から、父親にずっと暴力を受けていたそうです。それが男性恐怖症の原因でした。母親も初美を助けてはくれなかった。母親は母親で父親に支配されていて、最寄りの駅より遠くに行ってはいけない、と命令されていたそうです」

初美さんの精神疾患の原因が、育った家庭環境にあるのは明らかだった。そこで小林さんは初美さんに、精神科で最新の検査と診断を受けよう、と提案する。

診断結果を見た小林さんは驚いた。初美さんは、いわゆる“ソシオパス”に特徴が合致していたからだ。

「反社会性パーソナリティ障害の一種です。社会の規範や他人の人格を軽視し、不誠実で、欺瞞に満ちた行動をとるような人のことで、しばしば暴力が伴う。生まれつきそういう性質なのが“サイコパス”。幼少期に虐待を受けていたなどの原因で、後天的になってしまうのが“ソシオパス”です」

小林さんの説明によれば、サイコパスの方がより賢く、感情を一切表に出すことなくひょうひょうと人を陥れたりする。ソシオパスのほうが、より感情が表に出やすい。

「初美は、幼少期の父親からの虐待によって男性恐怖症かつソシオパスとなり、そこにストレス過多が重なって双極性障害を発症した、ということです」

◆「私は人格障害なんだと思う」

新婦の両親なしでの結婚式はありえないとプランナーに止められた小林さんは、渋る初美さんを説得して、式に初美さんの両親を呼ぶことにした。ただし、バージンロードは父親と歩かず、新郎の小林さんと一緒に入場。「記録を残したくない」という初美さんの希望を汲んで、カメラマンも入れないことにした。当然、新婦両親からの挨拶もなし。

異例の式ではあったが、たいそう盛り上がった。小林さんと初美さんが、招待者のおもてなしに心を砕いたからだ。外部から腕利きのシェフを呼んで料理をふるまい、メッセージカードも1枚1枚手作りした。

「僕らの隠しプロフィールカードに、初美はこう書いてくれました。“徹くんはとっても繊細で、私がよく泣かしてしまいます”。あとで聞いたら、暴力をふるってしまうことを謝りたくて、と言っていました。本当に……嬉しかったです」

結婚式後、小林さんは初美さんの治療のために一大決心をする。勤めていた出版社を辞めて会社を設立し、そこで自分の仕事をしつつ、初美さんの執筆仕事をマネジメントする窓口とするのだ。初美さんは経理担当の社員とし、調子が悪ければ休んでもいい。コールセンターの仕事は少しずつ減らしていき、規則正しい生活を心がける。

効果はてきめんだった。

3日暴れていたのが、2日になり、それが1日になり、ときには深夜に暴れても朝方には収まるようにすらなった。そして初美さんは自ら病気のことを調べるようになり、ついに、こう口にした。

「私は人格障害で、ソシオパスなんだと思う」

◆理解することと受け入れることは違う

精神疾患を持つ人が自分の病状を完全に認め、受け入れるのがどれほど大変なことか。経験された方やその近親者ならわかるはずだ。

人は、自分の心に不具合があることなど認めたくない、知りたくない、通院なんてもってのほかだと避けようとする。それを他人から強要されるでもなく自力で認めるには、並大抵ではない勇気と覚悟が必要なのだ。

「僕が彼女をもっとも尊敬するところです」

話しながら、小林さんは少し涙ぐんでいた。

「初美は僕に、生まれてはじめて人を信頼することができたと言ってくれました。はじめて人と一緒にいて楽しいと言ってくれました。二人で幸せになりたいし、僕が死んだ時には一緒に死にたいと言ってくれました。僕も同じくらい信頼していたので、初美が発作的に飛び降りようとしたときには、一緒に死ぬよと言いました」

とめどなくあふれる、愛にあふれた言葉。しかしここに至るまでには、壮絶という言葉では言い表せないほどの苦難があった。

実は現在の小林さんは左耳が聞こえづらく、左肩も完全には上がらない。

「初美が右利きなので、右手で僕を殴るとちょうど左耳に当たり、僕が倒れている状態で右足で蹴ると、ちょうど左肩に当たるんですよ」

にもかかわらず、小林さんは初美さんを一切恨んでいない。そして一瞬たりとも心が折れなかった。

それがいかに稀有で奇跡的なことか、筆者にはよくわかる。今まで、妻の精神疾患が理由で離婚してしまった男性を何人も取材してきたからだ。

彼らは最初、妻の精神疾患に理解を示し、「この気の毒な女性を救うんだ」と決意して意気揚々と結婚を決意する。しかし、精神疾患は一朝一夕に治るものではない。延々と繰り返される妻の不機嫌や暴力、精神的攻撃に疲弊を極め、いっこうに報われない努力に徒労感が募りゆく。やがて愛していた妻に憎しみすら抱くようになり、自己嫌悪と後悔のうちにギブアップ。妻の手を離してしまうのだ。

相手を理解することと実際に受け入れることには、天と地ほどの差がある。

精神疾患者をパートナーとする際には、想像を絶する覚悟が必要とされる。自分の人生の大半をパートナーに捧げてもいい、もっと強い言葉を使うなら、「人生を犠牲にしてもいい」と言い切れるほどの覚悟が。

◆忍び寄る黒い影

先ほど見せてもらった壮絶な動画が、頭から離れなかった。目の前で罵詈雑言を吐き続け、自分の首を絞めてくるこの女性と、この先の生涯も共にする。そのことに不安や後悔はなかったのだろうか。今すぐ初美さんと離れて平穏な毎日を送りたいとは、一瞬たりとも思わなかったのだろうか。

小林さんは聞いたこちらがひるんでしまうほどに、迷いなく、きっぱりと即答した。

「僕は、精神疾患はひとつの個性だと思っています」

門外漢が発せば、あまりにも偽善に満ちた言葉だと非難されるだろう。しかし小林さんは、暴れる初美さんの手を一瞬たりとも離さなかった。ギブアップしなかった。言う資格はある。

初美さんの病気を深く理解し、献身的に尽くす小林さん。自らを直視し、治療に奮闘する初美さん。このままいけば、二人は幸せになれるように思われた。

しかし、運命の神はそれを許さない。

初美さんの男性恐怖症の元凶である父親が初美さんに、「実家の近くに住め」と頻繁に連絡してくるようになった。父親と縁を切りたい初美さんは悩み、苦しみ、小林さんに言う。

「私は父と向き合わなければいけないと思うの。だから、私と一緒に会ってほしい」

自らの人生にカタをつける。なんて毅然とした、勇気ある決断だろう。小林さんはもちろん了解した。

しかしこの決断は、やがて初美さんが離婚裁判を起こす原因に発展してしまう。

(次回につづく)

【ぼくたちの離婚 Vol.21 いつか南の島で #2】

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

【稲田豊史】

編集者/ライター。1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1』(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。

【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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