特別展『聖徳太子と法隆寺』鑑賞レビュー 聖徳太子が使ったと伝わる“アレ”や27年ぶりに寺外に出た秘仏など法隆寺の寺宝が東京で一挙公開

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聖徳太子の遠忌1400年を記念して行われる特別展『聖徳太子と法隆寺』の東京展が、7月13日(火)に東京・上野公園の東京国立博物館で開幕した。9月5日(日)まで開催される本展では、27年ぶりに寺外で公開される秘仏《国宝 聖徳太子坐像》や古代仏教彫刻の傑作《国宝 薬師如来坐像》など、聖徳太子ゆかりの奈良・法隆寺が所蔵する貴重な寺宝を一挙公開。国宝23件、重要文化財82件を含む豪華なラインナップで、日本仏教の祖ともされる聖徳太子の事績と法隆寺の歴史を紐解く内容となっている。ここでは開幕前日に行われたプレス向け内覧会の様子とともに本展の見所を紹介していきたい。

法隆寺の寺宝で聖徳太子と太子信仰の世界に迫る


日本の歴史において最も有名な偉人の一人である聖徳太子。今年は推古天皇30年(622)に49歳で没した聖徳太子の遠忌1400年にあたる。飛鳥時代、推古天皇の時代に摂政として政治改革を推し進めた聖徳太子の功績といえば、憲法十七条と冠位十二階の制定、遣隋使派遣の3点が広く知られるが、同時に太子は世界最古の木造建築として有名な法隆寺(奈良)の建設に代表されるように仏教を深く重んじた人物でもあった。本展では、その法隆寺に遺る太子ゆかりの寺宝や飛鳥時代以来の文化財などを通じて、聖徳太子と太子信仰の世界に迫っている。
会場の東京国立博物館・平成館
会場の東京国立博物館・平成館
会場で紹介されている法隆寺境内の伽藍配置図
会場で紹介されている法隆寺境内の伽藍配置図

東京国立博物館・平成館を会場とする本展は、順路の順に「聖徳太子と仏法興隆」「法隆寺の創建」「聖徳太子と仏の姿」「法隆寺東院とその宝物」「法隆寺金堂と五重塔」という5章で構成されている。前期(7月13日~8月9日)と後期(8月11日~9月5日)で展示替えを挟みながら全176件の品々が展示される中で国宝の数は計23件。重要文化財も計82件展示されるので全部欠かさず見るためには少なくとも2時間以上はかかることを覚悟して訪れるべきだろう。

聖徳太子が使ったとされる“アレ”で太子の実像をリアルに感じる


展示室に入って、まず初めに見られるのは《如意輪観音菩薩半跏像》だ。本像は、聖徳太子が創建した寺院として法隆寺と並んで重要度の高い四天王寺(大阪)の本尊を模刻したもの。聖徳太子を観音の化身とする信仰により、平安時代以降になると多くの模刻像が作られたという。そして、ここから始まる第1章の「聖徳太子と仏法興隆」では、聖徳太子の祖父・欽明天皇の時代に仏教が伝来してから太子自らが仏教を篤く信仰した時代の様子を知ることができる。
《如意輪観音菩薩半跏像》 平安時代(11~12世紀) 奈良・法隆寺蔵
《如意輪観音菩薩半跏像》 平安時代(11~12世紀) 奈良・法隆寺蔵

この章には聖徳太子の肖像として最も有名な《聖徳太子二王子像(模本)》が展示されている。太子を描いた最も古い画像として伝わる《御物 聖徳太子二王子像》の模本として江戸時代の天保13年(1842)に製作された。右に弟の殖栗王、左に息子の山背大兄王を配した太子の姿は、昭和5年(1930)から昭和61年(1986)まで計7回にわたってお札の肖像に採用されており、当時を知る年代の方にとっては一層親しみの深い顔といえるだろう。

《聖徳太子二王子像(模本)》 江戸時代 天保13年(1842) 東京国立博物館蔵
《聖徳太子二王子像(模本)》 江戸時代 天保13年(1842) 東京国立博物館蔵

展示品にはそれぞれに深い謂れがあるわけだが、難しいことを考えなくても日本史上のスーパースターである聖徳太子が“使ったとされるもの”が見られるとあれば誰もが心震えることは間違いない。例えば骨製の《下笏》(前期のみ展示)は、先ほど紹介した《聖徳太子二王子像(模本)》で太子が手に持っていた“アレ”と同じ品で、太子自らが使っていたという伝承が残るものである。一見するとやや大きな木ベラのようだが、太子が使っていた品だと知ると神秘的なオーラが心を突き抜ける。聖徳太子といえば、十人の話を同時に聞いたという逸話が有名だが、両手にこれを持って、人々の話を「ふむふむふむふむ……」と聞いていたのだろうかと想像すると、ちょっとクスッとなってしまう。
《下笏》 奈良時代(8世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)※前期のみ展示
《下笏》 奈良時代(8世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)※前期のみ展示
《陶硯》《墨床》《水柱》《匙》の展示風景
《陶硯》《墨床》《水柱》《匙》の展示風景

そのほかにも、太子が筆記の際に用いたと伝わる《陶硯》《墨床》《水柱》《匙》や太子の所蔵品だった可能性が高い《五綴鉢》なども展示されている。そして、1400年以上前に生きた太子のことを一層リアルさを持って感じられるのが《御物 法華義疏》だ。本品は太子が自ら記した法華経の解説書。全四巻で構成され、流麗な筆致で書かれた記述の中には太子自身の教義に対する私感も述べられており、太子の仏教への知識の深さが伝わる宝物である。また、ここでは法隆寺に伝わる《菩薩立像》など、鞍作止利らの登場で仏像作りが始まったばかりの、初期の仏像も見どころとなる。

法隆寺が誇る国宝&重要文化財の宝物が次々と……


続く「法隆寺の創建」の章は、聖徳太子が暮らした斑鳩宮に隣接して推古天皇15年(607)に創建されたとされる法隆寺の荘厳な世界を伝える展示だ。ここも見どころは尽きない。例えば、《十七条憲法板木》は、聖徳太子が定めた「十七条憲法」を印刷するために作られた板木だ。推古天皇12年(602)年に制定された十七条憲法だが、この板木が製作されたのはそれから600年以上が過ぎた鎌倉時代の弘安8年(1285)のこと。没後に神聖な存在と化した太子への信仰心が伝わる品で、第一条には有名な「以和爲貴(和をもって貴しとなす)」の文字が確認できる。
《十七条憲法板木》 鎌倉時代 弘安8年(1285) 奈良・法隆寺蔵
《十七条憲法板木》 鎌倉時代 弘安8年(1285) 奈良・法隆寺蔵
《法隆寺印》 飛鳥~奈良時代(8世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)
《法隆寺印》 飛鳥~奈良時代(8世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)

「日本書紀」の記述によると法隆寺は創建時に建てられた若草伽藍を天智天皇9年(670)に焼失し、その後、7世紀の後半から8世紀の初めにかけて現在の西院伽藍が再建されたという。本展では若草伽藍の跡地から発掘された《軒丸瓦・軒平瓦》《蓮華文鬼瓦》などの遺物もまとめて展示されている。
若草伽藍、出土物の展示風景
若草伽藍、出土物の展示風景
《灌頂幡》 飛鳥時代(7世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)
《灌頂幡》 飛鳥時代(7世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)

ここで大きなスペースを割いて展示されているのが《灌頂幡》だ。灌頂幡とは天蓋を伴った大きな幡のことで、仏教儀式に使う旗としても用いられた。聖徳太子の娘と考えられる片岡女王が法隆寺に奉納したもので、現存する他の灌頂幡がすべて織物製であるのに対して、本品は金銅製で作られている。全長5メートル以上にわたるもので、分解された形で展示されている幡には天人が仏を讃嘆して舞い踊る様子などが透かし彫りで表現されている。

最後の最後まで興味をそそる展示が続く


次の「聖徳太子と仏の姿」には、平安時代以降、救世観音の化身とされて信仰の対象になっていった聖徳太子をさまざまな形で表現した作品が集められている。ふっくらとした姿が愛らしい《聖徳太子立像(二歳像)》や16歳の太子を表した《聖徳太子立像(孝養像)》などの若き日の姿は、先に見た聖徳太子二王子像の“ヒゲのお姿”に慣れている我々からすると、やや不思議に映るかもしれない。
《聖徳太子立像(二歳像)》などの展示風景
《聖徳太子立像(二歳像)》などの展示風景

そして、ここには本展のハイライトのひとつである《聖徳太子および侍者像》が展示されている。保安2年(1121)に太子の遠忌500年を記念して開眼供養された本作は、法隆寺聖霊院の本尊であり、27年ぶりに寺外で公開されるという秘仏だ。近くには太子が勝鬘教を講義する姿が描かれた《聖徳太子勝鬘教講讃図》が展示されているが、殖栗王と山背大兄王、太子の異母弟である卒末呂王、太子の仏教の師だった恵慈法師の像を侍する本像も同じ場面だと伝わる。太子の表情は目元と口元がギュッと引き締まり、鋭い眼光にはこちらのすべてを見透かすかのような強烈なオーラを感じる。
《聖徳太子および侍者像》 平安時代 保安2年(1121) 奈良・法隆寺蔵
《聖徳太子および侍者像》 平安時代 保安2年(1121) 奈良・法隆寺蔵

「法隆寺東院とその宝物」では、聖徳太子の等身像とされる救世観音像を本尊とする法隆寺東院が所蔵する宝物と、太子の忌日に合わせて東院を出発点として取り行われる法要「聖霊会」に関する展示が見られる。聖霊会に用いられる《舎利御輿》を囲むように、御輿を担ぐ人々がかぶる《行道面》が展示された空間は圧巻だ。そして、ここを経て最終章となる「法隆寺金堂と五重塔」へと続く。
「聖霊会」に関する展示風景
「聖霊会」に関する展示風景
《四天王立像 広目天》《四天王立像 多聞天》 ともに飛鳥時代(7世紀) 奈良・法隆寺蔵
《四天王立像 広目天》《四天王立像 多聞天》 ともに飛鳥時代(7世紀) 奈良・法隆寺蔵

日本最古の四天王像である《四天王立像 広目天》《四天王立像 多聞天》が迎える終盤の展示室は、法隆寺の金堂と五重塔に安置されている飛鳥時代の貴重な仏像のオンパレード。古代仏教彫刻の傑作であり、光背に法隆寺誕生にまつわる貴重な銘文が刻まれた《薬師如来坐像》をはじめ、最後の最後まで興味引かれる展示の数々をしっかり味わい尽くしたい。
《薬師如来坐像》 飛鳥時代(7世紀) 奈良・法隆寺蔵
《薬師如来坐像》 飛鳥時代(7世紀) 奈良・法隆寺蔵
《伝橘夫人念持仏厨子》 飛鳥時代(7~8世紀) 奈良・法隆寺蔵
《伝橘夫人念持仏厨子》 飛鳥時代(7~8世紀) 奈良・法隆寺蔵

“国宝級”の展示の連続で最初から最後までとにかく見どころに尽きない本展。なお、本展は混雑緩和のため、事前予約制の日時指定券による入場を導入している。当日券が若干用意されているが、予約の入場者が優先されるため、希望する日時に必ず見たいなら事前予約が確実だ。特別展『聖徳太子と法隆寺』は、東京・上野公園の東京国立博物館で9月5日(日)まで開催中。

文・写真=Sho Suzuki

当記事はSPICEの提供記事です。

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