『ピアノの森』ピアノコンサートは単なる「髙木竜馬のリサイタル」ではない――「漫画に描かれた森のように、奥底に広がる未知なる世界を見出してもらえたら」

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GW中に開催された『STAND UP! CLASSIC PIANISM』でもセンセーショナルな大成功をおさめ、着実にファンを増やしつつあるウィーン在住のピアニスト 髙木竜馬。今夏、8月上旬から9月下旬にかけて、あの一色まことの大作『ピアノの森』をテーマにした全国10か所での2か月にわたる長期リサイタルツアーに挑む。NHKのアニメ放映時にも雨宮修平のピアノ演奏を担当し、髙木自身、思い入れの深いこの感動のストーリーを、珠玉の名曲演奏を通して、幅広い世代の聴衆の心によみがえらせてくれるに違いない。髙木自身、初の体験となる長期のリサイタルツアーにかける意気込みを聴いた。

◆初の長期リサイタルツアー 名曲の演奏を通して皆さんの心に寄り添えるように



――まずは、約2か月にわたってのリサイタルツアーにかける意気込みを聞かせてください。

クラシック音楽界最大コンテンツの一つ『ピアノの森』のコンサートツアーのお話を頂いた時は本当に嬉しかったですし、びっくりしました。僕自身、複数の県をまたいでの長期リサイタルツアーのは初めてですし、特に今回は、一つのテーマをめぐって10か所でリサイタルを展開するというかたちなので、とてもワクワクしています。とにかく、無事に開催されることを願っています。

コロナ禍の前と後では、驚くほどさまざまなことが変化し、皆さんも、思いの上でそのようなことを意識していらっしゃると思うのですが、僕自身の中では、音楽を演奏する意義がより深まったように感じています。今回のツアーでは、お聴きなじみの曲がたくさんラインナップされていますので、名曲の演奏を通して、少しでも皆さんの心に寄り添えるよう、そして、暗くなった世の中を明るい方向に導いていけるようにと、強い使命を感じています。

――曲目ラインナップは、原作に出てくるピアノ独奏曲をそのままの順で演奏し、原作の世界観をより感じてもらうというイメージでしょうか?

原作に出てくるピアノ独奏曲によって構成されていますが、一つのプログラムの中にストーリー性を持たせたり、作品の調性の関係などで、全体のバランスを見ながら、最終的には僕自身でプロデュースさせて頂きました。




――ベートーヴェンの月光ソナタに、ショパンの革命のエチュードや幻想即興曲をはじめとする5曲に加えて、スケルツォ2曲と英雄ポロネーズと並び、かなり盛りだくさんの内容ですが、髙木さんの最もお得意とされるレパートリーと見事に重なりますね。

ベートーヴェンとショパン作品は最近、重点的に弾いてきましたので、そのようなレパートリーで構成することができたのは嬉しく思っています。ショパンの24の前奏曲 第15番《雨だれ》と 《別れのワルツ》 《子犬のワルツ》 は今回のプログラムのために新しく勉強しました。よく見ると、本当にどこで息を抜いたらいいのかわからないくらいのラインナップですね。

――ちなみに、すでにこのプログラム全曲をCD録音されたということですが……

はい、会場にお越し頂けると、ご購入頂けるようです(笑)。

――スタッフの皆さんから、録音も最高の出来と伺いました。

おかげさまで、録音会場のミューズ所沢の響きがすばらしく、近隣の航空公園の森と緑を感じつつ、2日間どっぷり『ピアノの森』の世界観に浸って、集中することができました。テーマのイメージもあって、周辺の自然を楽しもうと、演奏前に歩き過ぎて疲れ、ちょっと後悔しました(笑)。


――スウイング調のジャズスタイルの名ナンバー 《茶色の小瓶》 を髙木さんがどう演奏されるかとても楽しみです。

実をいうと、《茶色の小瓶》 が一番苦労しました。それまでは、かなりスムーズに進んでいたんですが……。僕の人生で初めて弾くタイプの作品でして、楽譜どうりに弾くとクラシカルな感じになってしまって、まったくジャジーな世界からかけ離れてしまうんです……。CMでも流れていて皆さんご存知の曲なので、「全然ちがう!」と思われるのではと、当初はヒヤヒヤしてしまいました。本当は僕が得意のはずの(!)酒飲みの曲なので、周りからは、「飲んで酔っ払った時の感覚を思い出して~」と、ずっと言われてました(笑)。リサイタルに向けて、もっともっと練習して、皆さまにも僕の少し違った一面をお見せできるように頑張ります。

◆「僕自身は、少なくとも雨宮修平君よりも、もっと開放的な人間だと思います(笑)」



――ちなみに、髙木さんは『ピアノの森』の原作漫画全26巻は、何回くらい完読していますか?そして、読み終えての感想はいかがでしょうか?

少なくとも全編3回くらいは読んでいると思います。もともと全部読んでいて、2回目はNHKのアニメで雨宮修平のピアノ演奏を担当することになった時、その後も2~3回読み直しました。専門系の事柄がテーマの漫画は、ピアノ分野に限らず難しいと思うんです。趣味でピアノがお好きな読者向けにも面白さを出しつつ、専門家筋にも満足感を与えないといけないじゃないですか。どちらの要素も、一つでも欠けていたら、エンターテインメント性や専門性がなくなってしまいますし、その点では、この作品はバランス感がピカイチだなと思います。コンクールを受けた身からしても、「あるある~、わかる~」って思ってしまいまして(笑)。極めてよくリサーチされていて、特にコンクールを描いたものとしては最高峰ですね。

――アニメ版で雨宮修平のピアノを担当されましたが、修平のキャラクターはすんなり受け入れられましたか?髙木さんは、コンプレックスに圧し潰されてしまう修平よりも、一ノ瀬海(いちのせかい)のほうが近いように思えます。

僕自身は、少なくとも雨宮(修平)君よりも、もっと開放的な人間だと思います(笑)。修平はプレッシャーゆえに、人間的にも歪んでしまっているところがあって、コンクールでも良からぬ立ち振る舞いをしてしまいます。アニメが放映されていた時も、僕は原作を読んで展開を知り尽しているので、そのシーンが迫ってくると、「もうやめてくれ~」って、胃がキューっとしたりしました(笑)。でも、人間の心の中には、カイ君も雨宮君も両方存在していると思うんです。僕自身、もちろん、コンプレックスを感じることも多々ありますし……。そういうところも、すべて含めて、この漫画のリアルでいいところですね。


――ちなみに、原作の中では、どのシーンが一番お好きですか?

最終巻でショパン・コンクールの本選でのある出来事が描かれているシーンがあるのですが、そこですね。本選に出場するカイ君がコンチェルトを練習していると、いつの間にか、そのピアノに合わせて、修平が隣の部屋で伴奏パートを奏で始めるんです。それまでは、カイに対するコンプレックスが爆発して、修平はどうにも感情がコントロールできなかったのですが、自ら打ち解けていく感じで……。音楽が修平をここまで成長させたんだな、としみじみ感じてしまうシーンです。でも、これって本当なんです。人生で悩むのも音楽だし、救ってくれるのも音楽なんです……!

◆ただ音を感じ、思いを深める――携帯一つですぐに答えが出せる便利な世の中で、言葉を想像し埋没する機会は必要なのでは



――夏休み期間中の公演で、子供さんもたくさん聴きにいらっしゃると思いまが、髙木さんとしては、子供の頃から、クラシックの名曲に触れることの意義や重要性をどのように考えていますか?

音楽は心に訴えかけるもので、感情や感受性を豊かにすると思います。歌は言葉がついていますが、ピアノ曲や管弦楽曲などの言葉がついていない音楽については、自分自身で言葉を想像し、これはどんな世界なのかな、というところから始まって情景や色までも想像できると思うんです。

僕自身も、小さい時に先生方に、「音楽というのはドラえもんの四次元ポケットやタイムマシーンみたいで、宇宙にも海底にも行けるし、未来にも過去にも移動できる。そんな風にどんなことでも可能にするものだよ」と言われていました。子供の頃から音楽に触れるというのは、豊かな情感と心を育むことにつながっているように感じています。


現代の生活では、携帯一つですぐに様々なリサーチができる便利な世の中ですが、その分、自分の言葉と脳で深く考え、一つのことや世界に深く埋没するという機会が少なくなっているように思えます。なので、演奏会のような空間で、携帯もなく、ただ音を感じ、思いを深めるという環境に身を置くことも時には必要なのでは、と感じています。

子供さんは、最初は退屈するかもしれませんが、少しずつ、一つひとつの作品の奥にある広大な背景を、まさにこの漫画に描かれた森のように、奥底に広がる未知なる世界を見出してもらえたら嬉しいですね。耳慣れた曲ばかりですので、ぜひ、生の音空間を体験してみてください。

――それでは、今回のリサイタルでは、一つひとつの情景や色、映像が感じられるように創りあげていく使命がありますね。

特に今回は、『ピアノの森』という世界観がしっかりテーマとして存在するので、単に「髙木竜馬のリサイタル」ではなく、背景にあるシーンはもちろん、ストーリーの中に出てくる一人ひとりのキャラクターが演奏している際の表情や感性、雰囲気や漂う香りまでもが、情景として思い浮かべられるように練り上げていかなくては、と思っています。


――他にも、原作のストーリーや世界観がより感じられるような演出的試みはあるのでしょうか?

演出ではないのですが、少しだけトークも交える予定です。トークがメインではないのですが、各要所で、聴き手の皆さんにヒントを与える感じになると思います。予定では、休憩なし、トークを入れて60~70分くらいの、子供さんたちにもちょうどよいくらいの規模の演奏会になると思います。

◆「演奏家にとっては、舞台上で演奏するという行為自体が、生きている意義そのもの」『ピアノの森』の深い世界を一緒に旅して



――コロナ禍の昨今、演奏会の在り方などについても、カメラワーク中心の配信スタイルも定着し、コンサートの楽しみ方の選択肢も増えました。20代の髙木さんとしては、そのような流れをどのように捉えていますか?

配信がスタンダードな選択肢となったのは、ある意味でとても大きな進歩だと思っています。例えば、先日開催された『STAND UP! CLASSIC PIANISM』も無観客になってしまったのは残念でしたが、配信ならではのチャット機能があることで、モニター前の視聴者が一つになって盛り上がれるというのは、客席空間では体験できないことです。客席では、その瞬間の感動やコメントを言葉に出して共有できないので、自分自身の中で消化しなくてはいけないですよね。なので、思考を深めるという点では良いと思うんですが、それを同時的に、より多くの人々と共有できる “配信コンサート” というのは素晴らしいプラットフォームだと思います。

その反面、演奏会の醍醐味というのは、もちろん生の演奏にあることも事実です。演奏家にとっては、舞台上で演奏するという行為自体が、生きている意義そのものなんです。残念ながら、演奏会に限らず、世の中の動きとしては、むしろ距離をとる方向に向かっていますから、人間が生みだす営みを、見て、感じて、一緒に身を投じられる空間の価値や存在というのは、本当に大切なんだ、と改めて実感しています。僕自身、今までは、演奏を通して、こちらから客席のお客様にエネルギーや癒しを与えていきたいと思っていたのですが、むしろ、僕が客席のお客様からパワーをもらっていたんだな、ということに改めて気づかされました。


――そういう意味では、今夏のライブ空間でのリサイタルツアーの実現は本当に喜ばしいことですね。

しかも、一つの空間を通して、『ピアノの森』という共通の世界観があるので、そこに向かって全員で一つになれる。皆さんと一緒に一つの空間で、一つの舞台を創りあげるようなイメージですね。

――では、最後に楽しみにしているファンの皆さんにメッセージを。

まだ困難な状況が続いていますが、音楽は決して不要不急のものではなく、私たち人間の心と精神を健全に保つためにも大切なものだと強く感じています。皆さんと『ピアノの森』の深い世界を一緒に旅して周り、「音楽っていいな」と、どなたにも思って頂けるよう、精一杯努めていきたいと思っていますので、ぜひ会場に足をお運び頂けると嬉しいです。


取材・文=朝岡久美子 撮影=ジョニー寺坂

当記事はSPICEの提供記事です。

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