【細田守インタビュー・後編】ネットの世界があるという前提で強く育ってほしい

7月16日(金)公開の細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』は、10代の少女の悩み、迷い、葛藤、直面する現実を描きつつ前向きで力強い希望を感じさせてくれる、胸躍るエンタテインメント映画だ。
主人公は、全世界から50億人が集うインターネット上の仮想世界インターネット上の仮想世界〈U(ユー)〉に、”もうひとりの自分” として参加することになる女子高校生の内藤鈴(すず)。
内気なすずは〈U〉の歌姫・ベルとなり、誰もが「自分のために歌ってくれている」と感じられるような不思議な歌声で、たちまち世界中の人気者になっていくのだが……。
そんなストーリーと映像に込められた思いを、細田守が語るロングインタビューでお届けしよう。


【画像】『竜とそばかすの姫』場面カット(写真14点)
それでもなお、ネットの世界を肯定的に

ーー主人公の内藤鈴(すず)は「ベル」としてインターネット世界の歌姫になりますが、それは「ネットで夢を叶えた」ということではなくて。逆に困惑し、難しい状況に巻き込まれていきます。

細田 インターネットも「夢の世界です」じゃないっていうことですよね。インターネットの中で歌姫をやるのも生やさしくないですよっていうことだけど、その中で何を勝ちとるかが大事だと思うんです。

——「生やさしくない」と描きながら、それで絶望するのではなくて。「でも、そこで頑張って生きてほしい」という想いが映画全体のトーンになっていますよね。

細田 そう、最終的にはそれでもなお、ネットの世界というものを肯定的に捉えられるような作品にしたいとは思っていました。というのも、『ぼくらのウォーゲーム!』や『サマーウォーズ』でネットを肯定的に描いてきましたが、世界の映画監督の中でもこれだけネットを肯定的に描く監督は僕くらいだと思うんです(笑)。

ーー確かにそうかもしれないですね。

細田 他の人はもっと否定的に、ネットに対するアンチテーゼとして映画を作ることが多いですが、僕はアンチテーゼのように見えて実はそうじゃない地点に、最終的に達したいと思っています。要は、現実世界とインターネット世界のどっちが正しいか、善か悪か、という二項対立にはしたくない。おそらくはどっちも本当の世界で、どっちの世界の自分も ”本当の自分” なんですよね。たとえば、ツイッターやインスタグラムのアカウントごとに、それぞれ性格の違う自分をいくつも持っているのが今でしょう。裏アカとかがあったりね。そんな状況で建前と本音の境界線が本人にすら曖昧になる、なんてこともあるかもしれないけれど。そういうことを肯定できるかどうかというのがカギだと思う。そして、主人公が若い子だとしたら、やはりそこに希望を託したい。そういうことに惑わされないで、インターネットの世界があるという前提で、強く育ってほしいという想いを、今回の映画には込めています。

(C)2021 スタジオ地図

シビアな家族像

ーーもうひとつ、細田監督が描き続けてきた ”家族” というモチーフも、今作では少し違う切り口で描かれていますよね。主人公含め、あまり ”上手くいっていない” 家族が登場します。

細田 思春期の若い子を主人公にしたから、親子の関係ってやはりただじゃ済まないと思うんですよ。昔と比べて昨今は、友達同士みたいな親子関係も多いようですが、でもやっぱり親との葛藤は思春期ならどういう方向性であれ、体験することで。10代の子を描く上では、そういう部分もしっかり引き受けるということですね。若い人が成長していく上での環境としての家族、親というのはどういう形であれ必要なもの。それがたとえ疑似家族であっても、友達みたいな家族であっても、いわゆる「毒親」みたいな親であっても、なにしろ子供や若い人はひとりでは生きていけない。それをエンタテインメントの範囲で描くことも大事だと思います。

——ネットもシビアだけれど、現実も甘くない。

細田 そう、それもまた、ネット社会の変化とは別の部分で僕らが今、直面している問題のひとつじゃないですか。親子関係もやはり生やさしくはないんですよね。そういう中で思春期の女の子を主人公にすると、必然的に現実的な問題に直面しながらどう乗り越えるかということが、求められる。それに、「どう生きるべきか」という問題意識はやはり今の社会では女性のほうが強くもっているから。それはそうですよね。女性の人権問題を改善しようという機運に、今さらというくらい、ようやく世界中がなっているわけだから。女性問題だけじゃなくて、人種的な問題もそうで。これまで ”当然のこと” と思われていたことに対して、しっかり問題として考えましょうという社会の流れがある。新しく若い人に向けて作るアニメーションの中で、そういう流れはやっぱり無視できないと思います。そういうものに今、向き合わなきゃいけないような社会的、世界的な時代の中に僕らはいるということですよ……と、こういうことを言うと「細田の作品は社会派だな」とか言われるけれど(笑)、全然、社会派じゃないですよ。ただ、現状の社会、環境をちゃんと踏まえて描こうとしているに過ぎないっていうことです。要は「エンタテインメントの作品に、そういう現代社会の問題意識は不要だ」っていう人もいるかもしれないけれど、そんな訳ないじゃん、甘い夢ばかり見せるのがアニメなんですか? と言いたくなっちゃうんです。アニメに求められているのが、単なる現実を忘れる道具だとしたら、それはつまらなすぎますよ。アニメにはもっと可能性があるんですから。

ーーそして、そういう世界の中で若い人たちにがんばってほしいと伝えたかった。

細田 今の社会に負けないでほしいという気持ちですよね。この物語を通して(主人公)は強くなります。その姿が、「負けないでほしい」という思いを体現しているんです。

(C)2021 スタジオ地図

CG表現の方向を模索

ーー映像面も今回は、今までの細田作品とは少しテイストが違うと感じました。

細田 それで言うと、たとえば今回は1/3がCGです。その割合は年々加速していて、ひょっとしたらこの『竜とそばかすの姫』を経たら次は、100%に近いくらいCGになるかもしれない。僕は演出家としてCGを積極的に使ってきたほうだと思いますけれど、今回はじめてCGの中でキャラクターに芝居をさせて、感情表現をして、人と人との心のつながりをCG上で表現するということをやっています。これまではもちろん手描きの作画でやっていた部分。そういうデリケートなことはアナログ・手描きでなきゃ表現できないよ、というくらいに思っていたけれど、そうじゃなくて。CGで表現したらどうなるだろうってことに、段階的に挑んでいるんです。前作の『未来のミライ』でもオートバイのシーンをCGで、でも、なるべく手描きの作画に近づける形で作りました。今回はそういうことを経て、〈U〉のシーン全体がCGでできている。それで果たしてちゃんと、キャラクターの気持ちが観ている側に伝わるのかどうかというチャレンジですね。

——どんなことを意識して、CGに挑んでいらっしゃるのでしょうか。

細田 もちろん、日本にだって今までもCG作品はあったし、世界で言えばCG作品のほうがむしろ普通です。でも、今の主流であるディズニー/ピクサー的なシェーディング(注1)だけではない、また違う形のCG表現をいかに突き詰めるかが大事じゃないかなと思います。3年前(2018年度)の米国アカデミー賞の長編アニメーション部門に『未来のミライ』がノミネートされたとき、受賞したのは『スパイダーマン:スパイダーバース』でした。あの作品も、ディズニー的なシェーディングではない文脈で、どちらかというと日本的なセルアニメ的な流れのなかでCG映画を作って、賞賛された。そのことにも刺激されました。実は『スパイダーバース』のスタッフたちが何を観ているかというと『NARUTO-ナルト-』とか観ているんですよ。松本憲生作画(注2)とか観て、あれを作っているんです。そういう意味では、負けてられないというか。ただどうなんだろう、アニメージュ読者はCG映画にどのくらい興味があるかわかりませんけれど。

ーー若いアニメファンは逆に、手描きとCGの違いといったところをそれほど気にしないかもしれないですね。

細田 なるほど、そういえばアイドルもののTVシリーズなんかでも、歌のシーンはほぼCGですからね。スマホゲームとかでもCGで描かれたキャラクターは普通に出てくるし。ただ、そういうCGの使い方とこの映画に違いがあるとすれば、「作業を効率化できるかどうか」でCGを使うのではなく、コンセプト的に使い分けているということです。簡単に言うと、インターネットの世界はCGで描いて、現実の世界は手描きでやっています。
(注1)シェーディング=CG描画の最終段階で、明暗のコントラストで立体感を与える技法。なお、ディズニーやピクサーのスタイルとは異なる、セルアニメ的なスタイルのシェーディング技法は「トゥーンシェーディング」と呼ばれる。
(注2)松本憲生=『NARUTO-ナルト-』などで知られるアニメーターで、スピーディーなアクションやエフェクト作画に定評がある。

(C)2021 スタジオ地図

CGならではの感情表現

ーー今回の映画では、インターネット世界で竜とベルが繊細な感情表現をしますが、キャラクターも含めてすべてCGで表現している。

細田 そうです、つまりインターネットの世界ですから。デジタルの世界をCGで表現するのは、ある意味、当然のこととも言える。でも今まで、それができていなかった。『ぼくらのウォーゲーム!』や『サマーウォーズ』では、舞台はCGで作ったけれど、キャラクターは手描きでやっていました。でも、作品的な積み上げがあってとうとう、キャラクターもCGで表現することが可能になったわけです。

ーーできあがってみての手応えはいかがですか。

細田 大変ですけど、すごく可能性を感じています。手描きの作画ではできない感情表現がCGだと可能という面が、随所にあると思いました。もちろん、その逆もしかりで。やはり手描きでなければ表現できないこともあるなと、作っていくなかで痛感したりもしています。つまり、手描きのセル画のキャラクターとCGキャラター、その質感の ”違い” をあえて無視させない、使い分けることで観客に意識させるという方向で作っているということ。そういうところも注目していただければ、楽しめると思いますよ。

ーー「手描きのような感情表現をCGで再現」ではなく、「CGならではの感情表現」なんですね。

細田 そう、「CGも手描きには負けませんよ」という表現はまだCGのポテンシャルを理解しきれていないと思います。確かに、「手描きに近づける」という方向性は昔から、日本のCGは強いられてきたところがあるんです。でも、だったら手描きで描いた方がよくない(笑)? せっかくCGを使ってドラマ表現をするのなら、もっと手描きにはできないことをやらないと意味がないじゃないかって思います。僕はもともとアニメーターだし、実際に今でも手描きの原画チェックをする、原画に紙をのっけて自分で作画を直す監督だから、作画ではできない表現があるってこともわかるんです。そういうところの表現の幅をCGで広げていかないと、やる意味がないんですよね。

ーーCGでしかできない表現と、手描きならではの表現を組み合わせて、違う世界観を描いていく。

細田 「ならでは」というか、それぞれの持ち味を違うコンセプトで使い分けていくということですね。それは大変なことですが、このステップを乗り越えたらアニメーション表現の新しい可能性がさらに広がっていくと思うので、挑戦していきたいですよね。

(C)2021 スタジオ地図

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

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