平井堅「1995」に描かれるカオスとは?歌詞の意味を考察!

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「緑色の涙」が意味するもの


平井堅のニューアルバム『あなたになりたかった』は、彼のデビュー25周年イヤーを締めくくる、2021年5月12日にリリースされました。

その中から先行配信された『1995』は、平井堅がデビューした1995年について歌われている楽曲です。

日本テレビ系『スッキリ』の5月のテーマソングに起用されたため、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

▲平井 堅 『1995』MUSIC VIDEO

ところで25年前といえば四半世紀も前のこと。平井堅はどんな視線で1995年を振り返ったのか、さっそく歌詞を見ていきましょう。

1995年は、日本の歴史の中でも大きな意味を持つ一年だったと言えるでしょう。

1月に阪神・淡路大震災が発生し、3月にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が勃発。

1995年を表す文字が「震」だったように、世の中を震撼させた2つの衝撃的な事件によって、日本は大きな社会不安に襲われました。



冒頭の「緑色の涙」は、1995年を覆った不安を表しているのかも知れません。

そして、どうして泣きながらも「眠らずに済む」ほど「踊らせて」欲しいのでしょうか。気になる続きを見ていきましょう。

歌詞に描かれた「生と死」を考察


平井堅は「1995年は生と死というものを強く感じた年」だとインタビューで語っています。

1995年は多くの命が奪われた悲しい出来事が起こったと同時に、華やかな話題も多い年でした。

音楽シーンでは、ミスチル、シャ乱Q、ドリカムなどがミリオンヒットを飛ばし、安室奈美恵擁する小室ファミリーが勢力を拡大。



さらに、小沢健二、カヒミ・カリィら渋谷系のアーティストたちがサブカルチャーの花を咲かせます。

ファッションでも、安室奈美恵を真似たコギャル現象が巻き起こり、ハイブランドを愛用するシャネラーたちが街を闊歩。

スポーツでは日本人初のメジャーリーガー野茂英雄が大活躍して日米で人気を集めました。

また、Windows95が発売されインターネットが急速に普及します。

とはいえ、まだ主な情報収集の手段がテレビだった1995年。人々はそんな両極端な2つの世界を、毎日のようにテレビの中で行き来していました。

このフレーズは、生と死のような世界の間で揺れた、1995年の人々の姿を表しているのではないでしょうか。

また、平井堅の誕生日は阪神・淡路大震災が発生した1月17日です。



自分が生まれた日に多くの命が奪われた震災が起こったことで、彼は「生と死」についての複雑な想いを、ずっと心の中に持ち続けているのかも知れません。

1995年へのオマージュを感じる歌詞


『1995』の歌詞には「たれぱんだ」「ミニ四駆」「へそ出しルック」「Windows95」「エアマックス」「ピッチ」という1995年を象徴するキーワードが逆再生でちりばめられています。

それ以外にも、平井堅ならではの遊び心で1995年へのオマージュが織り込まれているのではないでしょうか。

このフレーズの「あのコ」が歌う「夢なんて叶えるものだ」という歌は、1995年にリリースされた安室奈美恵の『Chase the Chance』のことかも知れません。

このフレーズの「ららら」も、1995年にリリースされた大黒摩季の『ら・ら・ら』を意味しているような気がします。

華やかなダンスビートの『Chase the Chance』と、爽やかなロックサウンドの『ら・ら・ら』。

一見真逆のスタイルに見える2曲ですが、1つの共通点があるのではないでしょうか。

それは、歌詞の中にどこか現実の厳しさや切なさを感じること。

大きな事件が立て続けに起こり経済も低迷していた1995年。

人々はそんな現実を忘れようとすると同時に乗り越えようとして、無意識のうちに華やかなものを求めたのかも知れませんね。

デビュー当時の平井堅をフラッシュバック


平井堅は1995年5月13日にファーストシングル『Precious Junk』でデビューしました。

1995年は既にバブルは崩壊していましたが、ファッションやエンターテイメントの世界にはまだバブルの残り香が漂っていたような気がします。



『Precious Junk』も、山口智子らが出演するドラマ『王様のレストラン』の主題歌に起用されたトレンディ感漂う楽曲。

スタイリッシュな衣装を身にまとった平井堅が砂漠で歌うというMVからも、バブルの余韻を感じずにはいられません。

実は、平井堅自身は物欲がなくファッションにも全く無頓着で、ただ「歌手になりたい」という思いだけでデビューを目指していたそうです。

このフレーズからは、予想外に洗練されたイメージで売り出され、無意識のうちに華やかなものを求めたようにも聴こえてきますね。

そして、多くのJ-POPの名曲に彩られながら瞬く間に過ぎていった1995年を、平井堅は思い返していたのかも知れません。

平井堅の「生首」が登場するMVも注目!


こうして振り返ってみると、1995年はバブル崩壊後の混迷を極めた年だったような気がします。

それを一言で言い表せば「カオス(混沌)」ではないでしょうか。

『1995』を作曲をした水曜日のカンパネラのケンモチヒデフミは、インド音楽のようなエキゾチックなサウンドで、その「カオス」が表現しようとしたのかも知れません。

また、スーツ姿の男性がスーパーマーケットで平井堅の生首を思わせるフェイスモデルを抱きしめて歩き回るという狂気すら感じるMVと、その生首を平井堅が小脇に抱えて歌った演出家のavecooによるミュージックステーションでの演出からも「カオス」を感じずにはいられません。

1995年のカオスを感じてみたい方は、ぜひMVもチェックしてみてくださいね。

当記事はUtaTenの提供記事です。

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