嵐・相葉雅紀の運命を変えた2つの病気と1つの負傷

アサジョ


 櫻井翔と広瀬すずによるW主演ドラマ「ネメシス」(日本テレビ系)が4月にスタート。そのかげに隠れていたが、嵐では相葉雅紀も4月にひっそり新企画を始動させていた。「サンデースポーツ」(NHK)で新コーナー「アイバズ」を始めていたのだ。バズっているスポ-ツの現場・アスリートを取材する不定期コーナー。4月4日に放送された初回では、競泳の池江璃花子を直撃した。同局で相葉は16年から「グッと!スポーツ」でMCを務めていたため、その後継といっていい。

相葉といえば、メンバーでいちばんロケが多い。元気満点のイメージが強いが、幼いころは病弱。通院を繰り返し、母は細い身体に点滴が打たれる我が子がいたたまれなかった。

嵐になってからも02年に右肺気胸、11年に左自然肺気胸で緊急入院。医師から「再発する可能性がかなり高い」「激しい運動はできなくなっちゃうかも」と宣告されているため、グループからの脱退を考えた。第二の人生は、地元の千葉県で両親が中華料理店を営んでいることから、料理人になろうかと思案を巡らせた。

病気によって2度も人生の岐路に立ったが、さかのぼることジャニーズ事務所へ入所前にもターニングポイントを迎えていたという。

「バスケットボールが大好きだった相葉は、『愛ラブSMAP!』(テレビ東京系)でSMAPが3on3をやっているのを観て、ジャニーズに入ったらバスケができると思い、中学1年生のときに履歴書を書きました。あとは切手を貼って送るだけというタイミングでスノボに行って足を骨折。全治半年で入院生活を送りました。完治して、中2になって履歴書を送ると、合格したのです」(芸能ライター)

もし入所が1年早ければ、櫻井翔と同期になっていた。二宮和也と松本潤より1年先輩になっていたが、そうであれば嵐に選出されていなかった可能性がある。そもそも相葉は、99年にハワイで嵐の結成記者会見が開かれる直前にジャニー喜多川氏から直接電話があって、「YOU、パスポート持ってる?」と聞かれ、持っていたことで渡米。グループ入りが決まっている。

偶然に偶然が重なり、強運をつかんできた相葉のジャニーズ人生。運を味方に付けたサクセスストーリーでは、メンバーイチかもしれない。

(北村ともこ)

当記事はアサジョの提供記事です。

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