話題作『インク』を劇団俳優座が本邦初演~演出の眞鍋卓嗣、出演の志村史人・千賀功嗣に聞く

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劇団俳優座は、英米で高い評価を得た『インク』(作:ジェイムズ・グレアム 翻訳:小田島恒志)を2021年6月11日(金)~27日(日)、劇団俳優座5階稽古場にて上演する。1969年のロンドンを舞台に、新聞の発行部数をめぐる熾烈な闘いを描く。部数低迷にあえぐ日刊紙『ザ・サン』を買収したルパート・マードックは、ラリー・ラムを新編集長に据えて、大衆のための大衆紙作りを試みる。ふたりには英国で最大部数を誇る『ザ・ミラー』に追いつき、追い越したいという野望があったーー。本邦初演となる今作の演出を手掛けるのは、紀伊国屋演劇賞・読売演劇大賞優秀演出家賞W受賞の眞鍋卓嗣。編集長ラム役の志村史人、社主マードック役の千賀功嗣にも同席を乞い、御三方に話を聞くことができた。

■英国で評判だった新聞業界の内幕物


──『インク』を上演することになったきっかけについて教えてください。どなたの企画ですか?

眞鍋 俳優座に出したのは、ぼくです。『インク』はイギリスで評判になってました。

──初演は2017年6月、アルメイダ劇場ですね。その年の9月にはウエストエンド、2019年4月にはブロードウェイでも上演されました。

眞鍋 2019年にニック・ペインの『インコグニート』をやったんですけど、その流れでイギリスの現代作品をやろうと考えていて、そのなかのひとつで、向こうで上演されている『インク』の噂を聞いて、それでやろうという気になりました。

──『インク』はイギリスの新聞業界を描いた内幕物です。日本でも、今年に入って朝日新聞と東京スポーツが100人以上の希望退職者を募っていました。そのように新聞というメディアをとりまく環境が劇的に変わりつつあります。でも、それは現在の話で、企画が出されたのは、もっと前ですね。

眞鍋 そうですね。『インコグニート』は何年もかけて、企画をあげてたんですが、これは一昨年ぐらいかな。

──企業の内幕物と言えば、たとえば、ナショナル・シアター・ライブでも上映された、リーマン・ブラザーズの創立から破産までを描いた『リーマン・トリロジー』も話題になりましたが、『インク』もそれに負けないくらいパワフルな話だと思います。

■破天荒なメディア王マードック


──『ザ・サン』の社主であるルパート・マードックは、とてつもなく破格な人物だと思うんですが、台本を読まれて、どんな感じでしたか。

千賀 第一印象は常人(ひと)離れというか、異質というか、ちょっとちがう人だなと思って。実際に自分がルパート・マードックを演じることがわかってからですが、いろいろ調べて、まず思ったのは、別次元の人、まわりになかなかいない人だと感じました。

──そういった人物に、どのようにアプローチしようと考えていますか。

千賀 アプローチの仕方としては、経営者として相手を言葉でどう動かしていくかにすごくヒントがあって、会社の社長さんの文献を読んだりとか、パナソニックの松下幸之助さんの経営理念を調べたりとか。

帝王学じゃないですけど、本田宗一郎さんの本から、人をどうやって動かすかとか、そういったことを学んでます。マードックのやりかたは台本に書いてあるんで……もちろん書かれてないところもたくさんあると思うんですけれども……テーマとしては志村さん演じるラリー・ラムを、どう動かして、いかに会社を大きくしていくかというところですかね。まだ、それしか言えないんですけど。

──マードックの特色として、かなり汚い言葉を平気で使うところがありますが、ふだん言い慣れないから難しいかなと。

千賀 お芝居で下品なことをやったりするのは、いままでなかったんですけど、そういう怒りというか表現は、なかなか日常生活ではできないので……。

──舞台ならではという感じですね。

千賀 というところで、楽しみながらやりたいなと思っています。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)稽古場風景。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)稽古場風景。

■大衆紙『ザ・サン』の編集長ラリー・ラム


──では、そのマードックにヘッドハンティングされて、すごく短期間で『ザ・サン』を新たに立ちあげる編集長ラリー・ラムについて、台本を読まれてどうでしたか。

志村 細かいシーンが次から次へと移り変わるお芝居で、どんどん引き込まれる感じになっている。最初はサクセスストーリーのように進んでいくんですが、だんだん展開するにつれて影が見えてくるというか、後味の悪さみたいなものが、ラリー・ラムの役を追いかけて読んでいると見えてきたりして、単なる成功体験のサクセスストーリーではないところが、この台本の興味深いところというか、見どころなんだと思います。

──新たにスタッフを集めるリクルートから始まり、観客へのサービスも兼ねて、新聞が作られる工程を部署別に説明していくのが「PAGE ONE」。そして、『ザ・サン』が創刊されるところで終わる。「PAGE TWO」は、『ザ・サン』と『ザ・ミラー』との部数競争の闘いが切っておとされ、おたがいにしのぎを削りあう。「PAGE THREE」では、その勝負の勝敗が明らかになる。たった1年間を密度濃く描いている作品ですが、気に入った台詞はありますか。

志村 今回、WHY「なぜ」というのが、たぶん大きなキーワードに。

──報道に重要なWから始まる5つの単語で、5番目に挙げられている言葉ですね。

志村 それがキーワード。かつてはいちばん重要だと思われていたWHY「なぜ」から、「次はどうなるのか」に変わったという台詞が印象的です。

■ポピュリズムはどのように台頭したか


──ラリー・ラムは、その理由を「『なぜ』そういうことが起こったのか。いったんわかってしまうと、話はそれで終わり」と言っています。「答えを問うべきは、『なぜ』じゃなくて……『次はどうなるのか』」。それがみんなが知りたいことで、そこに欲望の行方もある。そこを探り当てて記事にすることが、購読者増加につながるとラリー・ラムは考えた。そして、マードックはそれを過激かつ通俗的に実行させた。そのために、やがて現実との間に歪みが生まれて事件が起きてしまう。

眞鍋 WHY「なぜ」を失くしたことによって、ジャーナリスムの問題点が起きているんです。そもそもラムはジャーナリストだったから、5Wを知っていて、ずっと基準にしていた。しかし、いつからか、「なぜ」はない方がいいと考えるようになった。その方が大衆の気持ちに寄ることができる。「なぜ」がないから、「次はどうなるのか」というストーリーだけに大衆は関心を持ってしまう。大衆はそういうものが好きなんだと、どこかで割りきったんですね。そのようにしてポピュリズムみたいな動きが出てきてしまう。

『インク』はある時代のジャーナリズムの話ですが、つい最近、イギリスはEU離脱の問題がありましたよね。ブレクジットがあったからこそ、この芝居を上演しようと思いました。ポピュリズムという大衆迎合主義が、いま世界中で台頭している。日本も同じようになってきたので、その構造をイギリスを例に紹介したいと思って。

──『インク』には、マードックがテレビに出演している場面がありましたが、日本の場合だと、大阪府の知事が毎日のようにテレビに出ていることと重なるのかなと。これはポピュリズムとも関係があるし、そんなふうに舞台を見た方が、いまに引きつけて見ることができるような気がします。

眞鍋 イギリスではEU離脱の国民投票があり、日本でも憲法改正の国民投票が眼前に迫っている問題なのかなと思ったりします。国民投票に持ち込まれたら、わからない。EUもまさか離脱することになるとは思ってなかったのに。

あと、聞いた話では、ひとつのテーマでちゃんと国民で議論しなければいけないのに、ブレクジットに反対する人のスキャンダルに反応して、一気に感情が傾いたりする。そういうことが起こりうる。そういうものに持ち込もうとしている人たちがいることが恐ろしいなと。それは民主主義につきまとう影みたいなもので、すごく気をつけなきゃいけないと思うんです。『インク』はそういうことも描いている気がして、いま上演したいと思いました。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)稽古場風景。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)稽古場風景。

■翻訳劇の難しさ


──『インク』はどの登場人物もよくしゃべります。台詞が長いから、覚えるのが大変ですよね。

千賀 いまはもう、詰め込んでる真っ最中で(笑)。

──小田島恒志さんの訳は、一度聞いたら頭に入るようにわかりやすい。

眞鍋 本当ですね。

──観客にも伝わりやすい気がします。ただ、台詞をどこで切るとか、ひと呼吸入れるかというのは、1行ずつ眞鍋さんと俳優が話し合うしかないんで、そういった作業も大変だと思いますけど……。

千賀 翻訳劇の場合、日本語にするときに、台詞の順番があっちへ行ったり、こっちへ行ったりしますよね。長いし、ひとつ言い切ったあとで、さらに付け加えられることがあったり。そこがいつも苦労するところですけど。

──翻訳物を演じるときに、台詞以外で苦労されることはどんなことですか。

志村 『インク』に限らず、翻訳物は文化もちがうし、育ちもちがうので、相手に対するコミュニケーションのとりかたもちがってきます。手ぶりとか身ぶりも、もちろん出てくる。日本の場合は、そういうことをやらないで、感じてもらったり、察してもらうことの方が多い。『インコグニート』やサム・シェパードの『心の嘘』のように、相手をどう動かすかということに集中するのは、何度やってもなじめないんですけど(笑)。でも、毎回意識してやり、そういう方向に持っていくようにしています。

──千賀さんはどうですか。

千賀 自分の感情を伝えたいときや、相手の何かを引き出すところで、動きを効果的に使いたいと思って、いま探っているところです。それは演出家を含め、相手役と稽古を積み重ねてやっていこうと思っているんですけど。

◼︎観に来てくださるお客さまに


──観に来てくださる観客に、ひとことずつ言葉をいただけますか。

千賀 うちの劇団では、いままでにない作品だと思うんで、そういう意味でも楽しんでいただきたいと思います。いまはデジタル化で、なんでも携帯やパソコンに入れる時代なので、新聞もCDもなかなか売れなくなっています。でも、新聞がどういうふうに作られているのか。大勢の人が動いて、これだけの努力があって、やっとひとつのものができあがる過程を、若い世代の人たちにぜひ見ていただきたいと思っています。

──メディアとしての新聞の現実の姿。発行停止に陥りかけていた新聞を、マードックが安く買いとって、「再生」させてゆく。でも、売るためのやりかたを選ばないことから、新たな問題が起きてきます。

志村 だいたい言われてしまったんですが、ラリー・ラムの台詞のなかに「ページを繰るごとに読む者の眠気を誘うのではなく、横っ面をひっぱたくような、ドキドキわくわくするニュース記事」というのがあるんですけど、見てるお客さんの眠気を誘うのではなく、横っ面をひっぱたくような、ドキドキわくわくさせるようなスリリングな作品を創っていきたいと思っています。

──そういう意味では、いい刺激がもらえそうですね。

志村 コロナ禍で、みんなリモートもやり尽くして、最近、路上で飲む人も出てきているようですが、やっぱり、人と人とが会うということに戻ってくるのかなと。本当はいけないんだけど、そういう時期になってきてると思うので、上演がかなって、ちゃんとみなさんに来ていただけるような状態になったなら、実際の舞台を目の当たりにして楽しんでもらえたらなと思います。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)のチラシ。
俳優座公演『インク』(ジェイムズ・グレアム作、眞鍋卓嗣演出)のチラシ。

取材・文/野中広樹

当記事はSPICEの提供記事です。

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