嵐のラブソングで知った「恋の手ざわり」



その少年は、いつもそこにいた。

駅の改札を出てすぐの、白い壁。彼は旅行代理店のポスターの横で、両手をポケットに突っ込んで立っていた。中学の野球部のエースだった少年だ。物静かで、どこか怒っているようで、騒がしい女子が何より苦手そうな、寡黙な男の子。

彼は友達の恋人で、初めて私に“恋の手ざわり”を教えてくれた人だった。

■『君は少しも悪くない』に重なる彼の姿

『君は少しも悪くない』を聴くと、いつも彼を思い出す。

嵐のラブソングは、ピュアな初恋から永遠の愛を誓うものまで、レパートリーが幅広い。そんな中、セカンドアルバム『HERE WE GO!』に収められた『君は少しも悪くない』は、甘いささくれのようにぴりりと胸に引っかかる、私にとって忘れ得ぬ一曲だ。

“君はもう キスの最中でも

着信を待つことをやめない

誰なのって訊けないまま

僕の恋はねじれてく”

胸がつぶれそうなほど切ない歌詞。心ここにあらずの彼女を責めることもできず、他の男性と愛し合うさまを思っては悶え苦しむ。哀しい少年の姿に、くだんの彼が重なる。

彼の恋人・トモは、どこかミステリアスな美少女で、私の同級生だった。進学で高校が離れてしまった彼は、駅で毎日彼女を待っていた。雨の日も風の日も、忠実な兵士のように彼はそこにいた。

高校にもだいぶ慣れたある日。放課後、私はトモを買い物に誘った。

最近、よく2年生の教室にいる彼女と過ごすのは、久しぶりのことだった。私たちははしゃぎながら電車に乗って、いつもの駅で降りた。軽やかに改札を抜けると、目の前に“彼”が立っていた。

「えっ、今日も約束してたの!? ごめん、ならまた今度でいいから」。私は彼を見て、激しくうろたえた。

「いいのいいの。ちょっと待ってて」。トモは涼しい顔で彼に近づくと、二言三言何か話した。彼は顔も上げずにうなずくと、腕を組んで目を閉じてしまった。

「さ、行こ?」トモが振り返って私を呼んだ。

私はひどくうしろめたい気持ちで彼の横をすり抜け、もう歩き出している彼女の後を追った。自分がヤボの塊のようで恥ずかしく、変な汗がつーっと流れた。

楽しみにしていたショップに着いても、なんだか気が気ではなかった。一刻も早くトモを返さなきゃ。じゃないと、彼は眠ったまま石にでもなっちゃいそう……。そんな気がして焦った。

本当はトモが持っているような少し大人っぽいポーチが欲しかったけど、もうこの際なんでもよかった。私は手近にあったスヌーピーのポーチをつかむと、「これかわいい! これにするね」と言ってレジに向かおうとした。

それなのにトモときたら「もっとゆっくり選ぼうよ。ほら、あっちの方が良くない?」とか言って、私を店奥に引っ張っていく。

「このパープルの、きれいじゃない? こっちの、ピンクのもいいね」。私はうれししいような悲しいような、マーブルケーキみたいな気持ちになって、トモの見立ててくれたポーチを眺めた。

■恋はひりひりした匂いがする

結局、買い物をして、そのあとサーティワンでアイスまで食べて、駅に戻ったのは45分も後だった。

「ごめんね、すっかり遅くなっちゃった。彼、怒ってないかな?」

「ヘーキヘーキ。いつも、待ってなくていいって言うのにいるんだもん」

トモが声を掛けると、彼は「せっかく寝てたのに起こされた」みたいな顔をして彼女を見た。

「じゃ、明日また学校でね」。私は逃げるようにして二人から離れた。出口に向かう階段をパタパタと降りかけ、ふと振り向いてぎょっとした。

彼が、きらきらした陽だまりみたいな顔で笑っていた。こんがりやけた頬が、パンケーキみたいにくっ! と盛り上がっている。トモが何か言ったのか、シロップをかけたバターみたいな笑みが、みるみる彼の頬に広がっていく。さっきまで冷たい木彫りの人形みたいだったのに。変なの。変なの!

“甘えられると

からだはおろかで

優しく抱くよ

神様 ためさないで(oh baby that we)”

「……でね、いつもじっと待ってて、今日だってあんなに待たされたのに、すっごいうれしそうに笑ってたんだよ」。

カントリーマアムをかじりながら彼とトモのことを話すと、母はささみのフライを揚げる手を止めて「彼はね、恋をしているのよ」と言った。

「恋……?」

そうなの? そういう感じ? もっとウキウキとかふわふわとか、そっち系の形容詞が似合うもんじゃないの、恋って。だってあの彼からは、喜びと怒りがないまぜになったひりひりした匂いがする。圧倒的に不利なジェンガをやらされてる人みたいな、やるせない匂いが。

彼が必死に崩れないよう守ってるのに、トモは乱暴にブロックを抜いちゃいそう。ジェンガが倒れそうになっても、彼、何も言えないんじゃないのかな? 大丈夫かな。ご飯食べられてるかな? 眠れているのかな?

“愛してるのに 愛されてない

よくある話しなのに

食欲がない 眠くならない

君はたぶん少しも悪くない”

あのころ。アニメとマンガと甘いお菓子のことしか頭になかった私には、苦しくても抗えない“恋のままならなさ”なんて分かるはずもなかった。

ただ、何か言いようのない怖さを感じたのは、いずれ自分も恋の痛みを知る時がくるだろうと、予感していたからかもしれない。

■嵐のラブソングは穏やかな答え合わせ

昨日も一昨日も、彼は駅にいた。この頃トモは、バスケ部の先輩と仲良くしている。視聴覚室に資料を返しに行く途中、ばったり彼女と行き合った。

「トモ! 昨日ね、トモの彼見たよ。いつものとこにいた」。そう言うと、トモはちょっと困ったように笑って「もう、彼じゃないの」と言った。

「え?」

トモは「またね」と手を振ると、先輩の教室の方に消えていった。

モウ カレジャナイノ――。

だけど、やっぱり彼はそこにいた。彼を見たとたん、私の胸に言い訳みたいなものがうずまいた。あのね。トモは、先輩のとこに行ってるの。バスケ部の、かっこよくて面白い先輩なんだって。ええと、なので、たぶん今日は……。

瞬間。ふと顔を上げた彼と、目が合った。

大丈夫。どうせいつものあいつの気まぐれ。だから、そんな目で見ないでくれ――。

そう言う声が、聞こえた気がした。

それからも、いつも彼はそこにいた。その姿がついに見えなくなったのは、いつの頃だったのか。ようやく私も恋らしい恋をし始めて、自分のことでいっぱいいっぱいだったから、人のことどころじゃなかったのだと思う。ふと思い出した時には、もう彼は現れなくなっていた。

おとなになって『君は少しも悪くない』を聴いて、「あの時彼が苛まれていたのはこれだったんだ」と、腑に落ちて胸がうずいた。いくつか恋して、涙することもあって、自分をめためたにした張本人を“悪くない”とかばいたい気持ちがあることも知った。やわくてかたい、恋の手ざわりも。

嵐が歌うラブソングは、私にとって穏やかな答え合わせのよう。少女の頃解けなかった愛の秘密を、つまびらかにしてくれる。5人の歌声は、散らかっていた思いをすっとならしてくれる魔法の声。

あの彼も、少年の日を懐かしく思い返せる紳士になっているだろうか。

男性を振り回しても愛される“君”のような女性には、なれなかったけれど今も少し憧れている。

(文:みきーる、イラスト:オザキエミ)

当記事はマイナビウーマンの提供記事です。

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