EV車普及で”トヨタの労働者は失職する説”は本当か?水素に賭ける狙いとは

日刊SPA!

―[あの企業の意外なミライ]―

◆トヨタの水素自動車が完走

5月23日、一つのレースに自動車関係者から注目が集まりました。トヨタ自動車が自社開発中の水素エンジン車で「24時間耐久レース(通称、24耐)」を完走したのです。

クルマ好きとして知られる「モリゾウ」のニックネームで知られる豊田章男社長もドライバーとしてこのレースに参戦しました。

社長自らレースに参加するなど世界企業の社長のリスク管理上あり得ないと言われるのが一般的です。が、世界各国のモーターショーでは他社のブースにも足を運び、自身も長年ドライバーとしてレースに参加していた豊田社長は”例外”的な存在です。

トヨタによると、水素のみを燃料にしてレースを走ったのは世界初。今、環境保護の観点から電気自動車(EV)化が盛んに叫ばれていますが、同様に注目が集まる水素自動車に対する知見を持っている人はそう多くないのではないでしょうか。

ちなみに、あの電気自動車の大手メーカー・テスラの創業者イーロン・マスクは現在EVでの普及を狙っており、水素自動車には真っ向から反対のスタンスです。

では、トヨタはなぜここにきて「水素」で勝負しようとしているのか。そこには、モリゾウ氏がクルマを愛するが故の深い深い理由があったのです。

私、馬渕磨理子がギアを5速にして背景を一気に説明していきましょう。

◆理科の実験のアレとは違う。今度の水素自動車はこれが新しい

トヨタが耐久レースでの完走を水素で成し得たことは、裾野が広い自動車産業にとって、大きな意味合いを持ちます。二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量が同じで、実質的に二酸化炭素を排出しないことを意味するカーボンニュートラル車を量産できる可能性が出てきたからです。

「必ずしも、EVが全てではない」というのが今のトヨタの考えなのです。

実は、すでにトヨタは水素自動車を販売しています。水素燃料電池車のミライ(MIRAI)がそれです。

が、今回の耐久レースで活躍した水素エンジン車とミライは、原理が全く違うものです。ミライの燃料電池は、理科の実験を思い出せばわかりやすいです。

水素と空気中の酸素を化合することで水と電気を生み出し、その電力でモーターを駆動するというものです。簡単に言えば、水素を燃料にした「電気自動車」なのです。

一方、今回注目が集まる水素エンジン自動車は仕組みが違います。

水素を、「ガソリンのように燃やす」自動車なのです。つまり、電気自動車ではなく、「エンジン車」なのです。いままでのガソリンスタンドで入れていた石油が水素に代わったのが新しいトヨタの水素エンジン自動車ということですね。

ということは、今回の水素エンジン車は、エンジンの技術を残しながらカーボンニュートラルを実現することで、これまでの雇用を守ることができるのです。豊田社長は会見で「すべてがEVになれば、100万人の雇用がなくなる」と話しています。

その未来に対する危惧がトヨタにはあるのでしょう。カーボンニュートラルを実現しながら、雇用を守りたい。その想いが今回のレース出場、そして水素エンジン車に力を入れる理由なのです。

◆本当に水素エンジン車は普及するのか?

とはいえ、トヨタは水素エンジン車のみに一点集中しているわけではありません。

現在、「EV(電気自動車)」、「FCV(燃料電池車)」、「HV(ハイブリッド車)」、「P(プラグイン)HV」の4つの電動化技術を進めているトヨタ。どれが選ばれるかは、それぞれの国の事情やユーザーによります。現在のトヨタは、勝敗が決まるまでリスク分散して技術開発しているのです。

そんな中、先ほど説明したミライに代表される水素燃料電池車は今後どれほど普及させることができるでしょうか(理科の実験の方ですね!)。実は、意外といけるんじゃない?というのは筆者の見解です。

今、トラックなどの商用車では水素に商機があります。ヨーロッパでは、商用トラックではEVか水素かでメーカーごとに見解の差があり、必ずしも全面的にEVを使っていこうというわけではないからです。

中国も同様です。中国政府は現在、水素燃料電池車の市場拡大を急いでおり、トヨタはこのマーケットを取るために、中国にも進出しています。

とはいえ、世間ではやはりEV自動車が普及するイメージが強いのではないでしょうか。街中でも最近テスラのモデル3を見かけることが増えてきました。

しかし、EVには課題が多いです。最大の弱点は、バッテリーのコストが高いこと。さらに、充電に時間がかかり、水素自動車に比べて航続可能距離が短いことも弱点として挙げられます。

電気は貯めておくことが難しいですが、水素は貯蓄し、液化して運ぶこともできます。つまり、水素燃料電池車の方が使い勝手がよいのです。

さらに、水素燃料電池車は走行時に水しか排出しないため、「究極のエコカー」なのです。すると、ここで大きな疑問が生まれないでしょうか。なんで、これまで水素自動車は普及しなかったの?

◆水素は魅力的。なぜ今まで普及しなかったのか?意外な理由

先に答えを言いましょう。

それは水素の供給インフラ面に課題があったからです。現在でも、水素ステーションの数は少なく、全国で135カ所しかありません。一都道府県あたりで計算すると3箇所もないのです。ガソリンスタンドの数を想像すれば、これがいかに少ないかわかりますよね。

現在、日本政府はカーボンニュートラルに一気に舵を切り、2025年までに320カ所、2030年までに900カ所の水素ステーションの整備を目標としています。

ただ、EV用の公共充電器の数はすでに約3万基と、水素ステーションに比べて圧倒的に差をつけられています。この数を埋めるのはなかなか大変でしょう。

さらに、車両価格の課題もあります。

トヨタの水素燃料電池車ミライは税込み710万円から。国の補助金を使えば実費負担は570万円からとなりますが、これではまだまだ一般的に手が届きにくい価格。

この点は、量産化されることで徐々に解決していくかもしれません。

◆水素自動車普及の鍵は”仲間作り”

こうした課題を抱えつつも、水素自動車が普及していくとすれば、どのようなルートがあるでしょうか。それは、仲間を増やすこと。

自動車メーカーに限らず、どの企業もこれからはいかに二酸化炭素を排出しないカーボンニュートラルを実現できるかが焦点になってきます。そこで、トヨタの水素燃料電池技術を、他社でも使えるようにすることにトヨタが動けばよいのです。

ここまで、トヨタは小型トラックや大型トラック、バスを手掛けてきました。

今後は、鉄道、船舶など豊富な用途に適用すされることで、仲間とともに「水素社会」を作っていくシナリオが考えられます。ちなみに、レクサスは船も作っているので、決して非現実的なシナリオではないと筆者は考えます。

また、この手の話になると一貫して「今後、どんな新車を開発すればよいか」という話になります。しかし、そもそも世の中にはすでにたくさんの中古車が溢れています。

この中古車にも豊田社長は注目しており、「保有のクルマについても目を向けるべきでないか。クルマ社会全体でカーボンニュートラルを実現する手段を作っていくべきだ」と語っています。

かつて、「21世紀に間に合いました」のコピーで話題となった世界初のハイブリット自動車プリウスを発表したトヨタ。それから各自動車メーカーがハイブリット車を開発したのは説明不要でしょう。今や、あのポルシェも電気自動車を発売する時代です(タイカン)。

これからは、「22世紀に間に合う」新たなエコカーをトヨタが牽引して生み出す可能性は大きいと言えるでしょう。

<文/馬渕磨理子>

―[あの企業の意外なミライ]―

【馬渕磨理子】

経済アナリスト/認定テクニカルアナリスト、(株)フィスコ企業リサーチレポーター。日本株の個別銘柄を各メディアで執筆。また、ベンチャー企業の(株)日本クラウドキャピタルでマーケティングを行う。Twitter@marikomabuchi

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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