囲碁劇『点転』で初の関東公演を実施する「階」の久野那美に聞く~「囲碁の世界は、私の創りたい演劇とよく似ているんです」

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山の中のビアガーデンや、元は港だった公園など、リアルとファンタジーの境界線上のような場所で、謎めいた普通の人たちが、詩的な日常会話を交わしていく。風変わりだけど心地いい、そんな群像劇をマイペースで作り続けてきたのが、大阪在住の劇作家・演出家の久野那美が代表を務める「」だ。作品ごとに「○○の階」と名付けたユニットを結成し、公演が終わると解散する。現在は、2017年に上演した『・・・(てんてんてん)』を改訂した『点転』を上演する「点々の階」名義で活動中だ。

その『点転』で、活動24年目にして初めて、首都圏での公演を実施。会場が[東武動物公園]のすぐ近くにあり、建築のユニークさでも知られている、埼玉のコミュニティスペース[コミュニティセンター進修館]というのも、いろんな意味で「階」らしいチョイスだ。作・演出の久野に、囲碁をテーマにした『点転』の内容と、観劇のポイントなどについて聞いてきた。

同じく盤上の競技である将棋に比べると、それを題材にした物語はあまりにも少ない「囲碁」。演劇でも、囲碁の世界を描いた作品は、他にはちょっと思いつかないぐらいだが、久野が囲碁劇を作るきっかけになったのは「Twitterでゴーヤの育て方を聞いたこと」という、のっけから予想外の答が返ってきた。

14年ぐらい、演劇に関わっていない時期があったんですけど、その時にガーデニングをやっていました。いろいろ育てる中で、ゴーヤがどうしても上手く育たなくて、Twitterにそれを書き込んだら、すごく親切にアドバイスをくださる方がいて。その人が囲碁教室の先生だったので、気づいたら囲碁関係の人たちとどんどんつながっていました。

演劇を再開してから、稽古の様子をTwitterに書きこんだら、囲碁人の皆さんはすごく好奇心旺盛で、演劇にも興味を持って下さり、いろいろ質問されるようになって。私の方も、囲碁のことを教えてもらったり、イベントに誘ってもらったりするようになったんですけど、皆さん同じことを言うんです。『演劇をやってるなら、囲碁劇を作ってほしい』と。

『点転』のベースとなった、点の階『・・・』(2017年)より。 [撮影]beni taeko
『点転』のベースとなった、点の階『・・・』(2017年)より。 [撮影]beni taeko

というのも囲碁がテーマの作品って、『ヒカルの碁』(漫画)は有名ですけど、とても少ないらしいんです。そして囲碁人の皆様は、演劇人が『演劇を広めたい』というのと同じように『囲碁を広めたい』という意識がすごく強い。囲碁を教えてもらって、囲碁は“私が創りたい演劇”とすごく似ていると感じたので、それをよりはっきりさせた作品を創ってみようと考えました」。

その「私が創りたい演劇との類似点」について、久野はこう語る。

私が演劇で創りたいのは“関係”そのものであって、個じゃないんですね。登場人物や場所に、私はどうしても固有名詞を使えないんですが、囲碁の碁石も将棋などの駒と違って、名前がないんです。石そのものには個性がない。最初に(盤上に)置く石はどれでもいいし、どこに置いてもいい。でも相手の石が盤のどこかに置かれた瞬間、石に個性と能力が生まれて、そこがどんな場所で、石がどんなポジションにいるのかが決まるわけです。そして対局が進むにつれて、置かれたすべての石に物語ができ、他の石が増えるたびに、刻々と変化していく。

もしかしたら囲碁の物語が少ないのは、絶対的な中心がなくて、すべてが関係性で成り立っている囲碁の世界観と、主人公を中心に展開する物語の世界観とは、折り合いが難しいからかもしれないですね。でも、相対的な関係性で成り立っている囲碁の世界は、私にとってはものすごく“演劇的”なんです」。

とはいえ「囲碁を劇にする」というと、まず『ヒカルの碁』のように、囲碁の棋士たちのドラマを描くのが定石だろう。しかし久野は、囲碁をモデルにした「点転」という新しい競技を創作し、しかも「一人の作家が考え出した架空のゲームが、現実の競技となってしまう」という背景を盛り込み、多重構造的な「囲碁劇」を作り上げた。

ふるい知人の葬儀に出席した小説家。彼はそこで、自分が以前小説に書いた「点転」というゲームが、その知人の手で現実の競技となり、世界大会が行われるほど多数の愛好家がいる事実を知る。二者が何もない空間に「点」を打ち込み、自分の領域をいかに広げるかを競う「点転」。しかし彼の書いた小説が小説ではなく「指南書」扱いとなっていたことで、不穏な空気が生まれてしまう……。

点々の階『点転』2021年2月の大阪公演より。 [撮影]beni taeko
点々の階『点転』2021年2月の大阪公演より。 [撮影]beni taeko

囲碁があまり上手くならない私が(笑)、囲碁をそのまま題材にするのはおこがましい気がしたので、私が“囲碁的”と考える要素をフィーチャーした、架空の競技の話にしました。それは私にとっては”演劇的”要素でもあるので、<囲碁っぽい構造の劇の中で、囲碁っぽい競技が描かれている、囲碁っぽい演劇作品>になりました。劇中には、囲碁も対局シーンも出てきません。でもありがたいことに、囲碁好きな方は『これは結構、囲碁だよ』と言ってくださって。『こんなの囲碁じゃない!』という怒りの声は、幸い今のところはまだないです」。

また再演に際しては、点転をめぐって対立する小説家と若手棋士の関係だけでなく、初演では匂わす程度にしか語られなかった、小説家のもう一つの作品……「ピンポイントの読者にしか届かないSF小説」をめぐる物語が、同じぐらいのボリュームで描かれている。これによって、久野にとって囲碁の最大の魅力だという「相対性」が、より際立つ世界となった。

たった一人にピンポイントで感動されるって、作家としては嬉しいことですけど、そういう作品って一般的には評価されないですよね(笑)。読者を数として認識できないから。でもその知人は、小説家の作品を『この人になら絶対届く』と思った人たちに、ピンポイントに配布しました。そして、小説家がその読者の存在を数として認識できる、普通はあり得ない仕掛けを作った。

見た目は滑稽ですけど、その仕掛けに私は壮大な愛を感じます。『誰もが最後だと思っても、まだその先の手を打ってくる棋士だった』と劇中で語られている、その知人の視点からこの劇を見ると、彼女が人生を終えたその先に打った、最後の一手の物語でもあるんです」。

今回が、初の首都圏での公演。初めての場所は不安も多いだろうが、何と「関西棋院」に続いて「日本棋院」も後援に付き、いろいろバックアップするという、頼もしい状況になっている。
点々の階『点転』埼玉公演の会場[コミュニティセンター進修館]での稽古風景。
点々の階『点転』埼玉公演の会場[コミュニティセンター進修館]での稽古風景。

現地での公開稽古に、SNSなどの告知を見て、東京の囲碁ファンの方が何人か来てくださりました。『確かに囲碁も対局も出てこないけど、見たら無性に囲碁をやりたくなる劇。ぜひ囲碁人に見てもらいたい』と、その後チラシ配布や宣伝に協力して下さっています。囲碁人の皆様は、フットワークが軽くてすごいです。さすが、2時間で世界を組み立てる人のスピード感は違う。今回は日本棋院様のご協力で、来場者の方に紙製のミニ囲碁セットを配布できることになりました。先着順なので、早めにチケット申し込んで、ぜひ入手してください。

京都の囲碁サロンの方が『久野さんの劇は一度目はよくわからなかったけど、独特のルールの波に乗れたらいろいろ見えてくるようになった』とブログに書いてくださったんです。関西ではそのルール? に慣れて観てくださるお客様が、増えてきたと思います。でも今回は、初めてのお客様がほとんどだと思うので、もしかしたら全員から『まったくわからない』と言われるかもしれません(笑)」。

また「階」の芝居で毎回共通しているのは、登場人物それぞれが主人公の物語を、同じ空間で同時に見せるということだ。

登場人物の誰かに興味がわいたら、その人の視点の物語を見ていただけると思います。小説家と若手棋士の会話が多いので、この二人のどちらかの視点で見るとわかりやすいかもしれないです。どちらの視点で観るかで、見えるものはきっと違う。そして他にも別の事情を抱えた3人の登場人物がいるので、彼らの視点で見ると、また違うものが見えてくると思います。なので、ぜひ、2回以上ご覧になることをおすすめしたいです」。
点々の階『点転』公演チラシ。※5月14日の公演は中止。
点々の階『点転』公演チラシ。※5月14日の公演は中止。

2月に行われた大阪公演では、公演会場の上階アパートから、水道管の水音が不定期に響くため、その水音を使って効果音を作成し、建物にも劇世界に参加してもらった……と、繊細な言葉で紡がれる脚本からは考えられないような、豪胆な演出を見せた久野。埼玉でもまた[コミュニティセンター進修館]の美点も欠点もすべて利用して、初の関東公演とは思えないほど気負いのない、ファンタジックなのに妙にリアルな感触が残る世界を見せてくれることだろう。

取材・文=吉永美和子

当記事はSPICEの提供記事です。

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