川嶋あい×藤巻亮太、対話を重ねて紡ぎ上げたコラボ曲に込めた“伝えたい想い”とは

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それぞれソロシンガーとして、確固たる人気を築いている川嶋あいさんと、藤巻亮太さん。

そんなお二人が、3月12日にコラボ楽曲「どうにか今日まで生きてきた feat. 藤巻亮太」をデジタルリリースされました。

一昨年、藤巻さんがナビゲーターをつとめていたFM番組に川嶋さんがゲストとして出演。その際に “音楽にできる社会貢献”について語り合ったことが今回のコラボレーションのきっかけとなりました。

それから約2年の時を経て、実現した今回のコラボ。これまで聴く人を勇気づける楽曲を世に届けてきたお二人が、コロナ禍で揺れ動く状況の中、音楽を通して伝えたかったこととはーー?

今回は、そんなお二人に出会いから、楽曲のこと、そしてお互いに抱く印象などを語っていただきました。



ーーコラボ楽曲のリリースおめでとうございます!早速ですが、お二人の出会いを聞かせていただけますか?

川嶋あいさん(以下、川嶋):2019年にラジオのゲスト出演でお会いしたのが初めてですね。

藤巻亮太さん(以下、藤巻):当時、僕が被災地の復興に携わり震災についてナビゲートする番組をやらせていただいていたんです。

東日本大震災の時に、ある小学校が津波の被害にあい、裏山の神社に近隣の住民の方と避難して幸いにも皆さん助かったんです。救援を待つ間、その神社での寒くて不安な夜を、生徒さんが合唱をすることで、そこにいた皆さんを勇気づけて乗り切ったというお話を聞きました。その曲というのが、生徒さんが卒業式で歌う予定だった川嶋さんの「旅立ちの日に・・・」だったんです。

その後、川嶋さんが助かった生徒たちに会いに行かれたという話を知り、「僕がナビゲートする番組に来てくれませんか?」とお声がけしました。それが、出会ったキッカケです。

ーー川嶋さんは、藤巻さんと初めてお会いになった時、どんな印象を持たれましたか?

川嶋:まず、藤巻さんがそのエピソードを知ってくださっていたことに驚きました。私自身も「旅立ちの日に・・・」を歌わせていただき、藤巻さんのライブもその日拝見して。お互いのライブの前に、対談形式で震災についてお話させていただく時間もありました。

その時間の中で、藤巻さんの印象が、よりクッキリとなりました。もちろん色々と知った中で、「めっちゃロックだな」と感じる部分もすごくあるのですが、初めてお会いしたときは、“ロックさ”というより、何もかもを包み込むような優しさと、溢れる真面目さと、……本当に不純物のなさのようなものを感じました。純粋で輝かしい感じが最初の印象です。

そういう印象が自分の中ですごく残っていて、今回私の方から「コラボさせていただけませんか?」と声を掛けさせていただくことに繋がりました。

ーー藤巻さんの川嶋さんに対する元々のイメージと、実際にお会いした後にギャップを感じたことなどがあったら教えてください。

藤巻:時代の流れもあるし、人間って変わりながら生きていくのが常なのですが、その中でも、川嶋さんは中心にあるものが美しい。芯がある方だなと思いました。ちょっとの雨風みたいなものでは揺らがないような、強いものがある方なんじゃないかなと思いました。

そして、今回の楽曲制作を通して色々話し合ってみると、マイペースでチャーミングなところもあり、ユーモアもありました。木に例えたら、芯である幹の周りに豊かな葉っぱがある、という魅力でした。



ーーアーティストの川嶋さんにはどんな印象を持っていましたか?

藤巻:(川嶋が主題歌を担当した)「あいのり」を観ていたときに、すごくいい曲だなと思いました。

川嶋:「あいのり」、観てたんですか?

藤巻:はい(笑)

藤巻:声がすごく素敵だなと思っていましたし、コラボをしてさらにそう思いました。可愛らしさといいますか、チャーミングなものを感じました。

ーー2019年にラジオ番組でお会いして、2021年のタイミングでコラボ楽曲がリリースされました。なぜ、このタイミングでコラボを依頼されたのですか?

川嶋:ラジオを終えたときに、私の中では、「一緒に何かやりたいな」と漠然と思ってはいました。コラボさせていただけたときの化学反応を見てみたいなと思って。楽曲も好きでしたし、お会いさせていただき人間性に触れることもできました。コラボする中で、新しい世界が生まれるかもしれないな、と。

そんな時に、スタッフと今後の計画を話しているときに、「藤巻さんとコラボさせていただいて、楽曲を作りたいね」という話になって、ご相談させていただきました。去年の春くらいの話です。

お互いに、リリース中の作品があったり、ライブがあったりしたのですが、それが落ち着いて、「一度対談しましょう」となったのが昨年の秋冬くらいですね。まずお話を受けてくださったことにビックリで、感謝でした。その後に、打ち合わせの場を設けて下さって、また電話もして下さって。

電話は1回30分以上することもあったのですが、何回も電話をして、対話を通じて制作していった感じです。コロナのために会うことはあまりできなかったのですが、そういう方法で楽曲を制作したことは私自身、初めてで。本当に、色々な発見があって、濃い制作時間を過ごさせてもらって、めっちゃ思い出になっています。

ーー制作期間はどれくらいだったのでしょう。

藤巻:(昨年の)12月くらいから練り始めたので、2ヵ月くらいですかね。

あのラジオの対談のときにそんなふうに思って下さったのは、嬉しいですね。復興に向けた対談だったのですが、お話も素敵でした。すごい人だなと思いました。

実は、そのラジオの対談の直後に印象的なことがありまして(笑)。

その日写真を撮ってくれていたカメラマンがプライベートでもすごく仲の良い友達だったんです。収録後に「いい話ができたね。川嶋さんの歌も素敵だったね」と話しながら帰ろうとしていた時に、駐車場にとまっていた彼の車のボンネットに赤いコーンを載せてユニコーンのようにするといういたずらをして、ふざけ合っていたんです(笑)。そうしたら、ちょうど川嶋さんが駐車場を歩いて来られて…。

川嶋:えっ!?

藤巻:そのときに「うわあ!すげえふざけているところ、見られた!」と思って。「さっきまで、あれだけ真面目な話をしてたのに…」と思われたんじゃないかなと(笑)

川嶋:全然、そんなことないですよ。そんなところで鉢合わせるとは思わなかったので、「あっ、藤巻さんだ!」と思って、ユニコーンどころではなかったです(笑)



ーーそんなハプニングがあったんですね(笑)。それでは、楽曲のことについてもお聞かせ下さい。具体的に制作はどのように進めたのですか?

藤巻:僕自身は、一緒に作って行くのは初めてでした。詞も曲も一緒に作っていったり、役割分担をしたりなど、コラボレーションの形は色々あるので、最初にミーティングをしました。得意なことをやることがいいのか、今やるべきことをやることがいいのか決める必要があると思ったので。

お互いに刺激されて、それぞれの中に新しいものを発見できたら一番素敵なコラボレーションになるなと思いました。そして、話を進めていく中で、“僕が詞を書いて、川嶋さんがメロディーを作って”というニュアンスが最初はあったのですが、もしかしたら、川嶋さんの楽曲としての世界観をまず作っていくことにコラボレーションの意味があるんじゃないかなと感じたんです。

そこから僕がメロディーを作り、川嶋さんが詞を書くという役割が決まりました。コロナの状況もありなかなか会えなかったので、進捗状況を電話で報告し合いながら曲を作って行きました。

川嶋:役割分担は「どっちがメロディーを担当した方がいいのか」などと話したわけではなく、会話の中で自然と、「このやり方がいいのかもしれない」とできていきました。自分の中に何も決めずに、藤巻さんと話す中で生まれてくることを詞とメロディーの中で表現していけばいいのかなと思ったので、ひたすら電話をして、お互いにどんな言葉を詞にして、メロディーにするかを話していました。その時間がすごく楽しかったです。

藤巻:楽曲の話もしましたが、楽曲以外の話もたくさんしました。人となりとか、持っている世界観とか、人生観とか。そういうものが1人だとなかなか出てこないけど、ダイアログ(対話)にしたときに、お互いに発見するところがありました。それがエッセンスになって、言葉とメロディーが思い浮かんできました。

ーーテーマは最初から決まっていたのでしょうか?

川嶋:私の方からコラボの依頼をさせていただいたときに、「こういうテーマでどうでしょうか?」、「こういう世界観の楽曲はどうでしょうか?」というものは漠然とはありました。ただ、お話をする中で、「あまり関係ないかもしれないな」と思いましたね。

川嶋あいと藤巻亮太という人間がいて、その2人の間で交わされる言葉ややり取りがあり、その中で、伝えたいことや、くっきりしたテーマを決めていくことがベストなのかなと。

藤巻:人間って色んな可能性がありますよね、ということを話しました。普通、可能性って未来に向けてのことを呼ぶと思うんです。ただ、人は自分が成長したりすると、過去の出来事の評価が変わって、その出来事の意味も変わってくる、っていうこともありますよね。つまり、可能性って未来だけじゃなく、過去にも開かれているんじゃないかなと。

そんなことを話して、「何かを肯定していくような、元気が出るような曲にしたいな」と決まったのは、あのときのミーティングからですよね。



ーーお話を伺っていると、お二人の間の対話が今回の楽曲を作り上げたことがとても伝わります。そんな対話を重ねられた中で、印象に残っていることはありますか?

川嶋:曲の中で、昨日より今日の日を好きになれたらいいな、というフレーズがあるのですが、最初は、私が書いたのは、今日より明日を好きになれたらいいな、という言葉だったんですね。

ずっと、「今日より明日ですよね」みたいなやり取りをしていたのですが、ただ、電話を何回もして、対話を深め、この曲で目指したい世界観が見えてきたときに、今日より明日を好きになれたらいいなではなくて、「まず今日の日じゃないですか」という話をしました。

明日のことを考えている余裕がないんですよね。まず今を生きなければならないので。私自身も大変でしたし、日本も今みんな大変な状況で、そんな時代を生きていると考えながら言葉を紡ぎ出していきました。自分自身と本当に向き合って、幼少期から振り返って、現在に至るまでを深く見つめながら書いていった作品はこれが初めてです。

それだけ、藤巻さんが、プロデューサーのように私の詞に対してのリアルな指摘を徹底的にしてくれました。私にはテキトーなところもあるので、とりあえず提出してみようという感じで藤巻さんに見てもらっていたところもあったんですが、そんな箇所は必ず指摘してくださって、私がブレそうになったときも常に修正して正していただいて。それは、1人で制作しているときはできないことですね。

自分たちが目指さないといけないところ、書きたいと思っているところをちゃんと見てくださっていて、そこに私を誘導してくださったところが本当にすごいところだなと思いました。

藤巻:歌詞を書くときって、考えれば考えるほど、偏ってしまうことってあるじゃないですか。そういうときに、僕は、“川嶋さんが書くべき言葉”というものがあるんだろうなと思ったんです。

川嶋:そこを理解してくださったことがすごいなと思います。対話の中で、「可能性をテーマでやろう」とはなっていたのですが、細かいことまで決めていなかったじゃないですか。

藤巻:最初に川嶋さんが詞を書いて来てくれたときに、どうにか今日まで生きてきた、というフレーズがあったんです。何個か言葉があったのですが、そのフレーズが刺さったといいますか、「これだ!」と思ったんです。きっと、それがこのコラボレーションの意味になるんじゃないかなと。それで、「川嶋さん、これじゃないですか? ここのテーマで書ききってみませんか?」と伝えました。

書くのは川嶋さんなので、僕は鏡になれたらいいなと思いました。川嶋さんには書くべき言葉があると思ったので、「こっちですかね。あっちですかね」と、対話によるお手伝いができたらいいなと。

僕もこういうふうに曲を作って行くのが初めてだったので、川嶋さんが詞を書いて来てくれて、僕も思ったことを正直に話す。そうすると次の日に、何を書いてきてくれるのだろうと、すごく楽しみなんです。どんどん変わっていって、歌詞に深みが出て、本当に歌われるべきものがそこにどんどん紡がれていって、普遍性を帯びていくといいますか、歌詞がどんどん強くなっていくことが喜びでした。

世の中のことをマーケティング的に調べて書いても、それにはそれでいいところもあるのですが、行き詰まることがあります。自分の悩みを掘っていっても、自分では納得できたとしても、それが世の中に合うかどうかは分かりません。世の中を見ることも、自分を見ることもどちらも必要なことなのですが、その2つを同時にすることって、すごく難しいことなんです。

でも、川嶋さんはやり遂げ、そのお手伝いができたことに対して、自分は喜びがありました。

ーーレコーディングが終わって完成した楽曲を聞いたときにどう思われましたか?

川嶋:すごい曲だ、と思いました。イントロの部分が特に好きです。管楽器もすごく華やかに演出してくれていますし、コーラスのメロディラインも好きです。あとは、藤巻さんが書かれる何とも言えないコード感に自分の歌声が乗っているところ。男女の歌声というものも初めてだったので、すごく、新しい扉を開いて頂きました。明るくて陽気な曲なのですが、骨太で力のある曲だなと思いました。

藤巻:この曲の魅力は、矛盾するような対極ものが入っているところじゃないかなと思っています。例えば、タイトルの「どうにか今日まで生きてきた」ってフォークっぽくないですか? 何と言いますか、眉間にしわをよせて、「今日まで苦労を超えて頑張ったんだ」とでもいうようなタイトルなんです。でも、歌詞を聞いて、曲を聞いたらまったく違うじゃないですか。明るくて、元気で。対極するものが共存することって魅力だと思うんです。なかなか作ろうと思っても作れないのですが、結果、そうなりました。いい曲ができたな、という思いでした。

ーーすでに楽曲はリリースされていて、多くの方の耳に届いていると思います。ファンの方からはどんな反響がありましたか?

川嶋:元々、ものすごく楽しみ、という声が多かったんですが、「バラードだと思っていたらこういう曲だったんですね!」という感想をたくさんいただきました。

藤巻:(川嶋さんには)「旅立ちの日に・・・」という曲があって、(自身には)「3月9日」という曲があり、春ということでみなさんが期待してくれている部分があるのだろうなと思っていたのですが、その期待にどう応えながら、その上でどう期待を裏切っていくかということが醍醐味じゃないですか。“パート2”だと面白くないので。しかも、このコロナ禍の時代を生きる人に向けての旅立ちの曲になって、門出の曲にもなったらいいなという思いがありました。



ーーお互いにアーティストとして「すごいな」と思っているところを教えてください。

藤巻:最近、卒業式にサプライズで呼んでいただくことがあって。

今年は、学園祭も中止になりました、修学旅行にも行けませんでした、卒業式もできません…、とみんなで共有できていることが何もないんですよね。すごく大変だなと理解することはできるのですが、実際に学生たちの前に行って歌うと、それが本当の意味で伝わってくるんですよ。「この1年は何もできなかったんだな……」と。

それが分かったときに、「お前が泣いている場合じゃないだろ」と言われてしまうくらい、突然、グッときました。さっき川嶋さんともこの話で「そうですよね」と盛り上がったのですが、川嶋さんも、僕も、生徒の顔を見ると泣いちゃうから、上の方を見て歌ったり。同志みたいに思えてきて、すごく嬉しかったです。

川嶋さんは、そういったことに対する想いをずっと大事にされて活動されている方なのだなと思いました。

川嶋:藤巻さんは、物事の本筋をしっかり見ることができる方ですよね。表面ばかりを見て、内面を見ずに終わっちゃう、という人じゃないんですよね。結婚する人も中身をしっかり見て選ぶタイプで、ビジュアルだけで付き合っちゃったから付き合ってから「合わないよね」という失敗はしない人だと思います(笑)

今回の楽曲にしても、私自身は書くべき終着地点が見えにくかったのですが、藤巻さんは物事の筋がどこにあるのかを明確に見極められる人で、そういう天性のものを持っている方だから、見えていたんですね。

そして、プロデューサーのように、私を終着点に向かわせてくださった人間性に感動しました。主は私なので、藤巻さんがやらなければいけなかったわけではないのですが、それでも、ケアをして下さった男気にも心打たれましたね。

ーーありがとうございます。それでは、最後にファンの方にメッセージをお願いできますか?

川嶋:今、大変な時代を生きているみなさんに少しでも元気になっていただいたり、大変なことを忘れられる瞬間をお届けすることがひとつ、できたのではないかなと思っています。ぜひ、この曲を聴いて、毎日を少しでも楽しく感じていただけると嬉しいです。

藤巻:この状況の中で、この楽曲のタイトルのような気持ちを抱いている方って本当に多いと思います。そんな中で、みなさん、家族など色々なもののために頑張ってらっしゃると思いますが、この楽曲は結果的に、そういう人たちの気持ちに、支えなのか、寄り添いなのか、何かそういったことができているのではないかなと。ぜひ、聴いていただきたいなと思っています。

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