コロナ禍における「介護の課題解決」をICTで目指す


新型コロナウイルスは高齢者ほど健康に深刻な影響を与え、各地の特別養護老人ホームはその対応に四苦八苦している。この状況に対応するため、いち早く施設内のWi-Fi環境を刷新し、ICTの活用を進めたのが神奈川県小田原市の特別養護老人ホーム 潤生園だ。同施設がNTT東日本 神奈川西支店とともに取り組んだ事例について詳しく聞いてみたい。

○介護施設の草分け、特別養護老人ホーム潤生園

2020年からの新型コロナウイルスの流行によって、特別養護老人ホームもまた大きな課題を抱えることとなった。高齢者ほど新型コロナウイルス感染症が重症化するリスクが高いだけでなく、外出自粛による運動不足からの身体機能の衰え、人と会う機会が減少したことによる認知症の進行など、健康面で深刻な影響を受けているからだ。

神奈川県小田原市の「社会福祉法人小田原福祉会 特別養護老人ホーム 潤生園は、ICTの活用によってこの課題への対応を進めている。同施設は昭和53年に設立された、日本のデイサービス・ショートステイの草分けともいえる場所だ。

小田原福祉会は、潤生園を基盤として地域介護の輪を広げ、現在では小田原市を中心に特別養護老人ホームやグループホームなど40事業所を運営。全職員数600名弱を抱えるグループに成長している。咀嚼機能や嚥下機能が低下した方が食べやすいよう、ペースト食を作ったのも同会であり、その約43年の歴史はそのまま日本の介護福祉の歴史だという。

入居者121名、各種職員約135名を抱えるこの潤生園の施設長が井口健一郎氏。桜美林大学の非常勤講師や神奈川県認知症ケア専門士会の理事、介護・生活支援ロボット活用研究会委員、そしてFMおだわら パーソナリティなど多方面で活躍し、その豊富な知見により日本全国そして海外での講演も多い。

コロナ禍において潤生園とNTT東日本 神奈川西支店が行ったWi-Fi設備の刷新、そしてICTを活用した取り組みについて、井口氏に伺ってみた。

○コロナ禍における対応と浮き彫りになった課題

「コロナ禍の施設運営における第一の問題は、まず感染症を持ち込まない、広めないという観点から、家族との面会が遮断されていることが挙げられます。そしてもうひとつは、体温のチェックや消毒などの感染症予防への取り組みです。緊急事態宣言発令直後は、マスクをはじめとする衛生用品の枯渇と高騰化が大きな問題でした。散髪などを行う業者の立ち入りや物品の搬入も満足に行えず、非常に苦労したことを覚えています」。

2020年3月当時を振り返ってこのように話す井口氏だが、実はコロナ禍以前からスケジュールや介護記録、各種連絡事項などをクラウドベースで管理するなど、同施設のICT化はかなり進んでいたそうだ。

しかし、コロナ禍によって新たにWeb会議への対応が求められることになる。会議の場が新型コロナウイルス感染症を広める要因になるだけでなく、施設間を往復する人の移動がウイルスを持ち込む要因となってしまうからだ。こうして井口氏は、Web会議サービス「Zoom」を利用したコミュニケーションに舵を切ることを決断する。

ここで新たな問題が発生。もともと潤生園は3GやLTE回線が入りにくく、Wi-Fiへの依存度が高かったのだが、そのWi-Fiインフラは脆弱で、満足なWeb会議を行うことができなかったのだ。さらに、感染症対策として入居者とそのご家族のオンライン面会を導入したことで、より一層トラフィックには余裕がなくなり、特定の時間においては、インターネットに接続することすら難しくなっていったと話す。

「Web会議やオンライン面会などが同時に行われるタイミングでは、最悪ネットワーク自体が落ちてなにもできなくなることがあるという、ひどい状況でした。このままでは施設を運営していくのは困難だと判断し、2020年7月ごろ、我々として一番信頼できるNTT東日本さんにインフラの改善について相談しました」。
○NTT東日本のWi-Fiインフラ増強工事とその効果

こうしてNTT東日本 神奈川西支店による、潤生園のWi-Fi増強工事がスタートする。耐震補強などが施された潤生園は強固な鉄筋コンクリート造りで、Wi-Fiの電波を確保する位置関係の調査とチャンネル設定に苦労したそうだが、12月ごろに増強工事は無事に完了した。

「以前は特定の時間にWeb会議を行うのはやめよう、このエリアでWi-Fiを使っているから別のエリアでつなぐのはやめよう、といった調整が必要でした。またオンライン面会では、入居者のご家族にもストレスがかかっていました。これらの問題が解決し、自由にWi-Fiにつなげるようになったことは大きな改善点です。さらに、ICT機器もより安定して動作するようになりました」。

導入効果について語る井口氏は、続けて「コロナ禍という状況の中、施設内にウイルスを持ち込むことのないよう、細心の注意を払っていただきました」とNTT東日本への感謝の意を表す。

「講演活動の多くがオンライン化し、いまでは月10~15本の講演を行っていますが、通信が止まってしまうことはなくなりました。以前はホテルでWi-Fiにつないだりしていたのですが、現在は施設内で気兼ねなく行えます。また時間も気にせず全国、全世界とつながれるため、相手との距離が近くなった印象を受けますね」。
○潤生園が進めるICTへの取り組み

コロナ禍以前よりICTの導入を進めていた潤生園。介護業界ではまだまだこれからといえるICT環境を、早期より構築した理由はどんな点にあるのだろうか。

「介護に関わる事務処理をICT化すれば、現場スタッフの書く労力や申し送りの手間を減らせますし、これらがクラウドで管理されることで情報を把握しやすくなります。また、蓄積された情報から統計を出し、振り返りやすくなるというメリットもありますよね」

さらにIoTデバイスの導入も進められ、その一例が、パラマウントベッドの見守り支援システム「眠りSCAN」だ。これはマットレスの下にIoTセンサーを設置することで、体動(寝返り、呼吸、心拍など)を測定し、睡眠状態を把握するもの。リアルタイムモニター機能も搭載しており、ケアプランの改善や介護スタッフの業務負担軽減、利用者の生活習慣の改善などに役立てることができる。

「認知症の方の睡眠状態は可視化がなかなか難しいのです。体動などから入眠状態を計測するこのシステムは、入居者のみなさまの体調を管理する上で非常に有効に働いていると感じます。2021年度の介護報酬改定において、科学的裏付けに基づく介護(科学的介護)のアウトカム評価に信頼性の高いエビデンスが求められるようになりましたので、そういった観点からも導入を進めています」。

また、Web会議が普及したことにより、介護実習体験の幅も広がっているという。介護現場の生の声を聞きながら疑似実習が行えるため、コロナ禍という状況にあっても学びを深めることができ、介護業界を志す求職者たちから喜ばれているそうだ。

「コロナ禍は社会にさまざまな課題を投げかけましたが、『いろいろなところにICTを広げていこうという志向に変わってきている』という前向きな変化も生み出しました。当園ではオンライン面会がすでに日常的な風景になっており、入居者であるお年寄りも慣れ親しんでいます」。

オンライン面会は、対面ではできなかった新たな可能性も秘めている。例えば、特別養護老人ホームに入居する前に住んでいた、懐かしい自宅の様子を見ることができる。老老介護が進んで互いに寝たきりとなり、会えなくなった家族と面会ができる。遠方に住んでおり集まるのが難しい家族が、オンラインで一堂に会することができる。不自由を克服するだけではなく、プラスアルファの効果があることがわかったのだ。

○介護施設は地域を支えるインフラ

介護施設は、もともと少子高齢化の影響をもっとも受けている現場であり、コロナ禍はその問題を浮き彫りにした。このような状況にあって、井口氏はこれからどのように潤生園を運営していこうと考えているのだろうか。

「介護は基本的に人の手を介する業務ですが、機械に頼れるところは頼り、生産性を向上させるべきだと考えています。とくにバックヤード部分においては改善の余地がまだまだたくさんあるのではないでしょうか。また、外国からの人材受け入れが進み、外国人スタッフも増えているので、言語的なハードルも越えていかねばならないでしょう」。

一方で、世の中にIT機器が増えたことで、高齢者の時間の過ごし方にも変化が見られるという。潤生園の入居者の中には、ネットワークを介してゲームを楽しむ方もいるそうだ。

最後に井口氏は、介護施設と地域との関わりについて抱負を語ってくれた。

「65歳以上の高齢者は2020年に3,617万人。総人口の28.7%を占めています。ある意味で介護が当たり前の生活になる中、これからの介護においてはICTのリテラシーが必須になると思いますし、我々介護事業者も、技術の進化とともに成長していかなければなりません。介護施設は地域の方々と深く関わる施設であり、そのような社会において地域を支えるインフラになっていかなければならないと考えています」。

当記事はマイナビニュースの提供記事です。

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