路上で騒ぐ子供と親「道路族」をさらすマップに賛否。いつから子供に厳しい世の中に

女子SPA!

 コロナ禍でテレワークを始めた人の中には、近所で子供が遊ぶ声に驚かされたという人もいるかもしれません。

ただ、いつの時代も子供が遊ぶのは当たり前のことで……。私たちは今、地域の子供達とどう付き合っていくべきなのでしょう?

◆賛否両論の道路族マップ

近年では、道路上で遊んだり騒いだりする子供とその親を指す「道路族」という言葉がネット上で使われるようになり、その情報を投稿する「道路族マップ」というサイトまで登場しています。

被害者が情報を申請して管理人が登録するという仕組みで、現時点で6000以上の登録があります。その内容は「毎日バスケットボールをドリブルしていて、住宅街なので音がすごく反響する」「小どもが甲高い声を上げて道路を走り回り、親は道端で井戸端会議をしている」などさまざま。

また「検討中の物件の近隣環境を知りたい」という需要にもこたえているようです。そういった悩みを抱える人の存在は理解しつつも、子育てママ世代からは「こんなことで書き込まれちゃうの?」「書き込みをする人が近所にいることが怖い」といった声もあり、賛否両論の模様です。

もちろん、道路で遊ぶと交通事故に遭う危険もあります。でもその一方で、子供が遊ぶのは今も昔も当たり前のこと。子供がおとなしくできないのは当然で、私たち大人も子供の頃は外で遊んでいましたよね。

しかも、近頃ではボール遊び禁止の公園も増えたりして、親御さんは子どもをどこで遊ばせればいいのか悩んでいるのだとか。日本はいつから遊ぶ子供に優しくなくなってしまったのでしょう? そして、私たちはご近所さんとどう付き合っていったらいいのでしょう? そんな壮大なギモンにぶち当たった女子SPA!編集部が、日本の昔にくわしい民俗学者の新谷尚紀先生に聞きました。

◆昔の子供は今よりもっと泣いていた?

新谷先生、昔は騒ぐ子どもたちにどのように対応していたのでしょう?

「子供の騒音は“泣き声”と“遊んで騒ぐこと”とに大きく分類できるでしょう。まず、“泣き声”については、昔は『泣く子は育つ』『泣く子は頭堅し』といったことわざがあって、子どもが泣くのは丈夫な証拠だから泣かせておけばいい、という考え方があったようです。むしろあまり泣かない子供は大丈夫か、と逆に心配する親もいたくらいです」(コメントは新谷尚紀先生、以下同)

泣く子は育つって、そういえば耳にしたことがあります。

「また、赤穂浪士の一人として知られる堀部安兵衛の妻で、尼となって長生きした女性が語った言葉が、随筆『譚海』に紹介されています。そこでは、『子供が泣くのはあまり制止しないほうがよい。よく泣く子は大きくなったら弁舌さわやかな人物になるものだ』、と書かれています」

なるほど。泣くことができる子どもは話し上手に育つ、と。

「言葉をあまり知らない子供にとって、泣くことは自己表現の方法のひとつ。周りの大人はつい『泣かずにわけを言ってごらん』などと言ってしまいますが、泣いた方が感情の高ぶりをストレートに表現できるから、子どもは泣くのです。昔の大人ももちろんうるさいとは思ったでしょうが、泣くのは仕方ないことだと認識している人が多かったのかもしれません」

◆現代社会は子どもに注意しづらくなっている?

「“遊んで騒ぐこと”に関しては、まず前提として我が子と近所の子どもたちが一緒になって遊ぶのが普通でした。そして、農村部では家と家の行き来がさかんでしたが、大人たちは日中畑や田んぼで仕事をしていたので、子供の騒ぎ声はそこまで気にならなかったのでしょう」

田舎だと今でもおおらかそうですよね。都会だとどうでしたか?

「都市の庶民は長屋という狭い集合住宅で暮らしていましたが、ご近所さんと密接な繋がりがあったので、子どもの身元もわかっていました。知っている家の子どもだから、騒いでもある程度我慢できたろうし、あまりにうるさい場合は直接注意していました」

大人も子どももお互いが知り合いだからこそ、気を遣いあいながら過ごしていたんですね。今はお隣さんと話したことのない家庭も多いし、お互いに干渉するのを怖がっているような気がします。今のように子供に注意しづらくなったのは、いつ頃からなのでしょう?

「それは1960年代頃からの高度経済成長期以降、現在のような都市型社会になってからでしょう。会社勤めが増えたことで家と働く場所が切り離され、子どもは保育園・幼稚園に預けられるようになりました」

地域や近所付き合いといったものから離れた暮らしになったわけですね。

「はい。しかも、自動車の普及によって道路で遊べなくなったのです。そして、遊ぶための場所、つまり公園もできました。その結果として、自分と無関係な子どもが騒いでいると感じるようになったわけです。都市部では家が密集しているので、特にうるさく感じるのでしょう」

◆「まっとうな理由であれば、ありがたい」の声も

なるほど。今は公園で遊ぶことが前提になっているから、子どもが道路で遊んでいると、なおさら気になってしまうんですね。しかも、近所付き合いがなくて素性のわからない子どもだから注意しにくくなっている、と。

「昔の大人は我が子だけでなく、近所の子どものしつけもしていました。素行の悪さが目に余る子は叱ったり、親の帰宅の遅い子は家でご飯を食べさせてあげたりと。近所の子どもは他人の子どもではなく、みんなの子どもだったのです」

子どもは成長過程だから、してはいけないことの区別がまだつかないもの、いやむしろ、「してはいけない」と言われることをしてみたいものです。言われなかったらわからないこともたくさんあるし、親の目が届かないこともあります。ほんとうに危険なことや迷惑なことをする子どもがいたら、やさしく声をかけてあげるのが大人のとるべき振る舞いなのかもしれませんね。

子どもをめぐってご近所トラブルに発展しそうな場合は#9110(警察相談専用電話)で警察に相談してみる手もありますが、子育てママ世代からは「自分の子供が近所の人に叱られても、まっとうな理由ならそれもありがたい」といった声もあるようです。

話してみたら近所の輪が広がるかもしれません。まずは地域の大人がともに子どもを見守る意識を持つことで、より安心な暮らしにつながるのではないでしょうか。

【新谷尚紀(しんたに・たかのり)】

1948年広島県生。社会学博士(慶應義塾大学)。現在は、国立歴史民俗博物館名誉教授・国立総合研究大学院大学名誉教授。國學院大學大学院客員教授。著書は『柳田民俗学の継承と発展』(吉川弘文館)など多数

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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