最近、霞が関を去った元官僚たちが相次いで声を上げている。過労死ラインを越える残業、理不尽な国会対応、進まないテレワーク……。崩壊寸前の霞が関で何が起きているのか。元官僚たちが打ち明ける――。
◆不祥事が続出する原因は過労死ラインでの働き方
「厚労省は負のスパイラルに陥っています」
SNSで官僚の働き方の問題を発信する元官僚系YouTuberのおもちさん(20代・男性)は、「古巣」で不祥事が続く背景をこう語る。
「最近では、新型コロナの接触確認アプリ『COCOA(ココア)』で接触通知が届かないという不具合がありました。システムに詳しい人材がおらず、業務をIT会社に丸投げしたままチェックもできなかったのでしょう。
随分前から『身近な人が感染したのにアプリの通知が届かない』という声がツイッターにも上がっていたのに……そういう情報を拾い、改善する余裕すら、もう厚労省にはなくなっているのかもしれません」
おもちさんの動画によれば、他部署と比べれば残業代は多く、給料は高めだというが、時給換算すれば2000円にも満たない。
◆官僚の約4割が単月100時間以上の残業を強いられている
近年、厚労省では障害者雇用水増し問題や統計不正など失態が相次いでいる。
「“誰か”のために働きたいという思いを抱いて入省してくる官僚は多いが、役所に不手際があれば、その“誰か”に迷惑をかけることになり、申し訳ない気持ちになる。
私の場合、出口のない対応に追われ、終電で帰れるのは月2、3回。月200時間残業しても、支給される残業代は時給換算すれば最低賃金を大きく下回る。平日は家族の寝顔しか見られない日々で、30人規模のある部署でも7~8人が休職、退職者も数人出たことがありました。
1人あたりの業務量が多すぎるとミスが起きやすく、それが大きくなると不祥事を生む。まさに負のスパイラルです」
そこに新型コロナウイルスが追い打ちをかける。働き方改革を支援するワーク・ライフバランスが発表したコロナ禍の実態調査によると、実に官僚の約4割が、過労死ラインとされる単月100時間以上の残業を強いられている実態が見え隠れする。
おもちさんは「もはや官僚がかわいそうという問題だけでなく、このままでは国民に悪影響が出てしまう」と指摘。
「霞が関全体で適正に残業代を出す仕組みにすれば、全体の業務やコストが可視化でき、必要な業務効率化や人員の議論につながる。まずはそこから」と訴える。
◆「自分を蔑ろにし、他人を幸せにしようというのは矛盾していた」
国会対応も官僚の業務を圧迫させていると話すのは、ツイッターで「ちん@元もんかしょう」という名で活動している元文科省官僚のちんさん(30代・女性)。
「国会会期中は、国会議員の答弁書を作成するために奔走し、本来やらなければならない政策に関する仕事が後回しに。紙文化なので、一日にコピーを何百枚も取ることもざら。深夜遅くまで資料の準備に追われ、早朝に大臣などの答弁者へ説明する。決裁のハンコをいくつももらわなければならない文書も多い。
これだけ働いても、霞が関にいると教育現場との距離が遠く感じ、政局に振り回されるだけで、これが本当に子どものためになっているの?と疑問に思ってしまいます」
教員の多忙さを軽減したいと文科省に入ったちんさんだが、皮肉にも自らが多忙で倒れてしまう。
「文科省でしかできない仕事もあり、周りの人にも恵まれていた。私が辞めれば他の人の負担が増えるので『後ろめたさ』も感じていました。
でも、子育てとキャリアを両立させている女性官僚の『ロールモデル』も見つからず、いくら自分を犠牲にして働いても、家族や周りは幸せにならない。自分を蔑ろにし、他の人を幸せにしようというのはすごく矛盾していました」
現在、ちんさんは夫婦で「むげんプリント」という学習支援サイトを運営している。学習プリントが無料ダウンロードでき、子どもや家庭への支援だけでなく、文科省で成し遂げられなかった「教員の多忙軽減」について、個人でできることを模索した結果だ。
◆河野大臣の下で霞が関改革は進むのか
’19年には6人の国家公務員が過労死し、20代のキャリア官僚退職者も6年で4倍に。当然、政府の危機感も強い。
菅義偉内閣で、行政改革担当大臣に就任した河野太郎氏は早速、「脱ハンコ」「ペーパーレス化」に着手。1月22日の記者会見では官僚の残業代はテレワークを含め全額支払うと明言した。
現役の外務省キャリア(30代・男性)が霞が関で起きている変化の兆候を話す。
「数年前から残業代はほぼ全額支給されるようになった。外務省にも新人の新聞記事コピーなど、まだまだ改善できる点はあるが、そもそもサイン文化でハンコは使っていなかったし、課内会議はマイクロソフトのTeamsを使って完全リモート。決裁もメールで大半が済む。
ただ、業務合理化が至上命題となってはならない。目的は中長期的な外交安保戦略の構想・形成のため、自由闊達に議論できる時間を創出していくことだ」
◆霞が関を変えるためには「世論が必要」
’19年9月まで厚労省のキャリア官僚だった千正康裕氏は、昨年『ブラック霞が関』(新潮社)を出版。霞が関を変えるためには「世論が必要」と訴える。
「霞が関の中の業務改革だけでなく、人員配置の見直し、システムや外注予算、国会改革も必要。『税金で雇っている人間に無駄な仕事をさせるな!』と世論の後押しがないと変われない」
新型コロナ収束の切り札であるワクチン接種にも、このままでは影響が出ると千正氏は話す。
「官邸主導の一律10万円給付金、一斉休校、布マスク配布などで現場も混乱し、支給も遅れ、官僚も振り回された。ワクチン接種は未會有の国家プロジェクト。想定通りにはいかない。政治的PRで無理にスピードを求めれば、現場が混乱し結局接種が遅れる。対応に追われる保健所も霞が関も人が倒れ、若手も辞めていく。公務員や医療者の実務も冷静に考える必要がある。一緒に考えてほしいんです」
霞が関のブラック化を止めることが喫緊の課題のようだ。
◆経産省を辞めて約10年。多様化する元官僚の“その後”の人生
’12年、経産省在職中にブログで自身の給与や省庁の内情を赤裸々に公開し、改革の必要性を訴えていた宇佐美典也氏。約10年たって、官僚の置かれた立場はより厳しくなったと語る。
「与野党の対立に加え、官邸の存在感が増したため、権力関係が複雑になり、官邸が一方的に決めたことを野党が追及して官僚が返答に窮するケースが増えています。官邸主導で決められ、自分たちも納得していないものに対して、野党合同ヒアリングなど、公の場で槍玉に挙げられるのではやってられないですよ」
一方、改善されてきたこともある。
「辞める人が増えたことで、若くして管理職に抜擢される事例や、民間からの人材流入が増えるなど、人事の幅は確実に広がっています。
官僚と民間を行き来する、いわゆる『回転ドア』も増えてきた。一時期、副業的に転職エージェントをやっていましたが、経産省のように民間への転職ハードルが低い省庁だけでなく、厚生労働省などでも管理職不足に悩む民間企業が女性官僚を引き抜きたがる事例は圧倒的に増えている。
省庁内から発信する人が増えたことも、喜ばしいこと。当時、僕のブログなんてめちゃくちゃバッシングされましたから(笑)」
◆“儲けること”に対する意識の違い
物申す官僚の先駆者でもある宇佐美氏自身の働き方は、この10年でどう変化したのか?
「僕はフリーランスなので、状況は目まぐるしく変わりましたよ。辞めて数年はプラプラして、山っ気のある人と組んで、官僚時代の数倍を稼いだと思ったら、大損害でお金がなくなったことも。
やっぱり“儲けること”に対する意識が、役所と民間とでは決定的に違うんです。お金を前にして怯むか、盛り上がるか(笑)。官僚は儲けてはダメですからね。
でも、肩書もお金もなくしてから、人の優しさに気づけるようになり、ようやく6年目くらいから再生エネルギー分野の制度面のアナリストとして地に足がついてきた。元官僚は民間に行っても、たぶんプライドが邪魔して『エサくれよ~』って犬にはなれない。
でも『ほしいな~』という雰囲気を醸し出しながら、人に近づく猫にはなれる。僕は役立つよ、可愛いよって(笑)。そういう思考のチェンジにかなり苦戦したことは伝えたいですね」
転職者への金言だ。
【千正組代表・千正康裕氏】
’01年、厚労省入省。社会保障・労働分野で8本の法律改正に携わる。’13年には大使館勤務を経験。’19年9月に退官し、現職
【制度アナリスト・宇佐美典也氏】
’81年生まれ。東京大学経済学部卒。’12年9月、経済産業省を退官。新著『菅政権 東大話法とやってる感政治』(星海社)が3月刊行予定
<取材・文/梶田陽介 仲田舞衣 村田孔明(本誌) 写真/時事通信社>