土居裕子、大森博史に聞く『テンダーシングーロミオとジュリエットよりー』~いくつになっても『ロミジュリ』のセリフを言いたいという俳優の思いから生まれた戯曲

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土居裕子のfacebookを時々見ていた。なにやら大森博史と二人芝居の稽古をしているようだった。タイトルがまだ公開されず、公演日も決まっていないという。このいつやってくるかもわからない公演日に向かって定期的に稽古をされているという大人の余裕にとても惹かれた。これこそ演劇の本質かも、などなど。聞けばコロナ禍で公演を中止にしたものの、関わるメンバーがみな、そのまま稽古を継続することを選んだのだとか。そこが素敵だと思った。お二人を惹きつけた戯曲は『テンダーシング −ロミオとジュリエットより−』。イギリスのナショナル・シアターの副芸術監督でもあったドラマトゥルクのベン・パワーが手がけた戯曲で、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフを再構築して生み出された老夫婦の愛の物語だ。


――何か思いがあって、公演日未定の稽古をしていると勝手に思い込んで、これぞ演劇のあり方とか思い、ワクワクしながら取材にやってきました。

大森 アハハ! 僕らの場合は普通、これが来たから、これが来たからと次々と仕事をしているじゃないですか。もちろん社会もそうでしょうけど、一方で、長いスパンをかけて探し続ける、手でじっくり温めていくような喜びを忘れていないかという想いは常にありましたね。コロナ禍によって公演が中心になり、ずっと考えて育てていくという発想を持とうじゃないかということで稽古を続けていたんです。

土居 何月何日に初日があるから1カ月前から稽古をします、本番を迎えました終わりました、次の作品に行きますというサイクルが当たり前なんですよね。この公演も昨年の9月の本番に向けて準備は進めていたのですが、コロナの第二波が来るなかで「やめましょう」という判断がありました。でも「稽古をどうする?」って。戯曲が難解だったこともあるんですけど、せっかくここまでやってきたから、じっくり解読しながらつくっていきませんかと皆さんの意見が一致したんです。それで夏の暑い中も定期的に集まって、本を読んで、公演未定に向けて稽古をしていました。なぜだかとても楽しかったし、充実していました(笑)。

大森 いろんな仕事が飛んだり、二人芝居だったことなど条件がそろったからそれができたんだけど、本当に充実していました。

土居 翻訳監修の松岡和子さんともリモートで「ここはどういうことですか?」「ここは?」といった感じでわからないところを一つひとつ解決していったんです。それ以前にとても長く本読みをやったんですけど、とことん突き詰める時間があったからこそ、この作品をすごく好きになれた気がします。
大森博史
大森博史

大森 世の中のスピードはどんどん加速されているでしょう。生き残るためにはそのスピードに乗って頑張らないといけない。でもコロナはそれを否定した、流れを変えてくれた気がしますね。土居さんがおっしゃったように一つのことにじっくり向き合えたと同時に、自分自身にも向き合うことができた時間でした。今までの価値観のままでいいのかと考えたり、頑張るとかタフだとか、才能があるといった物差しではないところで、本質を見ていかなければいけないと感じました。

人生の終盤を歩もうとしている夫婦のラブストーリー


――戯曲をお借りして拝見したんですけど、観念的というか、なかなか絵が浮かんでこないというか、けっこう難しかったです。

大森 演出の荒井遼さんが探してきてくれたんですよ。僕がtptによく出ていたころに荒井さんはスタッフをされていて。ある時、僕が自主企画をやっているところにスタッフのお手伝いとしてきてくださったんですけど、それから付き合うようになって『Blackbird』『THINGS I KNOW TO BE TRUE-これだけはわかってる-』という荒井さんが演出した作品に呼んでいただいたんです。

――荒井さんはどんな演出家さんですか?

土居 私は初めてご一緒するんです。非常にお若くて、だけどめちゃくちゃ演劇おたく。彼からしたら年齢的に私たちは大先輩にあたるわけですが、「そうですよね、そうですよね」とおっしゃっているのにもかかわらず最終的にご自分の思う方向へ誘導していくんですよ。センスもいいし、そういうところはすごく頼もしい。

大森 彼は自分の憧れているものをしっかり追いかけていて、こちらがいくら言っても曲げないんですよ。僕は疑ぐり深い俳優なんだけど、そこが信頼できる演出家です。

――『テンダーシング』という作品を教えてください。

大森 土居さん、どうぞ(笑)。

土居 ええ~(笑)。ラブストーリーですね。もう人生の終盤を歩もうとしている夫婦のお話です。未だもって「愛している」ということを臆することなく認識しあっている二人。日本の中高年夫婦にありがちな「会話がない」みたいな関係とは全然違います。
土居裕子
土居裕子

大森 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフを変えずに、組み替えて老夫婦に語らせる芝居だと荒井さんから聞いた瞬間、僕はその場で「やります!」と言っちゃったんです。でもその後で戯曲を読んだら頭がこんがらがってしまいましたね。まだ荒訳だったのもあるんだけど、何を言っているのかわからない。

土居 導入部分にはものすごく苦労したんですよね。でも戯曲の中盤、後半は気にならなくなるので、心配しないでください(笑)。

大森 シェイクスピアの言葉って個性が強いからね。

土居 そこにお客様をぐっと引っ張っていかなければいけません。

大森 俳優が馴染んでものにしていかないとね。でもよくよく読んでみると、僕の中に残ったのは、二人がお互いをひたすら愛し合っている姿。普通、物語の展開として、そうはいかないものだとひねったりするんだけど、最後まで互いのことを思っている。それが夢のようであり、読んでいるうちに温かくなってくるというか、本当に優しいもの(Tender Thing)が浮き彫りになってくる。

土居 ロミオは16歳、ジュリエットは14歳と、すごく若い設定でしょ。その年ごろの恋愛って破綻するじゃないですか。美しい恋愛の表層にしかたどり着いていなくて、何度読んでも若気の至りという印象があります。でも『テンダーシング』は違います。

大森 僕も『ロミジュリ』を観ると、「人生そんなもんじゃないよ」と言いたくなるわけ。稽古が始まったころ、離れたところからジュリエットを見つけてワクワクするセリフとかをどう読んでいいかわからなかった。それで松岡さんに「すごくしゃべりにくい」と伝えたら「いくつになっても恋は恋よ!」と強く言わてしまいました。

土居 あはははははは!

大森 その時にガーンときて、何歳になっても燃えるものを持っている人は確かにいる。これはしっかり探っていかなければダメだと思いましたね。

土居 この戯曲はナショナル・シアターの中堅から上の世代の俳優さんたちが『ロミジュリ』のセリフをしゃべりたいと、ベン・パワーに頼んだ戯曲らしいですよ。みんな口にしたいんでしょうね。それにしてもシェイクスピアの専門家とは言え、すべての作品に相当精通していないと書けないと思うんです。


――しかも、ロミジュリを演じられる役者さんは何人もいませんからね。

大森 僕も思いもしませんでした(笑)。

土居 私は、1本もちゃんとシェイクスピアに出演したことがないんですよ。コントで亡くなったはずのジュリエットが歌いながら起き上がるというのはありましたが(苦笑)。

大森 それが僕らの感覚かもしれない。リアルで言うと、これは笑えるよみたいな。でもそうではないところに連れていってくれますね、この戯曲は。

土居 10代の二人の恋愛はもちろんビジュアルも美しくて、年若い子たちなら究極のラブストーリーとして憧れるかもしれないけど、そういう表面的なことではなくて。老いた二人の深みのある美しい世界に引き込まれて行くんです。不動のものというか、揺るがない恋愛。これは高齢者である私たちにしかできないんじゃないかな(笑)。すごく語り合って、日々内面の新鮮さを感じ取って、恋をしているんです。

大森 でもこうありたいとは一言では言えない(苦笑)。

土居 理想じゃないですか?

大森 ベースは僕らが普通に知っているある老夫婦をヒントにしながら立ち上げる感じですよね。片方が病気になって、片方が介護をする様子だったり、まだ病気になる前の楽しい時代とか、その中のいい部分、悪い部分を『ロミジュリ』のセリフで語らせている。まずは僕らが思う老夫婦の姿に、さまざまなイメージを投入して試行錯誤しながら探っていくほうが説得力が増して、面白いものができるような気がするんですよ。

土居 それはわかります! ご覧になっている方が、こんな年代で恋なんてありえないと最初は思っても、最後にはこうありたい、ありえるかもしれないと思えるところまで行きたいです。


取材・文:いまいこういち

当記事はSPICEの提供記事です。

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