新型コロナウイルスが看護教育に深刻な影響を与えていることが、日本看護学校協議会共済会が実施した全国調査で明らかになった。講義がオンライン化されたり病院での実習(臨地実習)が一時困難になったりした中、看護学校の教職員や学生はコロナ禍を何とか乗り越えようと奮闘を続けている。同共済会の会報誌「Willnext Magazine」20号に掲載された看護学校のルポを転載する(取材は2020年10月、株式会社共同通信社ウエルネス情報センター)。
■臨地実習、一時困難に 誇り持ち看護師目指す(岩崎学園横浜実践看護専門学校)
例年通りなら2020年3月、横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)の大ホールは、グループの専門学校7校を巣立つ学生や家族ら約3000人で埋まり、合同卒業式が晴れやかに行われるはずだった。しかし、2020年度は新型コロナウイルスの影響で、各校ごとに変更。横浜実践看護専門学校(横浜市港北区)では、卒業生と教職員だけが出席して挙行された。
政府が休校を要請した2月末には授業はほぼ終わっており、副校長の山川美喜子さんは「授業への影響はほとんどなかった」と言う。4月の入学式は3密回避が強化され、新入生はスマホやパソコンでホームルームやオリエンテーションに参加した。新学期の授業はオンライン形式に切り替えた。「入学時に学生に1台ずつノートパソコンを貸与しており、自宅のWi-Fi環境を整えるため全員に1万円を支給。3年生は4月半ばから、2年生は5月の連休明けから、普段の時間割通りに授業を始めた」と山川さん。
▽新しい学びの形
オンライン授業について学生にアンケートしたところ「対面の授業より集中力が高まる」と好評だった。「スライドが見やすい」「友達とのおしゃべりがない」「通学時間がいらないので学習に充てられる」などのほか、社会人の学生からは「子どもの学校が休みなので、家で授業を受けられ助かった」との声が寄せられたという。
思わぬ効果も得られた。普段は教室で手を上げない学生が、チャット機能で「今の所、分かりません」と気軽に質問してくるようになった。リポートが手書きからキーボード入力、メール送信になったことで、パソコンを使う頻度が増した。山川さんは以前、卒業生から「患者データの入力がなかなか終わらず、病院を出るのが夜中になる」と聞いたことがある。「多くの病院が電子カルテを導入している現状では、学校が基盤教育としているITスキル、リテラシーの向上が必須」と考えていたが、それを高める機会になった。
教員の授業手法や意識も変化し「私自身、学生の記憶に残るよう板書を徹底していたが、オンラインで資料をもらって終わり、とならないよう、反復して学習できる資料作りを念入りにするようになった」(山川さん)。学園としても2017年から、オンライン教育のシステムや授業設計、評価の在り方について研究してきたといい「対面とオンラインのエッセンス、ノウハウを融合したハイブリッド教育は、新しい学びの形になっていく」(同学園広報)と位置付けている。
デメリットはある。密になる恐れが少ない奨学金や通学定期券などの手続きをする場合を除き登校を禁止していたため、学生は友人を作る機会が減り、教員とのコミュニケーションも取りにくくなった。アンケートに「友達ができない」「一人で画面を見ながらの授業なので寂しい」と書いてきた学生には、スクールカウンセラーとの面談を勧めるなど、精神面でのフォローが欠かせなかった。
緊急事態宣言解除後の対面授業の再開に当たり、1学年80人を40人ずつ2クラスから20人ずつ4クラスに分け、登校は原則として週2日とした。訪問看護や終末医療のグループワークでは、学生に計画を立てさせ、教員が患者役になって実演する様子をビデオに撮ってオンライン授業とするなど、工夫を重ねた。例年なら1年生の9月ごろからやっている演習は、後ろ倒しせざるを得なかった。
さらに困難だったのは、県内の約40病院に依頼して行っている3年生の臨地実習だった。多くの患者を抱え手が回らない、学生がウイルスを持ち込んでも困る-。学校側も学生に毎朝の検温と報告を義務付け、感染リスクが増す飲食店でのアルバイトを禁止するなどの措置は取っていたが、7月まで臨地実習はできなかった。その後、受け入れてくれた病院からは、学生が2週間以内に訪れた場所の提出や、数千円かかる抗体検査の費用負担を求められたという。
臨地実習は「看護の理論と実践を結びつけて理解する能力を養う場として重要」(厚生労働省)との位置付けだ。同省が6月に出した「臨地実習が困難な場合は、学内でシミュレーション機器を使った演習や学生同士の実技演習を実施するなどして、目標が達成されるように」とする通知を受け、各学校は受け入れ制限や時間短縮に悩みながら、何とか実習時間を確保している。
▽就活に影響も
学生の就職活動にも影響を与えた。病院の採用状況はさまざまだが、インターンシップや説明会が減って、オンライン面接や個別対応が増加。大手の公的病院は例年より早く5月に募集を締め切った。「病院や臨床のイメージがつかめないまま、就職先を決めることにならないか」と山川さんは心配する。
また「県内の大病院に久しぶりに実習に行ったら、多くの職員が入れ替わっていた」と明かし、新型コロナの長期化が看護職の疲弊や不足に拍車をかけることを懸念する。厚労省の推計によると、団塊の世代が全員75歳以上になる2025年には、神奈川県では看護職が約3万2000人不足し、充足率は72.6%と全国で最も深刻になるとの見通しだ。
ただ、希望の材料はある。学校の見学や入学を希望する高校生が以前より増えた。退学者も出ていない。「不安はあるだろうが、コロナの時代に活躍できる仕事を、と誇りを持っているのではないか」。山川さんは、さまざまな困難を乗り越えてコロナに立ち向かおうとしている将来の看護職たちに期待を寄せている。
【横浜実践看護専門学校】
学校法人岩崎学園(横浜市)の7校目の専門学校として2014年に開校。3年制で学生定員は240人、常勤教職員は26人。「充実した演習施設、学生の視座に立った面倒見のいい教育」が特長。学生の出身地は北海道から沖縄県まで全国に及ぶ。病院併設ではないため、さまざまな進路選択が可能で、卒業生は神奈川県内外の多くの病院で活躍している。
1947年、山形県生まれ。東京大医学部付属看護学校、同助産師学校、明星大人文学部心理教育学科卒、人間総合科学大人間総合科学研究科修士課程修了。東大病院胸部外科、産婦人科、サウジアラビア王国カフジ鉱業所病院、看護専門学校などを経て、2018年4月から現職。専門は母性看護学。