「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」という生き方

日刊SPA!

文/椎名基樹

◆下積みが長かった“おじさん芸人”がブレイク中

おじさん芸人がブレイクしている。昨年のM-1グランプリで準優勝した「おいでやすこが」のおいでやす小田が42歳、こがけんが41歳。同じくM-1ファイナリストとなった「錦鯉」の渡辺隆が42歳、長谷川雅紀が49歳。元日の「おもしろ荘2021」(日本テレビ系)で強烈なインパクトを残した野田ちゃんが45歳。みな長いバイト生活をしながら芸人を続けてきた人たちだ(野田ちゃんはまだバイトを続けているらしい)。

1月21日放送の「アメトーーク!」(テレビ朝日系)では、「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」が放送された。36人の芸人がオーディションを受け、10人が出演を果たした。彼ら以外にも多くの「バイトやめられない芸人」がいるのだろう。多数のいい歳のおじさんたちが、夢を目指して奮闘している。

◆いい年して夢を追いかける人たちに寛容になった

私は彼らの存在が非常に現代社会を反映しているように思えた。私は現在52歳だが、私の親の世代には彼らのような人たちは、ほとんどいなかっただろう。私の世代あたりからちらほらと現れ、それ以降はどんどん多くなるだろう。社会は、いい年をして夢を追いかける人たちを、増加させて、受け入れる方向に変化してきた。

まず、非正規雇用が基本の社会において、芸人たちが夢をあきらめて「普通の生活」に軌道修正する理由は希薄だと思う。もちろん仕事だけにエネルギーをそそげば収入は増えるだろうが、アルバイト生活には変わりなく、それならば自分の夢を選び「一発逆転」を狙うのではないだろうか。

次に、私の親の世代では、彼らのような存在はかなり「白い目」で見られたはずだ。今の時代、彼らを「上から目線」で見る者はいたとしても「白い目」で見る人間は少ないのではないだろうか。なにより、彼らの親が、夢を目指して頑張る息子たちを応援している。テレビに出演する芸人たちの親を見ると、彼らから生きる活力をもらっているように見える。一緒に同じ夢を見ている。

「引きこもり」がこれだけ多くなると、夢に向かって努力する彼らは、それだけでたくましいと思える。数十年前に比べて社会はずっと豊かになり、安価で栄養価が高い食べ物も手に入る。生きていくだけなら彼らのその「まじめさ」が担保になるはずだ。親たちは、社会に対してそのようなおおまかな信頼を持っていると思う。

◆結婚して家族もいるのに……

件の「アメトーーク!」では、45歳のTAIGAが妻に番組出演を報告する場面を放送した。自宅で出演を告げられた妻は、涙を流して喜び、視聴者の共感を呼んだ。TAIGAのように、結婚している、アルバイトやめられない芸人も多数いる。これも昔なら、なかなか考えられなかった状況だと思う。

運命共同体である妻たちは、親以上に夫と同じ夢を見ているはずだ。経済的な貧しさを「夢」で埋め合わせて夫婦関係を保っているのだろう。家族は最も身近な社会である。彼らの寛容さは社会全体の寛容さを表している。また女性の社会進出も、バイトやめられない芸人の夢の継続に一役買っているようだ。

夢を追い続ける人を容認する社会を作り出している、最も根本的な要因は「個人の自由はこの上なく神聖であり、それを人間は平等に有する」という信念が、人々に浸透しているからだ。自己実現を目指すことは、最も率直な自由の実践だ。したがって、夢に向かって努力することは、非常に尊いことだと現代人には映る。さらにその価値観は、現代人の最も典型的な内面の姿だと思う。

◆「バイトやめられない芸人」は日本社会独特の文化

近年のハリウッド映画では『ジョーカー』『ラ・ラ・ランド』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と、主人公が芸能界で自己実現を目指す内容の作品が目立つ。『バードマン』はアカデミー賞作品賞を受賞。『ジョーカー』と『ラ・ラ・ランド』はノミネートされて受賞は逃したものの、その年の最大のヒット作品となっている。そこに現代人の典型的な苦悩が表れているから、同じテーマの作品が作られているのだろう。

バイトやめられない芸人たちも、とても苦しい思いをしていると思う。しかし彼らに承認欲求が暴走している様子はあまり感じられない。それは彼らが「芸人村」という、なんだか妙に温かいコミューンに身を置いているからかもしれない。外から見ているだけだが、彼らの世界には、相互扶助のシステムが自然に働いているように見える。その世界の居心地の良さが、彼らの我慢の原動力なっているように感じる。これは日本社会独特の文化だ。

【椎名基樹】

1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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