人類にとって最も不快な音ってなんだろう?

Illustration: Elena Scotti (Photos: Getty Images) via Gizmodo US

どうしてもイヤな音ってありますよね。

「耳障りな」とか「不快な」と定義する時点ですでに主観が入っているので人それぞれだと思いますが、では数あるイヤな音の中でも誰もが認める最悪にイヤな音ってなんでしょう?

さまざまな疑問・質問を専門家に伺う「Giz Asks」。今回は不快な音と、それをなぜ不快に感じるのかについて4名の識者にお答えいただきました。

体の奥深くに刻み込まれているイヤな音


Dr. Tjeerd Andringa(オランダ・フローニンゲン大学聴覚認知学准教授)

嘔吐の音でしょう。理屈抜きで嫌悪感が湧いてきます。

人がこのように不快な聴覚情報を処理するとき、まず「嫌悪感」を感じる脳幹に近いところが活性化されます。なにか毒性の強いものを飲み込んでしまったときに活性化される場所で、その毒物をただちに吐き出すための筋肉群を活性化する働きを担っています。

なぜこうなったのかはとてもシンプルです。脊椎動物の進化を遡っていくと、1本の長い管のような体を持ち、一端が口、もう一端が肛門という初期の脊椎動物に行き着きます。この初期の脊椎動物の行動といえば、口を開けてなにかをエサとして飲み込み、管の中で消化することのみ。管の中にはたくさんの微生物が棲んでいて、腸内フローラのお花畑みたいでした。ところが、もしその脊椎動物が誤って毒性の強いものを飲み込んでしまった場合、腸内フローラは死滅し、結果的に自分の命をおびやかすことになりかねません。ですから「何を飲み込んでいいのか、いけないのか」を正しく判断することは、初期の脊椎動物にとって非常に重要だったのです。だからこそ私たちの感覚器官は口のまわりに集結しているんですね。味覚を感じ、匂いを嗅ぎ、聴き、見る──これらの情報を総合して何を食べていいか判断しているのです。

これらの感覚器官は神経管のてっぺんで合流します。これが私たちの脳幹です。ここでは感覚器官が集めてきた情報が最も基本的な、生理学的なレベルで処理されます。この生理的レベルでの情報処理は常にバックグラウンドで行われていて、最もベーシックながらに最も処理スピードが速いのですが、さらに高い次元の情報処理によって上書きされ、洗練されていきます。ところが、入ってきた情報に対してリアクションタイムが十分に取れない場合、または高次元な知的能力をなんらかの理由で阻害されている場合は、一番低いレベルでの情報処理にのみ頼らざるを得ない状況になります。嘔吐の音は正にこの状況です。

それ以外の大抵の音はもっと高い次元で処理されます。たとえば黒板に爪を立ててひっかく音も、理屈抜きでイヤな気持ちにさせる要素はあるにしろ、吐き気を催すレベルからはだいぶ離れています。赤ちゃんの泣き声はすべての哺乳類にとって同じ意味を持っていませんし(そもそも「泣く」という行動をとる赤ちゃんを持つ哺乳類にしか効き目がありません)、これは高い認知レベルでの情報処理です。嘔吐の音ほどダイレクトで、我々の体の奥深くに刻み込まれているイヤな音はないでしょう。

目的を阻害するイヤな音


Trevor Cox(英サルフォード大学音響工学教授)

人が音に示す反応は習得されたものです。だからどんな音が一番不快かは人によって個別化されていますし、与えられた状況によっても異なってきます。

こう前置きした上で、一般的に最も不快な音とされるのは、何かをやり遂げようとしているときに妨げとなる音ではないでしょうか。昨今では自宅勤務が定着してきていますが、そんな状況下でDIY好きなお隣さんが庭で四六時中電動ドリルを唸らせていたら、とても不快に聴こえるかもしれません。

さらに、自分がコントロールできない状況では不快感が増すかもしれません。たとえばご近所さんが盛大なホームパーティーを開いていたとして、そこから聴こえてくる騒音を不快に感じるのは単に安眠を妨げているからだけではなく、いつまで不快な騒音に悩まされ続けるのか知る由もないからです。もしパーティーが何時に終わるのか事前に知らされていれば、ちょっとは我慢できるかもしれないですよね。

音は人間の価値判断が及ばない自然界の美を顕現化している


Florian Hollerweger(米コロンビア・カレッジ・シカゴ音響芸術/音響学助教)

皆さんもご存知の通り、人間にとって一番イヤな音は黒板をひっかく音でしょう。あれはひどいですよね! でもなぜそんなにイヤに感じてしまう音なのかは実はちょっとしたミステリーで、長年心理音響的な研究対象にもなっています。考えてみただけで身がすくむ思いがしますね(音のことですよ、研究ではなく)。

コロナ禍では「一番イヤな音」の不名誉な王座に着くのにふさわしい候補者たちが次々と具現化しつつある事例証拠も多数寄せられています。住環境にもよりますけど、以前なら尊敬の念を抱いて接していたあなたの同居人や隣人が、今となってはどうしようもなくイヤな音の発信源になっている可能性は無きにしも非ずですよね。

真面目な話、「人間にとって一番イヤな音」とはよく考えてみると意外とあいまいなコンセプトで、その「人間」が誰であるかにもよりますし、さらにその人間が置かれた状況や心理状態にもよるところがあるでしょう。しかし、だからといってこの問い自体がくだらないと決めつけるのは、やや浅はかではないでしょうか。というのももっと深いところで、人間にとって「音」がどれぐらい感情的な反応を呼び起こすかを美しく物語っている一例であると私は思うのです。これはマイナスな面でも、逆にプラスの面でも作用し、音の領域において最も美しさを極めた「音楽」にも当てはまることです。

つまりは、これまでイヤな音について述べてきたことはすべて音楽についても言えることです。聴いている人の個人的な趣向、ライフステージ、その時の心理状態、その他諸々によって、聴き手が受ける印象が変わってきます。言い換えてみれば、人間にとって最も醜い音、最も美しい音はどちらも状況に強く依存しているのですね。このことは、醜い音と美しい音のどちらもが人間を超越した自然界の美を顕しており、人間も音(たとえば音楽)を通してその美の世界とつながることが可能であることを明示していると私は考えます。人間のいいだとか悪いだとかの価値判断はその美の世界には及びません。

私はプロフェッショナルとして多くの時間を実験音楽とサウンドアートに費やしています。この経験から、誰かの「一番イヤな音」がほかのだれかが心酔する音楽を形成している可能性が大いにあることを断言できます。コロナウイルスのワクチンが社会に浸透して、またライブコンサートに心おきなく参加できるような世の中になってきたら、実験音楽のコンサートに足を運んでみるのもいいかもしれません。そこであなたが聴いた音が「イヤ」な部類に入るのか、それとも至高の音楽に聴こえるのか、それともどっちつかずなのかがわかるかもしれません。たとえばイギリスの作曲家・Trevor Wishart氏は、2つのグラス同士がカチンと鳴る音だけを使って驚くほど複雑で推奨に値する「Imago」という音楽を作り上げていますよ。

人工弁の音が「まるで体内に埋め込まれたアナログ時計のよう」


Steven J. Orfield(Orfield Laboratories Inc.創始者。建築・商品開発・科学捜査における多感覚統合デザイン、研究と検査を監修)

1990年に自分の仕事場を元Sound 80 Studiosに移しました。Sound 80は僕のクライアントさんで、音響と照明コンサルティング業の仕事をさせてもらった関係です。1975年にデジタルマルチトラックレコーダーを初めて世に送り出した3M社とのコラボレーションを経て、Sound 80が「世界初のデジタルレコーディングスタジオ」としてギネス世界記録に登録されたのは2006年。彼らが僕のクライアントだった頃に、Cat StevensとIzatsoのアメリカでの最後のアルバム収録に携わったこともありました。

そのスタジオを買い取ったのは自分の会社を移したかったからであり、自分の健康管理のためでもありました。

当時、僕は人工弁を取り付ける手術を受けたばかりでした。大動脈弁に生まれつきの異常がありました。人工弁については手術前に医学書を取り寄せて音響について調べたりはしていましたが、いざ手術が終わって目覚めてみると、人工弁の音がどの学術書に書かれていたよりももっとずっとうるさく感じられたのです。そこで自分のラボに帰って、人工弁の音を振動変換器と計測用マイクロフォンで録音してみました。その録音を片耳で聴きながら、もう片方の耳で自分の人工弁の音を聴くという聴覚実験を行い、何時間もかけて録音した音をイコライザで調整しつつ両方の音が同じように聴こえるようにしました。

そしてその音をStevensが開発した閾値(いきち)テストで、どのぐらい大きい音なのかを測ってみました。どのように行ったのかというと、まず人工弁の音を聴きながらバックグランドでピンクノイズ(訳註:パワーが周波数に反比例するノイズ)を流し、人工弁の音が聴こえなくなるまでピンクノイズの音量を徐々に上げていきました。次にピンクノイズを大音量で流し、人工弁の音が聴き取れるようになるまで徐々に音量を下げていきました。この両極端がすなわち僕の人工弁の音が聴こえる閾値を示していました。

結果、学術書などでは30dBA(訳註:デシベルエー。騒音レベルの単位)くらいだと書かれていたのに、僕の測定した限りでは80dBA、およそ16倍も大きな音でした。まるで体の中に古いアナログ時計が埋めこまれてしまったみたいでした。そこで改めて学術書を読んでみたところ、おおむね測定方法が間違っていて、測定に使われた機器の扱い方さえ不適切だったことに気づいたのです。

自己催眠術を習得し、睡眠薬を試し、特別な枕や扇風機を試した上で安眠を得るまでに2年かかりました。あまりにもフラストレーションが溜まったあげく、アメリカで人工弁を製造している会社の要人を自身のスタジオに招き入れて会議を行い、いかに彼らの計測した人工弁の音の大きさが間違っていたか、どうやったらこの耳に障る音を改良できるかを議論しました。1993年、人工弁業界に携わる会社すべてが僕のスタジオに最初で最後の集結を果たし、人工弁が本当はどのように聴こえるのかを体験してもらいました。そのときは皆一様にショックを隠せず、心配顔でもありました。それらの会社の多くは「静か」という事実からかけ離れた宣伝文句を謳い、米食品医薬品局の規約に反していたからです。

この会議を発端に豚の弁を使った新しい人工弁の研究開発が進み、人工弁の寿命が5年から20年に延びました。現在では生体弁を大動脈を通じて移植する方法が取られることがほとんどで、生体弁の修復も同じ方法を使って行えます。僕の訴えが人工弁を見直す一助になったのであれば嬉しいです。この一部始終はウォール・ストリート・ジャーナル誌に掲載された医療記事にまとめられ、そこの編集者が僕に説明してくれた限りでは、医師が人工弁について説明するとき口にする「真実」がそもそも間違っていたこと、そしてその間違いを指摘されると皆防御的な反応を見せたことなどを話してくれましたよ。

Reference: 島村楽器, ヒロセ技研

当記事はギズモード・ジャパンの提供記事です。

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