カラダの関係で心は救われない? 性欲にまみれた“地獄”を描いた漫画『少年のアビス』

まいじつ



『少年のアビス』1巻(峰浪りょう/集英社)

「すごいことなんてない。ただ当たり前のことしか起こらない」。2000年代にカルト的人気を誇ったアニメ『フリクリ』に登場するセリフだ。ノストラダムスの大予言から約20年、世界中でパンデミックが巻き起こる現在でさえ、人々が生きているのは〝当たり前〟の日常。人生を一変させる出来事なんて起こらないし、自分がある日突然理想の人間に変わるわけでもない。ただ、この世界から誰かが連れ出してくれるかもしれない…という望みだけは心の隅っこに残っている。

『少年のアビス』というマンガでは、そんな淡い期待に縋る人々の物語が描かれていく。主人公の黒瀬令児は、辺り一面に田んぼが広がるド田舎の高校生。町の権力者である土建屋の息子・玄と腐れ縁であり、時おり呼び出されてはパシリのように使われている。また家庭には認知症の祖母と、引きこもりで気性が荒い兄がおり、母を見捨てることはできない状態。高校を卒業したら玄のもとで働き、母を支えながら生きていく…。彼の人生には一片の希望もない。

物語は、令児が憧れのアイドル・青江ナギと偶然出会うところから動き出す。ナギは最近町に引っ越してきたばかりで、コンビニ店員として働いていた。出会った日の夜、令児はナギを連れて町を案内することに。そこで自殺の名所・情死ヶ淵について話題が及ぶと、ナギは突然「私たちも今から心中しようか」と口にする──。

これだけでも十分起伏に富んだ展開だが、物語はさらなる急展開を迎える。ナギの家に連れ込まれた令児は、彼女と初体験を済ませるのだ。セックスを通して、ナギが理想を体現した偶像(アイドル)ではなく、生身の人間だと気づく令児。同じ絶望を抱えた人間として、2人は情死ヶ淵の暗闇に引き寄せられる。

しかし令児が関わりをもつのは、ナギだけではない。息がつまるような人間関係の田舎町には、他にも未来を閉ざされた女性が存在する。そして令児は、そんな相手と身体を重ねることで絶望を共有していくのだった。

暗くジメジメとした川のほとりで


よく恋愛マンガなどでは、憧れの相手と寝ることがポジティブな意味合いで描写される。まるでそれが、明るい未来の象徴であるかのように。ところが同作では徹底的に性行為は暗く、〝落ちていく〟ものとして表現されている。

また現実世界において、「身体を重ねることで相手とより深い関係になれる」という考え方は根強い。だからこそ恋人や夫婦は、他人とは異なる特別な関係だとされている。しかし、それは本当に確かなことなのだろうか。もしかすると、性行為によって修復不可能なほどに歪んでしまう関係もあるのではないか?

令児は相手を生身の人間として理解するために、さまざまなかたちで肉体的な接触を行う。触れ合った男と女は、お互いに相手を少しだけ理解したような気になる。だが実際には心の距離が縮まるわけでなく、同じ場所まで落ちてくるだけだ。同作の性描写を見ていると、むしろ肉体関係は深くなんてない、ほとんど錯覚のようなものだと思わされる。

作中には他人に救われたい人間が多く出てくるが、他人を救おうとする行為も同じくらい目立つ。ただ、そこには贅肉のように欲望が垂れ下がっている。性欲だけでなく独占欲や依存心など、さまざまな欲にまみれながら、救済者は道を踏み外していく。

誰かに抱かれることは心地よく、ひと時の夢をもたらしてくれるかもしれない。けれど、と立ち止まって考える。もし別のかたちで人間関係を築いていれば、もっとよい未来が見えていたんじゃないか、と。話は現実でもフィクションの中でも変わらない。令児は幾度も町を抜け出すための希望をつかみながら、肉の重みによって深淵(アビス)へと沈んでいく。肉体ではなく、何か別のつながりをもっていれば、そうはならなかったかもしれないのに…。

とはいえ絶望の中でこそ、快楽が希望となるのも事実だろう。その誘惑を振りきるのは、なかなか簡単なことではない。令児がひたすらに過ちをくりかえす姿は哀れであり、やきもきさせられるのだが、心の奥底では親近感が沸いてしまう。

現実には手を握るだけで相手を理解できることもあるし、どれだけ身体を重ねても精神的な距離が一歩も縮まらないことだってある。『少年のアビス』が見せてくれるのは人間という生き物の致命的なバグであり、それを直視する心は少し、痛い。

文=田村瞳
写真=まいじつエンタ

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