首振りDolls、マンスリーインタビュー第22弾はナオ vs 横浜銀蝿 翔!

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2020年の首振りDollsマンスリーインタビューを締め括るゲストは、横浜銀蝿のボーカル翔。日本のエンターテインメント業界に、ロックンロールを独自路線でしっかりと植え付け、“横浜銀蝿”というバンドを世の中に知らしめた重鎮だ。

1980年のデビューから、日本中を巻き込んだ“銀蝿現象”で多くの人々を魅了した横浜銀蝿。近年はそんな彼らを知る若者は少なかったかもしれないが、西森博之(小学館『少年サンデーコミックス』刊)作の伝説のツッパリ漫画『今日から俺は!!』のドラマ化&映画化によって、横浜銀蝿の弟分として1982年にデビューした嶋大輔の「男の勲章」(横浜銀蝿のギタリストJohnnyが作詞作曲)が主題歌として起用され、出演者たちが“今日俺バンド”として、キャッチーな振り付きでカヴァーしたことから大ブレークし、改めて横浜銀蝿というバンドの存在の大きさに気付かされることとなった。

今回の対談では、世代を超えて、ロックンロールを受け継ぐ者として、首振りDollsのナオが翔に横浜銀蝿の歴史を訊く。1983年、惜しまれつつわずか3年3カ月で横浜銀蝿が活動を停止したその背景には、一体どんな想いがあったのだろう? 横浜銀蝿結成40周年となる2020年、オリジナルメンバー4人による初めての再結成にかけた想いとは?

配信シングル「サボテン」

2020年12月1日配信リリース

\n■配信URL
https://linkco.re/A2NqNXe0

配信シングル「散り散り」

2020年12月15日配信リリース

\n■配信URL
https://linkco.re/rfBurVHT

配信シングル「SMILE」

2020年12月27日配信リリース

\n■配信URL
https://linkco.re/CX8ar976

■どれだけ自分たちが頑張れるか、 それだけだと思う

――今回は、日本のエンターテイメント業界に、ロックンロールを植え付けた重鎮、横浜銀蝿40thのボーカリスト翔さんをお迎え致しました!

翔:重鎮って(笑)!

ナオ:よろしくお願いします! お会い出来て光栄です! 自分ももちろん大興奮なんですが、翔さんと対談させて頂けることになったことを家族に言ったら、本当に驚いていて、大興奮でした! 本当に今日はどうぞよろしくお願い致します!

翔:こちらこそ、よろしくね! ナオは出身どこなの?

ナオ:北九州です!

翔:上京は?

ナオ:2019年に上京してきました!

翔:去年? 上京してきていきなりコロナ?

ナオ:そうなんです、、、。これからいくぞ! ってときに、、、。

翔:それやんなっちゃうね。でも、タイミングもあるし、頑張ってやってたら人生ってもんはなんとかなるもんだからさ。気を落とさず、何事も挫けないこと、続けることだと思うよ。本当に、自分が頑張れるか頑張れないかだけだと思うからさ。やりたいことだけ、好きにやってりゃいいって世界でもないんだよ。厳しく言ってくれる人が居てくれることや、厳しい環境を自分が乗り越えてこそ未来があるんだよ。本当にそう思うよ。どれだけ自分たちが頑張れるか、それだけだと思う。ナオたちは3ピースバンドなんだよね?

ナオ:はい。私がボーカルなんですけど、ドラムもやっていて。ドラムボーカルなんです。

翔:ドラムボーカルで、ギターとベースの3ピースかぁ。珍しい3ピースの形だね。

ナオ:そうなんです。なかなかない形で。

翔:だよな。だいたいギターかベースが歌ってるもんな(笑)。もちろんナオは世代的に横浜銀蝿をリアルタイムでは観てないもんな? 歳の差的には息子みたいなもんだろ?

ナオ:そうですね(笑)。生まれる前ですね。でも、もちろん横浜銀蝿の存在は知っております! 親世代がリアルタイムなので、それはもう翔さんと対談なんて、大騒ぎになってました!

翔:あははは。それは嬉しいね。俺らもう40年もやってるとそういう世代を超えた話も聞けるから、それはすごく嬉しいことだったりするんだよ。今の若い子なんて世代的には横浜銀蝿を知ってる訳がないんだけど、『今日から俺は!!』のドラマ化&映画化によって、そこから銀蝿を知ってくれて好きになってくれた子たちも居てね。続けてるとこんなこともあるんだなって思ったよ。『今日から俺は!!』きっかけでフェスとかに出ても、若い子たちが盛り上がってくれてね。すごく新鮮な気持ちでライヴ出来て。だいたい銀蝿のお客さんって、30代以降、40代50代60代なんだけど、最近は10代の子たちや小学生とかも振り付きで踊って盛り上がってくれてるんだよね(笑)。すごい不思議な現象に思えて。

ナオ:素敵ですね!

翔:そうなんだよ。俺たちは昔から音楽で認められて世の中に出て来た訳じゃなかったとこがあるから。

ナオ:え? どういうことですか?

翔:俺たち、当時から音楽雑誌とか音楽媒体に取材してもらったことがあまりなかった。“ツッパリ”だとか“ぶっちぎり”だとかっていうワードと、革ジャンに白いドカンっていうあのスタイルを取り上げられることが多くて。音楽じゃなく『平凡パンチ』とか『プレイボーイ』とか『平凡』『明星』に取り上げられることが多かったからね。

――どちらかというと芸能系というくくりだったんですね。

翔:そうそう。俺たちの目的ってのは、もちろん最初は音楽が好きで始めたんだけど、いっちばん最初は、レコードを出したい、モテたい、ってところだったからね。1980年の頃って、ロックンロールという音楽をやっている人たちが、メディアに出ることを拒んでいた風潮があったんだよ。

ナオ:なるほど! 硬派に見せたいってところですね?

翔:そう。テレビなんか出て来て歌を歌うなんてチャラいこと出来ないし、みたいなね。昔は8分も10分もあるフォークソングを作って歌ってたから、テレビ用の短い尺にされて中途半端に歌うなんてことは不本意だ、的なとこがあった時代でもあったから。全部歌ってこそ作品なんだから、っていう。だから、テレビに敢えて出ないっていうのが、無骨というか、アウトローな感じだった。でも、横浜銀蝿は“モテたい! 売れたい!”で出て来たバンドだったから、一番最初のメディアは何処がいいかな? から始まってたから(笑)。メジャーな雑誌が良いよね! みたいな。それで、事務所が『プレイボーイ』の取材を取って来てくれて。でも、普通はそこで表紙巻頭とか、巻頭特集とかカラーぶち抜き何ページとかがカッコイイんだけど、敢えてそこで“モノクロページじゃなくちゃ嫌だ!”って、訳の分からない主張したりして(笑)。テレビとかも音楽番組からオファーがあったときは、とにかく全部出たい! って感じだった。もともと俺たちの曲は3分くらいで終わっちゃう歌だし、テレビサイズも何もなかったからね(笑)。

ナオ:分かります! 3分以内に収めるのが一番カッコよかったりするんですよね!

翔:そうそう。だから、テレビ用にカットされちゃうならテレビは出ません! なんて言う必要性もなくて。大歓迎だったよ、テレビ。目立つには最高のキッカケだったから。結果、『夜のヒットスタジオ』や『ザ・ベストテン』に出演した事で、お茶の間にロックンロールが広がったって感じだった。最初は、革ジャンに白のドカンっていうスタイルは抵抗もあっただろうけど、徐々にいろんなメディアに出ることによって、それが受け入れられるようになったって感じ。

ナオ:横浜銀蝿の魅力が、テレビを通してだんだん浸透していった感じだったんですね。

翔:そう。最初は、有名ラジオ番組のパーソナリティの人に、“絶対に横浜銀蝿の曲なんてかけない”って言われたりしてた。まぁ、仕方ないところもあって。当時は校内暴力や暴走族が酷い時代で、『積木くずし』とかも話題になってた頃だったから、なかなか世の中的に認めてもらえるスタイルのバンドではなかったんだよ。

■“自分たちにしか出来ない音楽は 無いのか?”って言われたときに、 一番痛いところを突かれた

――その風潮をあおってしまうというイメージだったということだったんですかね?

翔:まぁそういうのもあったんだろうね。俺たちは俺たちの普段のまま、そのまま、ありのままのスタイルで音楽やってたから。その風潮を煽ってた訳でもないから。

――誤解もあったんですね。

翔:そうだね。でも、それをちゃんと認めてくれていたのが、一緒にやろうって言ってくれたキングレコードのディレクターだったんだよ。いろんなレコード会社が声をかけてくれた中でキングレコードという会社を選んだのは、一番厳しいことを言ってくれた人が居たからだった。当時の音楽シーンは、恋の歌が多かった。愛してるとか、そういうことを歌っている曲が多くて。ビートルズやキャロルもクールスもそういう歌歌ってた。俺、チャック・ベリーとか大好きだったんだけど、みんなそういうこと歌ってたりするんだよ。俺たちもそういう音楽を聴いて育って来てるから、自然とそういう曲作っちゃうよね(笑)。俺たちはもちろんそこに憧れてもいたし。そんな中で、横浜銀蝿が別格である為に作っていかなくちゃいけない曲って、そういうところじゃないんじゃないの? ツッパって、大人の言うことなんか聞かねぇっていう生き方して来てて、自分たちにしか歌えない歌はないの? ってそのディレクターに言われて。たしかに、革ジャンにドカンにサングラスっていう自分たちが貫いてきたスタイルを崩さなくちゃいけないなら、メジャーなんかいかねぇ、デビューなんてしねぇって言ってたんだから、俺たちにしか歌えない歌を歌わないと意味ないよな、って思ったんだよ。だから、そのディレクターに、“自分たちにしか出来ない音楽は無いのか?”って言われたときに、一番痛いところを突かれたというか。

ナオ:そう言われる前は、やっぱり恋愛の曲とかが多かったんですか?

翔:そう。だいたいそうだったね。世間が悪いとか、大人が悪いとか、パンク系の奴らはそういう主張をした歌を歌っていたけど、俺たちはロックンロールは楽しいものじゃなくちゃいけないって思っていたから、男子だったら女子にモテたいし、っていうんで、恋愛の歌とか失恋の歌に片寄ってたんだよ。

――じゃあ、そのキングレコードのディレクターさんとの話し合いで、改めて自分たちを見つめ直せた感じだったんですか?

翔:そう。勝負かけなくちゃいけないなって。なんかやんなきゃいけないときに、そこに答えを出さなくちゃいけないって思う不良の精神っていうのかな。そのときのディレクターの言葉がすごく胸に響いて。その言葉に対して、答えを出したいって思ったというか。それで頭切り替えて自分たちらしさを追求する曲を作った。土曜の夜に集団暴走行為をしていた頃のことを思い出して曲作ったんだよ。

ナオ:それが「ぶっちぎりRock'n Roll」だったんですね!

翔:そう。“走り出したら止まらないぜ、俺たちは土曜の夜の天使なんだ!”ってね。“ルームミラーにうかぶ赤いシグナル背中に受けて”ってのは、お巡りさんに追いかけられてる感じね(笑)。

ナオ:パトカーの赤色灯ですね!

翔:そう(笑)。直接的に書かずともだったけど、リアルな情景をそのまま書いた歌詞を乗せたロックンロールを提出したんだよ。そしたら、事務所の社長もレコード会社もひっくり返ってさ。“これだよ! こういうことだよ!”って。俺たちも、あ、こんなんでいいの!? って思っちゃって(笑)。今まで、どうやって女口説いたら良いかってことを一生懸命に考えて歌詞書いてたから。数あるラブソングの中で、より輝きを増す極上のラブソングを作らなくちゃと思って必死に頭悩ませて来たのに、あぁ、そういうことじゃないのね! って気付いたというか。

ナオ:それがキッカケだったんですね。

翔:俺とリードギターのJohnnyは高校の頃からの同級生で、一緒にバンドを始めたんだけど、奴と2人で曲を作っていく中で、デビューするならこの曲がいいねって決めてたのが「横須賀Baby」だったんだよ。その意見をレコード会社に押し通して、シングル曲はそれでデビューさせてもらったんだけど。そのとき、今話した、リアルな情景をそのまま書いた歌詞を乗せた「ぶっちぎりRock'n Roll」が出来たから、それをB面にしたのと、それを1曲目にした『ぶっちぎり』ってアルバムを一緒にリリースすることになったんだよ。

――同時でしたもんね。

翔:そう。さっきもちょろっと話したけど、キングレコードを選んだのは、当時俺たちをディレクションしてくれた水橋さんって人が居てくれたからってのもすごく大きかったんだよね。俺たち1979年に結成してるんだけど、デビューするまでに1年かかってんの。なんで1年かかったかって言ったら、“お前たちじゃなくちゃ歌えない歌をつくれ”って事と、音楽の基礎知識がなかったって事(笑)。

ナオ:そうなんですか!?

翔:そうなんだよ(笑)。当初は譜面も書けなかったからね。マスターリズムくらい作れないの? って言われても、“なんだよ、そのマスターリズムって!?”って感じだった(※マスターリズム=コード・リズムだけの譜面)。水橋さんはすごく信頼もしてたし信用もしてた。普段は本当に仲良い感じで接してたんだけど、仕事のことになると本当に厳しい人で、音楽で飯食ってくってことがどれほど大変なことで、考えている以上に甘いもんじゃないってことをすごく教えられたんだよ。何も分かってなかった俺たちにいろいろと教えるのは、本当に大変だったと思うよ。普段は女の話とか車の話とかして一緒に馬鹿言って笑えるのに、仕事の向き合い方の話になると本当に厳しかったからね。ずーっとオリジナル曲で勝負していくっていうことの厳しさとかもすごく言われた。甘いもんじゃないだよ。覚悟決めてやんなくちゃやれるもんじゃないんだよって。だからJohnnyと話してちゃんと自分たちの音楽やっていこう、腹括ろうって決めたんだよ。他に声をかけてくれたレコード会社の人たちは、みんないい事しか言わなかったんだよ。“いいねいいね! すごいね!”って。でも、水橋さんだけは厳しかった。“そんな甘いもんじゃない”って、ずっと言ってくれた。人間、自分を褒めてくれたり甘やかしてくれる人に逃げがちだし、絶対にそっちの方が楽だけど、なんか、不良の嗅覚っていうのかな、厳しい事を言ってくれる水橋さんについて行こうって思ったんだよ。リーダーの嵐さんも含め、レコード会社を決めるときに、全員が“水橋さんの居るキングにしよう”ってなったからね。水橋さんはもう今亡くなってしまったんだけど、本当に失ってからも特にその存在の大きさと有難さに感謝してる。一緒に出来たからこそ、今もこうして横浜銀蝿はあると思っている。 「ぶっちぎりRock'n Roll」の次は学校編でも作るか! っていうので出来たのが「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」。

ナオ:なるほど! そういう流れなんですね!

翔:そう(笑)。作戦。

――しかし、「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」がデビュー前に出来てたとは! 当時あの曲を聴いたときの衝撃は、今も変わってませんからね。あれほど完璧なメロと歌詞の曲は他に無いと言っても過言では無いくらい、最強作だと思ってます。

翔:あははは。ありがとう! 嬉しいよ。でも、レコード会社の人たちも水橋さんも同じことを言って褒めてくれた。そんな武器が同時に出来ちゃったから、もう黙ってどんどんレコーディングしてくれちゃってさ(笑)。デビュー作のレコーディングしてんのに、もう2枚目確約! みたいなラッキーな状況になったんだよ(笑)。

ナオ:素晴らしいですね!

翔:そう。デビューシングルもアルバムもそこそこいったんだよね。でも、本当の意味で横浜銀蝿を押し上げてくれたのはアルバムだったんだよ。

■第一に自分たちがやってて楽しいと 思える音楽をやるべきだと思ってた

――アルバム制作の中に、何かキッカケがあったんですか?

翔:そう。映画『ボヘミアン・ラプソディ』のシーンの中にもあったけど、レコーディングでいろんな音を使って音楽を作れることに感動したんだよ。俺たちは遊びの延長線上で音楽やってた人間だったから、いろんなことが出来ることに感動して。そんな中で、雨の曲には雨の音を入れたい、とかそういうことを考えるようになって。

ナオ:あ! 集会に音を録りに行ったって話に繋がっていくんですね、そこ!

翔:そうなんだよ! 最初、エンジニアさんにバイクの音入れたいって言ったら、“あるよ!”って言われて聞いたんだけど、全然イメージと違くてさ。ダメだ、これは自分たちで集会行って録って来なくちゃって(笑)。

ナオ:あははは。めちゃくちゃリアルじゃないですか(笑)! どこの集会に行かれたんですか?

翔:そりゃ地元だよ。仲間が居るし、自分もそこでちょっと前まで走ってたんだからさ(笑)。

ナオ:あははは。すごい! 本物だ!

翔:そう(笑)。みんなのとこ行って、“ちょっと音録音させて!”って。カセットデッキ持ってね(笑)。

――カセットデッキ!?

ナオ:すごい! 本当にリアル!

翔:時代を感じるだろ(笑)。“んじゃ、みんな遠くからこっちに集まってくる音録音したいから、よろしく!”って、録音ボタンをガチャって押して(笑)。いい音が録れてさ! “いいねいいね! 最高じゃん!”って思わず声出しちゃって、あ、声入っちゃったからもう1回やらせてっていうエピソードもありつつ(笑)。その音をアルバムの一番最初に入れてもらったんだよ。エンジニアとか、そんなアナログで録った音を入れろって言われたから、頭抱えちゃってる訳よ(笑)。

ナオ:音が割れちゃってるとかですか?

翔:まぁ良質な音じゃないからね。いろいろと工夫してやってくれて、完成形になったんだよ。その音を入れたことによって、若者達がそのリアルに気づいてくれて、“なんか横浜銀蝿ってすげぇんじゃん!”みたいになったらしく(笑)。それが口伝てになって、一気に広がって。シングルの後を追う様な感じになって、“横浜銀蝿=ぶっちぎり”みたいなイメージが定着し始めて、あ、これは行くかもな、っていう感触があったというか。レコード会社としても、既にそのとき隠し玉として「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」があったことから、そこから先の爆発が予測出来ていたってのがあったんだよね。

ナオ:すごいですね! なんかワクワクしますね!

翔:そう。まさに仕掛けられる手応えがあった。

――勢いに乗ったところで、更に勢いが出るものを投下できる準備は整っていた訳ですからね。

ナオ:すごいなぁ、めちゃくちゃカッコイイですね、それ!

翔:“これ、なんか行くんじゃないの?”っていう感覚って、周りにも伝わるんだよね。9月にシングル「横須賀Baby」とアルバム『ぶっちぎり』で、その後すぐ、年明けて1月にシングル「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」とアルバム『ぶっちぎりII』が出る流れが出来てたのもあったから、レコード会社的には“絶対に行くな”っていうのが確信的だったんだろうね。そのとき、“1月からは状況が変わると思うから、覚悟して”って言われたんだよ。

ナオ:すごい! 言われたい!

翔:あははは。本当だよね(笑)。でも、その言葉通り、1月に「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」がリリースされたら、それが一気に2位に躍り出て。本当にそこからはレコード会社の人が言う様に世界が一気に変わった。『夜のヒットスタジオ』とかから声がかかり、『ザ・ベストテン』で注目曲として取り上げられたことで更に数字が上がっていって。4カ月くらいで、世間が知ってくれる存在になっていったっていう。

ナオ:すごいですね!

翔:そうだね。本当に一気に世界が広がった。本当にいろんな番組から声かかったからね。『8時だョ!全員集合』とかバラエティにもガンガン出ていったからね、ロックンロールバンドなのに(笑)。でもほら、モテたいからさ(笑)。

ナオ:あははは。やっぱりそこですね(笑)。

翔:そう(笑)。そういうバラエティに出られるのは本当に嬉しかったから。ドリフターズと一緒に踊ったもん(笑)。素人だった俺たちが、結成からデビューまでの1年間でいろいろ頑張って、音楽的な面も叩き上げな訳だけど、俺たちは難しい音楽をやってる訳じゃなくて、単純な音楽をやってる訳でさ。ロックンロールって楽しけりゃイイんじゃないの? って思ってたから、学ばせてもらったことや覚えて世間が広がると思ったことはちゃんと吸収したけど、やっぱ第一に自分たちがやってて楽しいと思える音楽をやるべきだと思ってたから、そこを突き通したところが功を奏した感じだったね。

ナオ:さっきチャック・ベリーがお好きだって話が出てましたけど、翔さんの音楽ルーツをお聞きしてもいいですか?

翔:中学入った頃くらいかな、音楽が好きってとこからではなく、“とにかくモテたい”ってところから音楽聴き始めたって感じだったからさ(笑)。

ナオ:あははは。“とにかくモテたい”ってところは絶対だったんですね(笑)!

翔:そうなんだよ(笑)。申し訳ないが、そこが第一だった(笑)。学校で人気者になりたかったってのもあったから、フォークギターを触りながら歌謡曲を歌う様になって。Fが押さえられないっていう壁にぶつかったりもして。でも頑張って弾きながら歌った訳。小学校の頃から「戦争を知らない子供達」って曲が流行っていたんだけど、その曲をみんなの前で歌いたくて頑張ったんだけど、Fが押さえられないと弾けないんだよ。それで死ぬ程練習して弾けるようになった。吉田拓郎の「結婚しようよ」、泉谷しげるの「春夏秋冬」、小坂明子の「あなた」とかも頑張って弾き語りしてた。

ナオ:フォークソングからだったんですね!?

翔:そう。中2、14歳の夏だったかな。髪の長い背の小っちゃい暗いイメージの同級生が居たんだけど、そいつのことが妙に気になって友達になりたいなと思って近づいて、いろいろと話す様になったんだよ。それで、そいつん家に遊びに行ったら、ローリング・ストーンズとかデヴィッド・ボウイとか洋楽のアルバムがいっぱい部屋にあって。そういう音楽の魅力をいろいろと話してくれて。“あ~、だからオマエ、そういう髪型とかしてんだ!”って話になって。学校でもすぐに上半身裸になったり、たまに化粧してたりしたりもしたから、変わりもんだなって思ってたんだけど、なるほど、ここからの影響かぁ! って分かって。ミックジャガーになりたかったんだよな、そいつ(笑)。

ナオ:僕、その子と絶対に仲良くなってたと思います! 何故なら、自分もそういうタイプだったので!

翔:あ、そうなの?

ナオ:はい! 同世代の友達とは全く話が合わないタイプだったんです! うっすらお化粧もしたりしてたし!

翔:ナオ、そういうタイプなの!?

ナオ:はい。そういうタイプです(笑)!

翔:そうなんだ(笑)。そいつ、修学旅行でミックジャガーになりきって服脱いで、先生にめちゃくちゃ叱られてたりもしたんだよなぁ~。

ナオ:ん~! その気持ち、めちゃくちゃ分かります! そういう憧れって可愛いですよね(笑)。

翔:そうだね。それで、俺はそいつの家でチャック・ベリー の「Johnny B Goode」を初めて聴くことになったんだよ。そんときの俺の衝撃ったらなかった訳!

ナオ:突き刺さっちゃったんですね!

翔:そう。突き刺さっちゃったんだよ!

ナオ:イナズマ走っちゃうやつですよね!

翔:そう。ギターのサウンドもそうだし、声もそうだし、もうイナズマ走りまくりよ! ちなみにそいつ岡野っていうんだけど、

ナオ:実名(笑)!

翔:あははは。出してやろうぜ、名前(笑)。

ナオ:今の翔さんを作ったキッカケの人ですからね!

翔:そうだよ! で、岡野が“「ジョニー・B.グッド」は、いろんなアーティストがカヴァーしてるんだよ”って教えてくれて、マウンテンってバンドや、ジョニー・ウィンター、ジェリー・リー・ルイスの「ジョニー・B.グッド」も聴かせてくれた。それまで歌謡曲しか知らなかった俺としては本当に目の前の世界が広がった瞬間だった。自分たちが良いと思って、リスペクトの気持ちを持って憧れのアーティストのカヴァーをするってことは誇りなんだよね。

ナオ:まさしくその通りですよね! 本当にリスペクトしかないですからね、カヴァーって。

翔:そう。そうやっていろんな人にカヴァーされてるチャック・ベリーってどういう人なんだろう? ってすげぇ興味が沸いちゃって。めちゃくちゃ知りたくなったんだよ。でも、当時なんてパソコンもなかったし、レコードに付いてる解説を読むくらいしかなかったんだよ。とにかく動いてるチャック・ベリーが見たくてさ。岡野に頼んで半年後ぐらいに海外のフェスの映像をダビングしたやつを見せてもらったんだよ。ダビングのダビングのダビングくらいの映像だから、チャック・ベリーだか何だわかんないくらい荒れ荒れの画像だったんだけど(笑)。うわぁ! このおじさんすげぇな! って思った。それ見てからだね。ロックンロールがカッコイイ! ってなってのめり込んだ。当時キャロルとかも居たけど、それを見たときはそんなにビビビってこなかった。でも、チャック・ベリーを知ってから、日本でロックンロールやってる人たちのことを調べていってキャロルに行き着いたときには、“ヤベェ、キャロルカッコイイじゃん!”って思えたんだよ。

――そこにルーツを感じたんですね。

翔:そう。それまで泉谷しげるとか吉田拓郎って言ってたのに、急にロックンロールとか言い出したっていう(笑)。それが14歳の頃だったね。そこからもうエレキギター欲しさにアルバイト始めて。そこから50年代の洋楽をさかのぼって、“やっぱバンドっていいな”って思う様になってったんだよ。でも、まだまだ当時は学校の文化祭でバンドをやるなんてのはポピュラーではなかったから、中3のときに友達と“めちゃぶつけ”っていうフォークデュオとかしてた。でも、やりながら、“いや、俺のやりたいことってこれじゃないな。やっぱ俺はチャック・ベリーになりたい!”って思ったんだよね。それで、高校に入ったところで、Johnnyに会ったのよ。

ナオ:出逢っちゃったんですね!

翔:出逢っちゃったよね~(笑)。俺は当時からリーゼントだったから、Johnnyがいきなり来て、“俺Johnny。一緒にロックンロールやろうぜ”って。 え? みたいな(笑)。

ナオ:もうJohnnyさんの中では固まってたんですね!

翔:そう。いろいろ構想があったみたいだった。そこからだったね。俺とJohnny。

――横浜銀蝿の基盤ですね。

翔:そうだね。後に嵐さんをドラムとして入れて、そこから横浜銀蝿の本当の基盤がスタートしていったんだけど、嵐さんは高校生の頃、ギターでバンド組んでたんだよ。シカゴとかクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルとかが好きで、よく聴いてた。その影響でクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルを好きになった。「トラベリンバンド」って曲聴いたら、完全に3コードのロックンロールでさぁ! 最高じゃん! コレだぜ! って思ったね。

■ずっとガキで居たいんだよ。 いつまでもそういう感性は 持ち続けていたいなって思う

――嵐さんの音楽ルーツはアメリカンロックですか?

翔:そうだね、嵐さんはロックンロールど真ん中というより、アメリカのロックとか柳ジョージだった。

ナオ:なるほど! アーティストさんの音楽ルーツを聞くのって本当に楽しいですね! 翔さんの歌を聴いて、どこらへんがルーツなのかな? って探りながら聴かせてもらっていて、チャック・ベリーも感じたし、エルヴィス・プレスリーもすごく感じたんです。歌唱法がエルヴィス・プレスリーっぽいなって感じるところが節々にあって。

翔:うんうん、プレスリーも大好きだからね。そこはたしかに意識して歌ってる部分はある。

ナオ:そうなんですね! やっぱり! なんか嬉しいです! こうやってルーツを紐解けてるのって、すごく嬉しい! でも、音楽的なルーツがなかなか見えてこないんですよ、横浜銀蝿の音楽って。なんていうか、すごく独自のロックンロールだから。何処にもないオリジナルを感じるんです。だから、音楽的なルーツがあんまり見えてこないというか。“ここ!”っていうのがあまり見えないんです。横浜銀蝿は横浜銀蝿だなって。

翔:おぉ、ナオ、嬉しいこと言ってくれるね! 横浜銀蝿を音楽的に分析してくれることなんて、本当に今までなかったから、そうやって聴いてくれたのがすごく嬉しいよ! ヒーカップ(※語尾をしゃくりあげる歌唱法)をヒーカップと分かってなくて、“プレスリーカッコイイ!”ってとこで自然と真似てたところが、自分たちがバンド始めて横浜銀蝿のボーカルとして歌うようになって、レコーディングとかで“翔くんいいね、そのしゃくり!”って褒めてもらうようになって、それがいつしか自分の個性になっていったって感覚だったからさ。俺がビートルズがめちゃくちゃ好きで研究していたら、今の歌い方にはなっていないと思うし、横浜銀蝿は今の感じではなく別物になってたと思うんだよ。俺は、チャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、ってとこで。嗄れ声で、暴力的で、ピアノも叩くように弾く感じってのが、好きだったから。ガン飛ばしながら歌うっていうね。そんなんを1950年代にやってたっていうカッコ良さだよね。俺はそんなところと3コードに固執してるから、そこがビートルズとかが好きだったJohnnyやTAKUの音楽ルーツと絡まって、ナオが感じてくれた、何処にもない横浜銀蝿っていうオリジナルが出来上がってるんだと思う。全く同じルーツだったら、このオリジナル感は出ないと思うんだよ。

ナオ:めちゃくちゃ分かります! バンドってそうですよね。

翔:そうなんだよ。そうなっちゃうと面白くない。やってる方は意気投合して楽しいかもしんないけど、それじゃただのコピーバンドだからね。横浜銀蝿が違ったのは、聴いて来た音楽や想いがそれぞれ別々だったから、バンドの中の化学変化になっていったんだと思う。俺の書いた曲でも、リードギターを考えて弾くのはJohnnyだから。そこにはJohnnyのルーツが自然と出てくるし、一緒にいる俺が好きな音楽やフレーズも知ってくれてるから、“翔くんが好きな感じはこんな感じなんじゃないかな”ってフレーズを考えて来てくれるんだよ。それって、Johnnyだけで作ってたら生まれてこないとこだったりもするんだよね。横浜銀蝿というバンドでやるからこそ出てくる化学変化だから。その逆もあって、Johnnyが作って来た曲に対して俺は、“きっとJohnnyはこんな風に歌って欲しいだろうな”って思いながら歌うからね。だから他と同じにならないんだと思う。横浜銀蝿は横浜銀蝿でしかない曲と歌になるんだよね。

ナオ:すごく分かります! 首振りDollsもメンバー3人それぞれが曲と歌詞を作るので、今、翔さんがおっしゃられた感じでそれぞれがそれぞれの作者の想いに応えたいという想いで作り上げていってる感覚です。

翔:信頼があるからこそだよね、それは。今も40周年のアルバム(2021年3月17日横浜銀蝿40thミニアルバム『ぶっちぎり249』)を作ってるんだけど、原曲からどんどん変化していくんだよ。メンバーがレコーディング中に、“ここをこうしてみたらいいんじゃない?”っていう意見に対して、“いや、これは俺の作った曲だからこうしたいんだよ!”っていう奴が居ないんだよ。“じゃあやってみよっか!”みたいな感じで着地するまでガンガン形を変えていくからね。それこそ信頼でさ。それが楽しいんだよ。それが銀蝿サウンドなんだよ。

――結成40周年となる2020年、オリジナルメンバー4人による初めての再結成をされた訳ですが、当初から比べて、向き合う姿勢とか想いとかが変化したというところは無いんですか?

翔:ないなぁ~。でも、嵐さんが歌う曲とかあると、疲れちゃうから、何回も歌わせないようにしてあげないとなぁって思って気遣ってあげるところは変化したかな(笑)。歳なんでね、お互い(笑)。4つの音だけで作ってる訳なんだけど、今までそれぞれが違う形で音楽と向き合っていたこともあり、当時にパッと戻れるんだよね。昔の横浜銀蝿に戻れてる。これまでも、Johnnyが参加するまで、違うメンバーでいろんな形で横浜銀蝿を続けて来たけど、Johnnyが戻って来ただけで本当に昔の横浜銀蝿に戻るんだよ。音の作り方も何もかも、全てね。TAKUは打ち込みが好きだったりするから、今回もTAKUの曲にはそんな音を入れていってるけど、俺とJohnnyの曲はいつもの通り、音をどんどん削っていく感じで作ってってる。音を足していけば良くなっていくのは当たり前なんだけど、そこに頼りたくはなくて。

ナオ:それもすごく分かります。本当にそうですよね、削る勇気というか、最低限の音で作ることって、すごく頭を悩ませることでもあって。

翔:そう。俺も銀蝿以外で3ピースのバンドをやっているんだけど、3ピースになると、俺は、歌ってギター弾いてソロも弾くから、すごく大変になるんだよ。でも、自分の鮮度をより輝かせるためには、3ピースバンドで自分を追い込んでいくことだなって感じていて。後輩のメンバーに頼んで、“俺の為に一緒に3ピースバンドをやってくれ”って言って誘って結成したのがキッカケなんだよ。敢えて3ピースのロックンロールバンドがやりたかったってのは、そういうところだったりするんだよね。その結果をいい形で横浜銀蝿に持ち帰れている感じはする。3ピースって最小ピースだからね。だから首振りDollsもその最小ピースでロックンロールをぶちかましてるのは、すごくカッコイイことだと思うよ。すごい個性だと思う。レコーディングだと3つの音以外に重ねてたりするでしょ?

ナオ:そうですね、ギターを重ねたり。

翔:でも、ライヴのときは3つの音のみでやってる訳じゃない。普通に考えたら、重ねてる音がライヴでは無いから、単純に考えたら物足りなくなるということになりがちだけど、でも、そうじゃ無い。ライヴじゃなくちゃ作れない空間や、表情や、MVでも見れないものがあるんだよ。でも、3ピースって、本当に頑張らないと物足りなくなっちゃうのも現実問題で。

ナオ:本当に3つの音だけですからね。

翔:そう。“ハコを鳴らすのがロックンロール”だと俺は思っているから。でも、単純に音をデカくすりゃいいってもんじゃないし。ライヴの音量って、リハーサルのときにドラム中心に作っていくものだと思うけど、お客さんが入った状態で音を出すと、音が吸われちゃって本番で音が変化してしまうことがあるからね。3人しかいないと、裏でギターもう1本流したいなとか、ピアノ入れたいなとか、いろいろとあると思うけど、そういうところでも無いというか。語弊があるけど、上手いことが重要じゃ無いというところでもあるし。一番最初に衝動で、若くして始めた下手くそな時期の方が勢いあってカッコ良かったりする場合もあるしな。

ナオ:あー、そういう衝動的な感じすごく分かります! ずっとガキで居たいですよね!

翔:そうなんだよ、ずっとガキで居たいんだよ。ずっとモテたいだけでバンドやってたいんだよ(笑)。んじゃなくちゃ、カセットデッキでバイクの集会の音録ったやつをアルバムの最初に入れたいなんて思いつかないんだからさ(笑)。いつまでもそういう感性は持ち続けていたいなって思うよ、本当に。そうやって40年前に思い付きで必死になって録った音を、40年後に今聴いても、あー、本当に俺たち頑張ってたなって思えるからさ。その想いって、この先もずっと持ち続けてロックンロールをやり続けたいなと思ってる。

ナオ:カッコイイです! 本当に。そんな風に歴史を重ねていけたらどんなに素敵だろうって思います!

翔:そうだね。俺たちにとって横浜銀蝿は永遠だから。メンバーが元気でいられるうちは、ずっと頑張り続けて行きたいと思うよ。ナオもさ、首振りDollsをそういうバンドにしてやってよ。何十年後かに、ちゃんと誇れるバンドにね。

ナオ:はい! ありがとうございます! 本当に頑張ります!

翔:ドカンと売れて、“横浜銀蝿の翔さんと昔、こんな話をして、それで今の首振りDollsがあるんです!”って言ってよ(笑)!

ナオ:あはははは。はい! そう言えるように頑張ります! ありがとうございました! またライヴ観せて下さい!

翔:おう! いつでも遊びにおいで! 待ってるよ!

取材・文:武市尚子
動画撮影&写真:DOLL RECORDS Co., Ltd.

【首振りDolls ライブ情報】

■首振りDolls
『FRIDAY THE DOLLS~首振神社~』
2021年1月29日(金) 東京・下北沢CLUB251
<二部公演>
一部 open16:30start17:00
二部 open19:30start20:00
<チケット>
前売り4,000 当日4,500+d
・チケット発売
Live pocketにて12/20 10:00~
https://kubihuri.com/live/live-1744/

■naoソロ出演
新宿LOFT presents『陽だまりのひととき』
2021年1月12日(火) 東京・新宿LOFT
共演:aie/ 村上達郎
<チケット>
前売¥3,000+d¥600
配信¥2,000
※リアルタイム視聴時のみお茶爆(投げ銭)可!
※配信終了後14日間アーカイブ購入可
・詳細ページ
http://kubihuri.com/live/live-1740/

【横浜銀蝿40th CD情報】

アルバム『ぶっちぎり249』
2021年3月17日(水)発売
【初回限定盤+フィギュア】(2CD+DVD+フィギュア)
¥10,000+税
※KING e-SHOP限定セット
※豪華BOX仕様
<商品内容>
■CD1
「昭和火の玉ボーイ」を含む新録オリジナルアルバム(7曲予定)
■CD2
ファン投票によって収録曲目が決定するスタジオライブアルバム(10曲予定) 
■DVD
『Documentary of 横浜銀蝿40th II』+ミュージックビデオ(3曲予定)
■フィギュア
横浜銀蝿40th メンバー4体セットmini brokker

【初回限定盤】(2CD+DVD)
KICS-93959/¥6,000+税
※豪華BOX仕様
<商品内容>
■CD1
「昭和火の玉ボーイ」を含む新録オリジナルアルバム(7曲予定)
■CD2
ファン投票によって収録曲目が決定するスタジオライブアルバム(10曲予定) 
■DVD
「Documentary of 横浜銀蝿40th II」+ミュージックビデオ(3曲予定)

【通常盤】(1CD)
KICS-3959/¥2,200+税
<商品内容>
■CD1
「昭和火の玉ボーイ」を含む新録オリジナルアルバム(7曲予定)
※【初回限定盤】CD1 と同内容です。

◎特典詳細ページ
https://www.kingrecords.co.jp/cs/t/t12318/

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当記事はOKMusicの提供記事です。

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