【今週はこれを読め! エンタメ編】部活をめぐる青春ミステリー連作集~酒井田寛太郎『放課後の嘘つきたち』

BOOKSTAND

 「この人に会ってみたい」と思う人はたくさんいる。例えば、藤井聡太二冠。自分のいちばん年少の息子より若い彼に、私は夢中である。どうしたらそんなに将棋に対してまっすぐになれるのかを尋ねてみたい。例えば、ケイト・ブランシェット。演技もルックスも好みすぎる。「オーシャンズ8」のときの衣装でファッションショーをやってもらいたい。特定の人ではなく、「こういう人に会ってみたい」というのもある。例えば、嘘をついたことのない人。とはいえ、そもそもそんな人を見つけること自体不可能だろうなと思う。どんなに親や先生から「嘘をついてはいけない」と教えられても、私たちは真実だけを語って生きていくなんてまずできないのだから。

舞台は、「N県水島市に広大な土地を有しているマンモス進学校」である英印高校。主人公の蔵元修はボクシング部の有力選手だが、現在は怪我で練習を休んでいる。入学金・授業料ともに完全免除のS特待生として入学したのに試合どころか練習にも出られない、という状況を気に病む日々が続いていた。幼なじみの白瀬麻琴はそんな修を見かね、気分転換を兼ねて自分の所属する部活連絡会を手伝わないかと声をかける。部活連絡会とは生徒会の下部組織で、部活同士のトラブルの仲裁やルールを守らない部活への警告などが主な業務だ。英印高校の生徒数は約5000人、部活数も100を超えているため、部活連絡会もなかなかの忙しさ。しかも、現在のところ麻琴がひとりですべての業務を回しているという。

麻琴の申し出を受け入れて部活連絡会の仕事に携わることになった修が最初に直面したトラブルは、演劇部でカンニングが行われているのではないかという疑惑。修や麻琴のいる2年A組の担任で日本史担当の浜田が持ち込んだ案件だ。日本史の定期テストの平均点は、通常だとだいたい60~70点の間といったところ。しかし、前々回・前回そして今回の定期テストでは、演劇部に限って75%の部員の成績が90~100点の得点圏に集中しているというのだ。演劇部はボクシング部や野球部と並ぶ看板部活で、コンクールを間近に控えている。自分の思い過ごしで演劇部員たちに負担をかけてはと心配した浜田からの、部活連絡会からそれとなく探りを入れてほしいという依頼だった。その足で演劇部の部室に向かったふたりは、「日本史の期末テストにはね、法則があるの」と漏らしたクラスメイトでもある部員の日比野の言葉を遮るように会話に割り込んできた男子生徒と出会う。それが2年生のもうひとりのS特待生、両耳ピアスに銀髪という人目を引く端正な容姿を持った「シェイクスピアの再来とも言われる戯曲家にして、演出、作曲、俳優もこなす神童」御堂慎司だった。

初対面からウマが合わない修と御堂だったが、結局ふたりとも部活連絡会に携わる流れに。お互い反発し合いながらも、持ち込まれるさまざまな謎を解いていく中で徐々に相手への理解を深めていく。ひとりの人間にはさまざまな面が共存しており、一面だけの性格しか備わっていないということはあり得ない。それはわかっていたはずなのに、本書を読んで日頃いかに自分の思い込みに左右されて物事を判断しているかを痛感せずにいられなかった。

謎があるということは、それを秘密にしておきたい人間がいるということ。問題の解決によって、必ずしも関係者全員がハッピーになれるとは限らない。取り返しのつかない過ちというものは存在するのだ。それでも結果を受け止めて、前に進んでいこうとする修たちの姿がまぶしい。どんなに後悔しても時間は決して巻き戻せないのなら、その痛みごと受け入れたうえで前を向くしかないのだ。青春のまっただ中でもがき苦しみながら成長していく彼らに、相手の立場に立って考えたり自分の弱さに向き合ったりすることの大切さを改めて教えられた思いだ。

わけもわからず焦燥感ばかりが募っていく10代を過ごした(過ごしている)、すべての読者の心に響く作品だと思います。著者の酒井田寛太郎さんは、2017年に『ジャナ研の憂鬱な事件簿』(第11回小学館ライトノベル大賞優秀賞作品「翡翠と琥珀」を改題)でデビュー。『ジャナ研』シリーズは本書と同じく青春ミステリーで、全5巻だそう。不勉強にして未読でした、読んでみたい!

(松井ゆかり)

当記事はBOOKSTANDの提供記事です。

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ