ナチス占領下にあるフランスの小さな村がユダヤ人児童を救った。映画『アーニャは、きっと来る』監督インタビュー

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 マイケル・モーパーゴが書いた名作『戦火の馬』を子供の頃に読んだ人もいるだろう。2011年にスティーブン・スピルバーグが映画化したことでも有名だ。

その類まれなる作家性により、イギリス王室から「サー」の称号を授与されたモーパーゴが1990年に出版した小説『アーニャは、きっと来る』が同名で映画化され、11月27日に日本で公開される。映画はNetflixドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』でウィル役を演じたノア・シュナップが主役を熱演し、ジャン・レノやアンジェリカ・ヒューストンといった豪華キャストが脇を固めた、人間性と差別の根源に迫った素晴らしい作品に仕上がっている。

先日、この映画のメガホンをとったベン・クックソン監督にインタビューを行い、今年2月に開催されたブリティッシュ・フィルム・インスティテュート(BFI)のQ&Aに登壇した原作者モーパーゴの話をYouTubeで見たが、いずれも非常に興味深い誕生秘話が聞けたので皆さんにご紹介したい。
フランスの“普通の人々”がユダヤ人の子供たちを逃がしていた
 1942年の冬、スペインとの国境ピレネー山脈の麓に佇むフランスの小さな山村・レスカンに住む、13歳の羊飼いジョー(ノア・シュナップ)は第二次世界大戦中とはいえ、気丈な母(エルザ・ジルベルスタイン)、優しい祖父(ジャン・レノ)に愛される平和な日々を送っていた。唯一の悩みは父親(ジル・マリーニ)がドイツの捕虜になり、労働収容所に捕らえられていること。来年の夏には「移動放牧」に旅立つ予定で、ジョーはそれが待ち遠しい。

しかし、ついにナチスがレスカンに駐屯し、村に暗雲が立ち込める。ある日、ジョーは未亡人オルカーダ(アンジェリカ・ヒューストン)の義理の息子、ユダヤ人のベンジャミン(フレデリック・シュミット)と山中で出会う。彼は生き別れてしまった娘アーニャとオルカーダの家で落ち合うと約束していたのだった。オルカーダとベンジャミンがユダヤ人の子供たちを納屋で匿っていることを知ってしまったジョーは、彼らと一緒にスペインへ子供たちを脱出させることになるのだが……。

というのが『アーニャは、きっと来る』のストーリーだ。原作に演出が加えられてはいるものの、映画の大筋は原作に忠実に作られている。

フランスではナチスに抗う人々としてレジスタンスが有名だが、実はユダヤ人の子供たちを匿い、他国へ逃がす活動を行っていた“普通の人々”も少なからずいたのをご存じだろうか?

例えば、1912年にロシアのユダヤ人コミュニティによって設立された『OSE(Oeuvre de Secours Aux Enfants/Children’s Aid Society)』という組織は、歴史家の間では有名で、1933年にパリに本部を設置し、第二次世界大戦中にはユダヤ人の子供たちに身分証明書やパスポートを偽造して非ユダヤ人家庭に預け、外国へ送るなどの救助活動を行っていた。実際に『OSE』は大戦中5,000人以上のユダヤ系の子供を救ったと言われている。

覚えておきたいのは、こういった組織を運営していた人々は歴史に名を残さない“ごく普通の人々”だったことだ。教師、主婦、農夫、郵便局員……こういった人々が自らの命を顧みずに協力し合い、成し遂げられた偉業は決して教科書では語られない。

『アーニャは、きっと来る』の原作はレスカンという実在の村で本当に起きた出来事にインスパイアされて、“偶然”に生まれた小説だ。30数年前、原作者のモーパーゴはバカンスでレスカンを訪れた。モーパーゴ夫妻が村で寛いでいるときに、村の少女がモーパーゴにサインをねだってきた。そして、モーパーゴは少女の父親と歓談するうちに、ナチス占領下のこの村に住むひとりの女性がユダヤ人の子供たちを納屋に匿い、羊飼いが通る山道を通ってスペインへ彼らを逃がしていたという実話を、“偶然”にも聞いたという。この女性が未亡人オルカーダのモチーフとなった。

劇中に登場する熊やナチに撃たれる村人の話も少し脚色されてはいるが、実際に村で起こった事件であり、その村人が撃たれた場所には今も小さな慰霊塔が建っているそうだ。モーパーゴ本人曰く、この小説はフィクションといえど、村の“記憶”を語った真実なのである。
ビジネスを超えてレスカンの“記憶”こだわった理由
 モーパーゴとレスカンのこの“偶然”の出会いについて筆者がベン・クックソン監督に聞くと、彼は「モーパーゴの原作が語る“記憶”を忠実に表現するには、物語のDNAを映画に盛り込む必要があった」と言い、こんなエピソードを教えてくれた。

映画化のプロジェクトがクックソン監督に持ち込まれた当初、プロデューサーたちはニュージーランドかカナダで撮影することを計画していた。なぜなら、これらの国は映画制作に対する税制優遇があるし、撮影にも慣れている上に英語圏だから多国籍のプロダクションチームにとって仕事がやりやすい。ビジネス面でも非常に有利なロケーションだが、監督は原作と脚本を読んで以来、どうしてもレスカンを自分自身の目で見たくなったという。

クックソン監督自身もパリ在住でフランス語に堪能なことから、4日間の取材だけという約束でレスカンを訪れた。すると、たまたま宿泊したAirbnbのオーナーは、「私の亡くなった父も羊飼いだったんですよ」と古い写真アルバムを監督に見せながら父親から聞いた、ナチス時代の話をしてくれたそうだ。この時、物語のDNAはレスカンの村そのものだと確信した監督。監督はすぐにプロデューサーを説得してレスカンをロケ地に使うことにしたのだ。

戦争時には数千人も住民がいたが、現在のレスカンにはたったの80人しか住んでいない。しかし、映画のロケ地ともなると何百人ものクルーが村に押し寄せることになる。監督は撮影前にもう一度レスカンを訪れて、村人のためにQ&Aを開いて彼らの不安を取り除いた。

その甲斐もあり、“レスカンの記憶を継承する”という監督の真摯な姿勢を知った住民たちは、監督を村の伝統である「移動放牧」へと連れて行った。映画でも描かれる、ジョーが大人の羊飼いへの通過儀礼として経験する「移動放牧」は、ヨーロッパの山地で何世紀にも渡り受け継がれてきた儀式だ。

「『移動放牧』は羊飼いの家に代々伝わる聖なる儀式なんです。その日は朝4時に起きて、6時間かけて600頭の羊と一緒に山に登りました。しかも例年にない悪天候で雷が鳴り、視界は雨に塞がれている。けれどもなんとか山頂に到着した瞬間の感動は言葉には表せませんね! その時以来、村の人々と絆を結ぶことができ、彼らはあらゆる面で映画の制作を助けてくれたんです」と監督はその時の感動を振り返る。

映画ではジョーが山で雷雨に打たれるシーンがあるが、それも監督のこの「移動放牧」の経験を盛り込んだもの。山の厳しい天候を身をもって知ることで、レスカンのユダヤ人救出における最大の敵はナチスだけではなく、この天候だったと知った、と監督は教えてくれた。

さらに、自由や希望の象徴のように鷹が翼を広げて空を舞う場面が映画に散りばめられているが、これも監督がレスカンの山から眺めた“偶然”の光景だったそうだ。
脚本家のトビー・トーレスと原作者モーパーゴの出会いも“偶然”
 本作が偶然性から生まれた要素は他にもある。実はクックソン監督と共同執筆を務めた脚本家のトビー・トーレスと原作者モーパーゴも、“偶然の出会い”を10年近く前に果たしていた。BFIでモーパーゴが披露した話によると、なんと、トーレスは14歳のときに『アーニャは、きっと来る』の本のサイン会でモーパーゴと出会い、彼に作家になりたいと告げていたというのだ……!

そして、トーレスが大学生になった18歳の頃、彼はモーパーゴにこの小説の脚本を書きたいと手紙を送る。モーパーゴは快諾し、数年後にトーレスの脚本がプロデューサーの目に留まり、映画化に至ったのだった。映画の撮影前、現在23歳のトーレスはモーパーゴ夫妻や監督ともにレスカンに訪れ、現地の自然、歴史や住民と触れ合い、クックソン監督と一緒に脚本にレスカンの“記憶”を新たに吹き込んだそうだ。

それにしても、モーパーゴとレスカン、トーレスとモーパーゴ、レスカンの羊飼いと監督……度重なる偶然が引き合わせた出会いがこの1本の美しい映画を紡ぎ出したとは非常に感慨深い。

本作は児童文学といえど、村人からナチ軍人に至るまでキャラクター考察が非常に深い。だから、文化や世代を超えて多くの人々の心を引き付ける素晴らしい物語に仕上がっているのだが、そもそもモーパーゴの小説は子供の目を通して描いたものが多い。モーパーゴはなぜいつも子供の目から、複雑でダークなリアリティを映し出すのだろうか──そんな疑問をクックソン監督に投げかけてみたところ、監督はこう語った。

「それには2つ理由があると思います。第一に、消えゆく“記憶”を次の世代へ伝えるため。第二次世界大戦を生き延びた世代が絶えてしまう前に彼らの記憶を子供たちに伝えたいということ。
 第二に、子供の目を通して“記憶”を語ることで、より純粋な人間性を映し出すことができること。子供たちは大人よりも哲学的で心で善悪が分かっていると思います。けれども私たちは成長するにつれ、政治的・社会的規範に染められ、純粋な善悪から離れていきますよね? 本作のジョーはなぜユダヤ人の子供たちを助けたのでしょう? 決して政治的な信条が理由ではない。子供たちの視線から、社会や政治に惑わされない、真のヒューマニティが見える」

劇中、アーニャの父ベンジャミンにジョーは聞く。「なぜユダヤ人は嫌われるの?」。この純粋な問いにベンジャミンは、人間には自分の不幸や不満を誰かのせいにしてしまう性(さが)があることを教える。なぜ、我々は特定の民族をやり玉にあげるのか──。差別の根源は何なのか──。ジョーを通してこの映画は我々にそう問いかけるのだ。

クックソン監督は、レスカンの住民に感謝の気持ちを込めて上映会を催し、住民全員を招待した。そこにはフランスの歴史家2名も出席しており、監督は歴史家に何を突っ込まれるのだろうかと内心緊張していたそうだが、意外にも彼らはこう言ったという。

「一般的なフランス人も知らない、小さな村の“普通の人々”が差別に抗った歴史を映画にしてくれて、ありがとう」と。戦争の“記憶”が薄れるなか、このように“歴史に名を残さない人々”を題材にした小説や映画は我々の宝物だと言えるだろう。数々の偶然が呼んで創り上げられたこの稀有な“真実”の物語をぜひ劇場で堪能してほしいが、ひとつだけ注意してもらいたいことがある。

実はこの映画にはマイケル・モーパーゴがカメオ出演しているのだ。ほんの数秒のシーンだが、ヒントは映画の冒頭で歩いて来る黒っぽい服に身を包み、杖をついた老人。モーパーゴが冗談交じりに言うには1日かけて撮影された彼の登場シーンは編集の度に短くカットされていったらしい。クックソン監督のストイックに“真実”を求める姿勢には、原作者モーパーゴもお手上げだったようだ。

(此花わか)

【参考】
Michael Morpurgo and Ben Cookson on Waiting for Anya - BFI Q&A(YouTubeリンク)

『アーニャは、きっと来る』
11月27日(金)より、新宿ピカデリー他全国ロードショー

当記事はwezzyの提供記事です。

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