中村×首藤が新たに新国立劇場バレエのダンサーと3度目の上演、『Shakespeare THE SONNETS』が刻む時代の記憶~中村恩恵インタビュー

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2020年11月28日(土)・29日(日)に中村恩恵×首藤康之×新国立劇場バレエ団『Shakespeare THE SONNETS』の公演が行われる。この作品は2011年に新国立劇場ダンス公演で中村恩恵×首藤康之の2人により初演、2013年に再演された。今回3回目の上演となる2020年は、新国立劇場バレエ団プリンシパルの渡邊峻郁小野絢子米沢唯が参加。渡邊と小野がペアを組み、米沢は中村とともにこの作品をつくりあげた首藤と踊るなど、新たな側面からのアプローチがなされる。

シェイクスピアが赤裸々に人間の愛憎や情念を描き出した『ソネット』をベースに中村恩恵と首藤康之が生み出したこの作品が、7年という時を経て、また小野、米沢、渡邊という3人の新たなダンサーを得てどう変化していくのか。中村に話を聞いた。(文章中敬称略)

シェイクスピア『ソネット』について
『Shakespeare THE SONNETS』のベースとなったのはシェイクスピアによる154編の十四行詩からなる『ソネット』。そこには詩人(シェイクスピア)の青年への愛情が、時にはとても情熱的に綴られる。ところが詩人の恋人ダークレディと青年がいつしか恋仲となるがために、作品の後半は詩人の嫉妬の炎が燃え上がる。人の愛憎や情念が切々と描かれた、非常に生々しくも普遍的なテーマを有する作品。

■社会的事件とともに上演される巡り合わせ


――『Shakespeare THE SONNETS』の初演は2011年、東日本大震災のあった年でした。再演はまだ震災の記憶が生々しい2013年。そして3回目となる今回2020年は新型コロナウイルスによる世界的な病禍に見舞われたなかでの上演となります。

この作品の宿命、巡り合わせなのでしょう。この作品の創作は福島の原発事故直後に行われました。節電に取り組みつつリハーサルを進めたのを覚えています。その時期、日本全体に新しい生き方を模索する気運が高まっていました。しかし、今は逆行したかのように利便性と快適さを追求する消費社会に戻ってしまっていると感じます。さて、今はコロナの流行を通じて社会の歪みが克明に炙り出されています。私たちの従来の生き方に大いなる反省が齎されているなかで、良い方向に個人個人の意識の変化と社会の改革が進むことを願っていますが、結局は経験から何も学べずに終わるのではないかという危惧を私は払拭することができません。しかし一方で、こうしたなかでこの作品を上演するにあたり、アーティストとしてのヴィジョンを提案する契機が与えられているとも感じています。​

■言葉で決めて伝えていく。身を削ぐ作業で生まれる作品の新たな可能性


――今回の上演は新国立劇場バレエ団の小野さん、米沢さん、渡邊さんの3人が、中村さんの作品を踊ることとなります。

振付は「針の穴」と一緒で、絞り込むからこそ、そのあとに広がりが生まれるのですが、そのためにはまず、(私たちが踊った最初の振り付けの)周りに付いているオプションを刈り込んでいかなければならない。それが実は辛い作業だったりします。様々な可能性を排除しながら、骨格だけにしていかなければいけない。これは身を削がれるような、時には手足を切り取られるような感じも伴うのですが、でも一旦決まると逆に、規則があるからこその自由さが生まれる。これをさらに新しいキャストに振り移す作業はまた困難で、腰を据えて丹念に教えながら、方向性を決めて引っ張っていくという、緻密で辛抱強い堅実さが必要です。
小野絢子、渡邊峻郁、米沢唯
小野絢子、渡邊峻郁、米沢唯

――渡邊さんと小野さん、首藤さんと米沢さん、それぞれのペアの印象はいかがでしょう。4人とも新国立劇場バレエ団で上演された中村さん振付『ベートーヴェン・ソナタ』に、米沢さんと渡邊さんは『火の鳥』にも出演されています。

渡邊さん小野さんのペアは、無限の可能性を秘めていると感じています。渡邊さんはとても貪欲に自分の中から豊かな表現を引き出していこうとする、エネルギッシュでスリリングなダンサーです。それと、小野さんの繊細で壊れやすい磁器のような存在が出会います。彼らがどこまで彼ら自身の世界観を作り出してくれるのか、私はとても楽しみにしています。
『ベートーヴェン・ソナタ』 渡邊峻郁 撮影:鹿摩隆司
『ベートーヴェン・ソナタ』 渡邊峻郁 撮影:鹿摩隆司
『ベートーヴェン・ソナタ』 首藤康之、小野絢子 撮影:鹿摩隆司
『ベートーヴェン・ソナタ』 首藤康之、小野絢子 撮影:鹿摩隆司

首藤さんは、この作品の魂です。私は、首藤さんのために「詩人」を生み出しました。また『火の鳥』の娘役、『ベートーヴェン・ソナタ』のジュリエッタ役、どちらも複雑な役柄を非常に興味深く演じてくれた米沢さん。この二人の出会いは、観る側も良く覚悟して臨まなくてならないような危険な化学反応を引き起こすと思います。本番が非常に恐くもありまた楽しみです。
『ベートーヴェン・ソナタ』首藤康之、米沢唯 撮影:鹿摩隆司
『ベートーヴェン・ソナタ』首藤康之、米沢唯 撮影:鹿摩隆司

――そういえば作品中では首藤さんはずっと男性ですが、中村さんは青年やジュリエット、あるいはダークレディと、いわば二つの性(ジェンダー)を踊りました。

元々シェイクスピアの時代の演劇は、若い男子が女役を演じていました。日本の伝統芸能でも男性が女性の役を演じますが、そういう意味では劇場の世界はジェンダーを超えて「人間」であることができるわけです。

――シェイクスピアの時代から現代に至るまで、「劇場の世界」の舞台人は変わらずに「人間」でいられるのですね。『Shakespeare THE SONNETS』のベースとなっているシェイクスピアの『ソネット』は500年前の作品ですが、これをもとに中村さんが作品のなかで綴った人間の愛憎や情念、怨念、嫉妬など、普遍的な思いといったテーマもまた、3度目の上演となる今回も変わらないと。

はい。自分たち人間は内側に崇高な愛、欲望、恨み、絶望、悲しみなどいろいろなものを持ち合わせていると思いますが、そうした人間たちにシェイクスピアはとても温かい眼差しを注いでいるような気がします。

シェイクスピアの『ソネット』105番で「一人の人間が真・善・美を同時に備えることはなく、その三つがともに成立することは今後もないだろう」というようなことが綴られています。でも作家は、その不可能を可能たらしめるために詩を作り続けていますし、私達振付家・舞踊家もそうなのではないでしょうか。

先ほどの「針の穴」ではないですが、何か突き抜けているようなものが表現できれば幸いです。人生には苦悩が満ちていますが、そこから逃げずに生きていくことでいつしかとても清らかな、希望のようなものに出会えると信じています。
『Shakespeare THE SONNETS』 中村恩恵、首藤康之 撮影:鹿摩隆司
『Shakespeare THE SONNETS』 中村恩恵、首藤康之 撮影:鹿摩隆司

■キリアンの言「振付家×ダンサー×観客が作り出すゴールデン・トライアングル」を目指して


――今回中村さんご自身は踊られず、振付家としての参加になります。

私は舞踊をイリ・キリアンという非常に偉大な振付家に教わってきたのですが、彼は舞台が成立する条件には「黄金の三角形――ゴールデン・トライアングル」が必要だ、ということをおっしゃっていました。

つまり、振付家がいてダンサーがいて、そして観客がいる。

振付家の意思をダンサーが表現し、それを観客が読み取って振付家の思いを理解する、ということを「ゴールデン・トライアングル」と仰っていました。これまでの上演においては、振付家の私がダンサーも兼ねるという一人二役でしたが、今回はダンサーが加わりキリアン氏の言う「三角形」が成立することになります。

――中村さんは今回ある意味お客様の立場にもなって、ゴールデン・トライアングルの一端を担うことにもなるのですね。最後にお客様にメッセージを。

コロナ禍に見舞われている今、様々な意味で自分の価値観が揺さぶられています。こうした時期に3回目の上演ができること、また公演を楽しみにしてくれる方々がいること、さらに演者がこの作品を通して自分の可能性を引き出す瞬間を見つけてくれていること、これらのことに大きな力をもらっています。先ほどの振付家、ダンサー、そしてお客様のゴールデン・トライアングルを成立させるべく最後まで謙虚に忍耐強くリードしてゆきたいと思っています。

――時代の記憶とともに、観客はその作品を思い出すのかもしれませんね。私たち観客もキリアンさんのおっしゃるゴールデン・トライアングルを構成すべく、楽しみに拝見させていただきたいと思います。ありがとうございました。

取材・文=西原朋未

当記事はSPICEの提供記事です。

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