ビニール傘はどうして生まれた? 東京五輪にもまつわる誕生秘話をチコちゃんが紹介

しらべぇ




20日に放送された『チコちゃんに叱られる!!』(NHK)で扱われたテーマのひとつ、「ビニール傘って何」が注目を集めている。

突然雨が降ってきたときにコンビニでビニール傘を買ったことがある人も多いのではないだろうか。安くて便利なビニール傘には意外な誕生エピソードがあった。

■「傘用のカバー」


チコちゃんの気になる回答は「傘用のカバー」という。傘のケースと言われれば、わかりやすいがカバーとはどういうことなのだろうか。

ビニール傘は、イギリス女王も愛用しており、1964年東京五輪の影で生まれたようだ。ビニール傘を開発したのは、戦争で生き延びシベリアから帰国した傘屋だという。

傘屋は、大名行列の雨具一式を納品していた老舗だったが、シベリアから日本に帰国したのは終戦から4年後。既に同業者に先を越された状態となっており、材料が手に入らなくて悩んでいた。

関連記事:蒼井優、夫・山里亮太を呼び間違えて赤面 「同じ山ちゃんだからって…」

■傘の弱点を埋める


当時、傘は綿で作られており、雨に濡れると次第に漏れ始め、最悪のケースだと色落ちまでして服が汚れてしまうことも。そんな綿の傘の弱点に目をつけた傘屋当主は、雨を弾く素材を研究していたところ、進駐軍が使っていたビニールのテーブルクロスに目をつけた。

ビニールに穴を開けて傘の上から被せるという傘カバーが完成。布の傘に悩んでいる人が多く、瞬く間に売れていった。

■ナイロン傘の登場


しかし、ナイロン傘が登場。ナイロン傘は綿傘の弱点を克服していたため、傘カバーはお役御免となった。当主は、傘カバーでなく、ビニールで傘を作ってしまえばいいのではないかと思いついた。

ビニールと傘の骨をくっつけるのは当時かなり難しかった。アメリカの技術である高周波ウェルダー加工を使えば目標を達成できるが、当然手に入らない。しかし、当主は諦めずに5年かけて機械を開発。結果的にビニール傘を作ることに成功するが、数年間は売れなかった。

■海外をきっかけに


オリンピックを見に来ていたニューヨークの傘メーカー社長がビニール傘を発見。バードケージという名前となってニューヨークで飛ぶように売れた。

数年後に「銀座におしゃれな傘が売っている」とテレビ・雑誌で取り上げられ瞬く間に広がり、現在のように市民権を得ることとなった。絶対売るという精神で改良を続けた当主を見習いたい。

・合わせて読みたい→熱中症アラート発動で日傘が無料で使えると話題 環境省は「全国各地に広げていきたい」

(文/しらべぇ編集部・Aomi

当記事はしらべぇの提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ

あなたにおすすめ