【今週はこれを読め! エンタメ編】ぐっちゃぐちゃなところがいい!~中島たい子『かきあげ家族』

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 この本、映画好きのみなさんはお読みになった方がいいです。次々にいろんな映画のタイトルや俳優・監督の名前が出てきて、しかもそれらが絶妙な使われ方をしてるんですよ。例えば、「若くはない引きこもりの息子を久しぶりに観て、八郎は自分は『2001年宇宙の旅』のボーマン船長のように、ワンシーンで一気に老け込んだ気持ちになるのだった」といった感じで。

さて、「八郎」とは主人公である中井戸八郎のこと。コメディ専門の映画監督で69歳。冒頭は映画館で10歳の孫・吾郎と並んで座り、海外の映画祭で賞をもらった『しあわせ家族』をこれから観ようというシーンだ。2時間後、眠りこけてしまっていた吾郎と多くの観客がすすり泣く中で涙の一粒も見せなかった八郎は、帰宅の途に就く。ほんとうは八郎が最初に原作を見つけて映画化しようと提案した、そしてコメディとして撮るつもりだった『しあわせ家族』。次の監督予定作品が決まっていない現状とも相まって、八郎はどうにも調子が上がらない。

低調なのは、八郎の子どもたちも同じ。次男の真太郎はもう何年も引きこもりだし、吾郎の親である美子は八郎と同じく映画関係者である脚本家・高田との離婚が決まったところ。唯一真っ当な社会人として暮らしているはずの長男・章雄までが会社を辞めたうえに自分の家族にも何も告げず家出してきてしまった。ついでに吾郎も不登校児。安定しているといえるのは、八郎の妻で元女優の百合子くらいだ。

問題は他にもある。八郎が所蔵していた、『故黒川治監督の絶筆脚本』が紛失したのだ。同じ映画監督とはいえ作風も違えば格も違う("世界のクロカーワ"といえば、映画を観なくなった現代の若者も、外国人もその名を知るほどの有名人)黒川が、なぜか『遺稿は中井戸八郎監督に譲渡されたし』との遺言書を作成していたのである。八郎は戸惑いながらも「とりあえずは、しかるべき行き場所が見つかるまで」預かることにしたのだが、保管しておいた書庫(と呼んでる物置)から消えてしまっていて...。

『かきあげ家族』とは、百合子の「昔、天ぷら学生とか、天ぷらナンバーって言ったじゃない? 衣かぶってるけど中身はわからない、って意味だけど。うちはさしずめ『天ぷら家族』だわね」という発言を受けて、八郎が発した「むしろ、ぐっちゃぐちゃの『かきあげ家族』だ」が語源(?)である。八郎も百合子も、自分たちが芸能界での仕事をしていたことで、親として子どもたちに十分なことをしてやれなかったという負い目があるようだ。だけど、自分の正当性を疑いもせず家族を抑えつけようとする親も多い中、そうやって子どもたちを思いやる気持ちがあるだけで十分に立派ではないかという気がするのだが。時に面倒だし、鬱陶しく感じることも多いけど、いてくれるとやっぱり心強いのも家族というものだと思う。かきあげ、けっこうではないか。蕎麦やうどんはきつねよりたぬき派の身としては、かきあげとなればさらに上等という感覚だけど?

その人にとって何が幸せかなんて、ほんとうのところは部外者にはわからない。そりゃ確かに引きこもらずにいられれば、離婚も避けられれば、家族に隠し事なんてしないですめば、それに越したことはなかっただろう。だけど、人生は1回つまずいたらそこで試合終了、というわけではない。むしろ、挫折を味わってからが勝負のしどころといえる。周囲の目や一般論に従っていさえすれば幸福になれるという人間ばかりではないのだ。中井戸家は世間の常識からは若干ずれた「かきあげ家族」だけれども、それぞれが自分たちの信じる道を選び取り、お互いを(多少の諦念もありつつ)見守っているのがいい。あっちへ行ったり、こっちへ来たり。脚本をめぐっての騒動や八郎自身の映画監督としての身の振り方に関する迷いなどに加え、出生の秘密的な重大案件も絡んできて、さらなる混乱状態に陥った中井戸家の明日はどっちだ!?

ということで、最初の文章は撤回します。映画好きに限定したらもったいない。この本、あらゆる読者がお読みになった方がいいです。

(松井ゆかり)

当記事はBOOKSTANDの提供記事です。

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