人間国宝・堅田喜三久の鷹の音、鳳聲晴久に聞くファンタジアの希望『Sine termino Antiqua Consulere 2020』配信開始記念インタビュー

SPICE



邦楽笛奏者の鳳聲晴久(ほうせいはるひさ)がプロデュースする音楽ユニット「Sine termino Antiqua(シーネ・テルミノ・アンティーカ)」が、10月20日にVimeoで動画を公開、11月3日より各種音楽配信サービスで、楽曲をリリースした。全5曲で収録時間は67分。

Sine termino Antiqua(以下、S.T.Antiqua)とは、ラテン語で「国境なき楽団」を意味する。東西より異なるルーツの楽器を持ちより、邦楽と洋楽の国境をこえた音楽を目指すという。ここでの「邦楽」は、雅楽、能楽、歌舞伎など日本の古典芸能とともに、伝統的に演奏されてきた和楽器の音楽をさす。それ以外の音楽を「洋楽」とする。メンバーは、アコーディオンの大口俊輔、チェロの多井智紀、篠笛の晴久。2020年10月、ヴィオラの多井かなが加わり、トリオから楽団になった。



今配信は、“国境なき”のコンセプトどおり、伝統の和楽器である篠笛と、洋楽器によるバッハを4曲収録している。さらに邦楽囃子方の人間国宝・堅田喜三久(かただきさく)のオリジナル曲『鷹』を、喜三久自身も演奏に参加し、新たに収録した。『鷹』は、演奏会やテレビ番組で披露され、反響も大きかった囃子構成曲だが、スタジオレコーディングの音源がリリースされるのは、これが初めてとなる。なぜ今バッハなのか。『鷹』の表現がどこから生まれたのか。晴久と喜三久に話を聞いた。

堅田喜三郎(大鼓)
堅田喜三郎(大鼓)

■収録曲

1 幻想曲ト長調 BWV572/J.S.バッハ
2 ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調 BWV1017/J.S.バッハ
3 囃子構成曲「鷹」/堅田喜三久構成
4 パルティータ第2番ハ短調 BWV826/J.S.バッハ
5 フーガの技法コントラプンクトゥスIニ短調BWV1080/J.S.バッハ

■参加アーティスト

<1,2,4,5曲目>
鳳聲晴久(篠笛)
大口俊輔(アコーディオン)
多井智紀(チェロ、ヴィオラダガンバ)
多井かな(ヴァイオリン、ヴィオラ)

<3曲目>
鳳聲晴久(笛)
堅田喜三久(小鼓)
堅田喜三郎(大鼓)

左から、鳳聲晴久(篠笛)、大口俊輔(アコーディオン)、多井智紀(チェロ、ヴィオラダガンバ)、多井かな(ヴァイオリン、ヴィオラ)。
左から、鳳聲晴久(篠笛)、大口俊輔(アコーディオン)、多井智紀(チェロ、ヴィオラダガンバ)、多井かな(ヴァイオリン、ヴィオラ)。

■未来はきっとハッピーになる


今配信は、バッハを中心とした選曲となっている。その理由を晴久は、次のように語った。

「バッハは1685年に生まれました。今我々が耳にする西洋音楽の、元の形ができはじめた時期です。当時の楽器は、今ほど進化しておらず、構造もシンプルです。邦楽器で洋楽を演奏するなら、そのくらい古くまで遡った音の方が共通性があり、時間を越えやすいはずだ、と考えました。これをやってみたいと考え、コロナ禍の外出自粛期間中に、300年ほど前の時代のオルガン曲を聴き直す中、気にとまったのがバッハの『幻想曲ト長調 BWV572(以下、『ファンタジア』。1曲目収録)』でした」

鳳聲晴久
鳳聲晴久

『ファンタジア』を聴いて晴久は、300年前のこの音楽が「現代にフィットする」と感じた。

「音楽の構成として、秩序立っていたものが崩れていき、壊れそうになりながらも、新しい形で調和します。ルネサンス期は、教会音楽として調和を追及した時代ですから、バッハは非常に新しい挑戦をしたことが分かります。今、世の中は秩序が大きく変わり、戸惑いの時期にあります。でも恐れることはない。壊れゆくことが次のスタートにつながり、その先で上手くいく。未来はきっとハッピーになる。『ファンタジア』から、そんな希望を感じました」

『フーガの技法』は4声(4つの旋律)、『ファンタジア』は5声の楽曲。トリオ時代はアコーディオンが2つの声を担当していたが、ビオラの加入でピースがそろった。
『フーガの技法』は4声(4つの旋律)、『ファンタジア』は5声の楽曲。トリオ時代はアコーディオンが2つの声を担当していたが、ビオラの加入でピースがそろった。

■大皮から広がる『鷹』のイメージ


『鷹』(3曲目収録曲)は、喜三久が作曲した囃子構成曲だ。アイデアの源は、1962年1月に日本テレビ系で放送されたドキュメンタリー番組『老人と鷹』だった。喜三久はこの番組内で、大鼓(通称「大皮」)を打った。

「呼ばれてスタジオにいくと、そこに譜面はありませんでした。映像をみるように言われ、モノクロの画面に老人と鷹が映りました。そして『鷹が飛び立ちます。その時に打ってください。空高く飛んでいる時は高い感じ、とまった時はドスのきいた音で、鷹が映っていない時はお休みです。あとはお任せします』と言われたんです。僕たち邦楽囃子方は、大皮のことをよく知っています。しかしその音色が、鷹のイメージにつながるなんて気づきようもありませんでした」

その経験が、約50年後の作曲で生かされることになる。2008年7月、国立劇場小劇場で『鷹』が初演された。

「邦楽には『鷺娘』があります。鷹をメインに、鷺とドッキングしてみよう。その時に思ったんです。鷹の飛ぶムードは、鼓でも笛でもない。そうだ、大皮だと」


「人間国宝~その心と技~ 堅田喜三久 いいちこ総合文化センター」公式YouTubeチャンネルより

テレビや演奏会で『鷹』を披露すると、三味線や唄に馴染みのない層から、大きな反響がある。

「作った本人はどこが良いのか分からないけれど、テレビで何曲か演奏すると、たいてい『鷹』が良かったと言っていただける。競馬場の警備員さんにも言われましたよ。僕としては『獅子』とか別の曲をもっとがんばったのに(笑)」

『鷹』に注目したのは、一般の視聴者だけではない。親交のあった歌舞伎俳優・中村富十郎の長男、歌舞伎俳優の中村鷹之資からも「僕の名前と同じ“鷹”です。これを踊りにしたい」と言われた。

「私は振付者ではありませんが、言われてみればたしかに舞踊になる。冒頭で鷹が凄んで暴れ、くたびれて寝ちゃって、翼をかいてフワっと目を覚ます。空を遊泳し、妙な野郎が来たなと思ったら空中で大喧嘩になり、また落ちる。落ちたところで、能管の音色がぴゃっと入る。鼓と大皮で凄みを感じ、決まって終わる。モノを書くのが苦手な僕が書いたストーリーだから、易しくて伝わりやすいのでしょう。そこに打楽器の正確なリズム、そして邦楽の良い意味での甘さのリズムがドッキングします」

堅田喜三久
堅田喜三久

■正確なリズムと甘さの旨みのドッキング


今でこそ和楽器と洋楽のコラボレーションは多く見受けられる。その先駆者が堅田喜三久だ。1935(昭和10)年生まれの喜三久が、どのように洋楽と接点を持ったのか。聞けば、10代の頃よりジャズを好んで聞いていたという。16歳から18歳頃まで、親戚の紹介で浅草・国際劇場のボックス(演奏家が控える、オーケストラピットのようなスペース)で見習いをしていた。

「そこで大太鼓を打つようになりました。はじめは不自然な打ち方をしていたせいで、何本もバチを折りました。出来ばえも良くありませんでした。でもフルバンドに混ざっていたから、打ち間違えても目立つことはない(笑)。SKDを間近に見られるし、200円ももらえるし…と通ううちに訓練になり、バチも折らなくなった。勉強というつもりもなく、好きだからジャズドラムを聞き、洋楽を聞き、訓練になりました」

18歳の時、家が近かったという理由からビクターのスタジオに呼ばれた。当時、古典の演奏家がそれ以外をやることは考えられなかった。

「でも明治生まれ、大正生まれの先輩は、♪ドドンタ、ドドンタが打てない。ドドンパのリズムが流行った頃に、♪ドドンタと打ってほしいといっても、♪ドドンカッカ、ドドンカッカと打ってしまう(笑)。その挙句、邦楽にはないリズムは打てません、と匙を投げてしまわれる」

そのような時代に喜三久は、戸惑いながらも積極的に、洋楽の作曲者のリクエストに応え経験を積んだ。よほど音楽の素養があったのだろうと想像するも、喜三久本人はそれを否定する。

「中学校の通信簿で、音楽は5段階の2。でもそれが良かったのかもしれない。もし5だったら、自分の演奏に自信をもっていたでしょうから、洋楽との演奏が上手くいかなかったと思います。2だったから、自信がない。自信がないから一生懸命ピアノの音を聞く。どの音に合わせればいいかを探しました。どんな現場でも一生懸命でした」

20代になると、多くのスタジオから声がかかるようになった。同時に、当時の邦楽囃子方の「リズムの甘さ」に危機感を抱くようになった。

「邦楽の打楽器は、リズムが甘い。よく言えば日本音楽としての味があります。悪く言えば“間”に正しくありません。洋楽の打楽器奏者は、間が悪くちゃプロとしてやっていけません。でも邦楽の打楽器奏者の場合、少々間が悪くてもビジネスになった。そういう時代だったんです。これは危険だ、これが邦楽囃子方だと言われたら赤っ恥をかく、と思いました。そこで、洋楽の“間”と邦楽の“間”の橋渡しをしたんです。今では若い邦楽演奏者たちもリズムに厳しくなりましたね」


公式YouTUbeチャンネルより『人間国宝 堅田喜三久 囃子リサイタル~無観客公演~』

次第に、邦楽の甘さ、その味の旨さに気がつく洋楽の指揮者や奏者が、現れるようになった。

「作曲者から『譜面にはダンダダンとあるが、邦楽的に打ってほしい』と言われるようになりました。作曲者の中には、邦楽の間を譜面にしようと“8分の5の何分の何……”と書いた方もいましたが、目が回るような譜面でした(笑)。譜面に対しては不正確で甘い。けれど、洋楽のパーカッションには打てない邦楽の味、その旨さが、邦楽にはあるんです」

正確なリズムと邦楽の甘さを兼ね備え演奏された『鷹』。本作初のスタジオ収録を、喜三久は次のように振り返った。

「今までちゃんと録音もしていなかったし、“何年何月何日堅田喜三久・作”みたいなことを、わざわざ偉そうに言うのもイヤだった。でも今回、14分の曲をたった3人で演奏してみて、これは成功といえる出来だと思いました。自分で褒めちゃいけないけれど、何となくできちゃって何となく良かった。そういう曲です」

『Sine termino Antiqua Consulere 2020』は、映像版をVimeoオンデマンドで、音源版を各種配信ストアで発売中。

取材・文=塚田史香

当記事はSPICEの提供記事です。

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