市川猿之助が『蜘蛛の絲宿直噺』で5役早替り 『吉例顔見世大歌舞伎』取材会レポート

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歌舞伎俳優の市川猿之助が、2020年11月1日(日)より26日(木)まで、東京・歌舞伎座で上演される『吉例顔見世大歌舞伎』の第一部『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』に出演し、5役を早替りで勤める。開幕に先駆けて、猿之助が今公演への意気込み、見どころ、そしてコロナ後の歌舞伎座再開への思いを取材会で語った。

■早替りの先陣を切るなら澤瀉屋


『蜘蛛の絲宿直噺』は、早替りで楽しませる舞踊劇だ。猿之助は、2006年1月の『新春浅草歌舞伎』以来、『蜘蛛絲梓弦(くものいと あずさのゆみはり)』という外題で本作のバージョン違いを勤めてきたが、登場する俳優の数への配慮などから、今回は『蜘蛛の絲宿直噺』が上演される。早替り5役のうち、小姓澤瀉と太鼓持彦平は『梓弦』で猿之助が演じていないキャラクターだ。さらに今回ならではのアレンジも加わる。補綴は、石川耕士。
<『蜘蛛の絲宿直噺』あらすじ>
時は平安時代。館の寝所で源頼光(中村隼人)が病に伏せている。隣の間では、家臣の坂田金時(市川猿弥)、碓井貞光(中村福之助)が寝ずの番で警護にあたり、それぞれの女房(市川笑也、市川笑三郎)たちも控えている。そこへ女童熨斗美(猿之助)、小姓澤瀉(猿之助)、番新八重里(猿之助)、太鼓持彦平(猿之助)、傾城薄雲(猿之助。計五役)が、入れ替わり立ち替わり現れて……。

本作の上演を決めた経緯、そして意気込みを、次のように語った。

「政府は、劇場の収容人数に関する規制を緩和しました。それでも舞台に大人数を出せる時期ではありません。だから私一人で5役やらなきゃいけないんです(笑)。舞踊劇なので台詞は少ないです。再開後の歌舞伎座で、早替りの先陣を切るなら澤瀉屋かなと思いました。今までは『梓弦』で行っていましたが、四天王や蜘蛛四天など大人数が登場します。そこで山城屋や、おじの猿翁がやった『蜘蛛の絲宿直噺』にしました。こちらは元から少ない人数で演じられているからです」

取材会では「お客を入れようと思うなら、伊佐山、大和田、渡真利、中野渡頭取(いずれもドラマ『半沢直樹』の登場人物)の早替りをやったらいい。江戸時代ならやっていたでしょうね」と、ジョークも口にしていた。

『蜘蛛絲梓弦』傾城薄雲=市川猿之助(平成27年7月歌舞伎座)
『蜘蛛絲梓弦』傾城薄雲=市川猿之助(平成27年7月歌舞伎座)

■早ければよい、というものではない


次々と移り変わる役を、猿之助は、一体どのような気持ちで演じているのだろうか。

「(違うお芝居の)役を習った時、山城屋のおじさま(坂田藤十郎)に、演じる時の気持ちについて伺いました。すると『気持ちなんかあらへん。お客さんは、役じゃなくて役者を待っているんだから。ハイ、皆さん、私、坂田藤十郎が出てきましたよ、と自分で出ていく』とおっしゃいました。そこからポッと芝居に入る。新劇にはない、歌舞伎ならではの発想ですよね」​

役作りには、「自分を役に近づけるタイプ」と「役を自分に引き寄せるタイプ」があると言い、澤瀉屋は後者であるとも語った。

「どちらのアプローチも、役になりきるのは大前提。なりきった上で、とことんなりきるのか、自分をみせるのか。山城屋のおじさまは、とことん役になりきった上で突き抜けて、自分を見せていた。究極ですよね、大尊敬しています」



早替りの舞台裏には、吹き替えの俳優や、着替えをサポートするメンバーが控えている。「人が密集するので気をつけたい」と述べた上で、早替りのポイントを2つの視点から語った。

ひとつは、「チームワーク」。

「僕らとお弟子さんたちとの間には、言葉がいらないくらいの強い信頼関係があります。だからこそ、たった3回の稽古で本番を迎えることができます。澤瀉屋は早替りを得意にしないといけない家。そこは特化しています」

もうひとつは、早替りは「早ければ良い、というものではない」ということ。

「早替りは、早すぎるとお客さんにあまりウケません。おじ(猿翁)や先輩の役者さんからもお聞きしましたが、わざと足音をさせたり、わざと息を切らしたり、わざと着物をグズグズに着て、舞台に出て台詞を言いながら直してみたり。それを見たお客さんは『急いで出てきたせいだ!』と思われますよね。吹き替えにも同じことが言えます。お客さんは吹き替えらしさを楽しんでいます。おじの早替りには、市川猿十郎さん(1999年『伊達の十役』の吹き替えの演技で、歌舞伎座賞を受賞。2004年8月5日に45歳で他界)という、面白い吹き替えがいました。おじとは、あり得ないほど動きが違うのに、お客様には不思議なほど喜んでいただけました」​

公演の見どころは、早替りだけではない。

「渡辺綱が鬼の腕をとる、伝説の有名な箇所を踊ります。途中から洒落た曲になるので見どころかと。そして! 8ヵ月ぶりに! 笑也ちゃんと笑三郎さんとご一緒します! 役者にとって舞台に出られないストレスは本当に大きなものです。今回はふたりのために女方の役を作っていただきました」



■ドラマ『半沢直樹』から得たものは?


取材会ではたびたび、『半沢直樹』にまつわる質問が挙がっていた。敵役の怪演をきっかけに、歌舞伎に関心のなかった層にもファンを増やし、バラエティ番組への出演も増えている。

しかし何か変化を実感するか問われると「収入が増えただけ」と答え、歌舞伎に活かせる経験はあったかとの問いには「ないです。歌舞伎のやり方をもっていったら、TVドラマが歌舞伎化した」と涼しい顔。世間のブームとの温度差に、取材会は何度も笑いに包まれた。

テレビ出演のオファーがあることに感謝を述べつつ、「本来なら歌舞伎の舞台に立っていたことを思うと複雑だった」とも語った。ドラマが話題沸騰の最中、8月1日に歌舞伎座が『八月花形歌舞伎』の初日を迎えた。

「歌舞伎の再開には、緊張感がありました。場内でのおしゃべりを控えていただいているので、開演前の出番を待っていても、お客様のざわめきさえ聞こえてこない。異様な静けさでした。各部の開演前に、役者からのアナウンスがあり、そこでようやく熱のこもった大きな拍手が聞こえてきました。客席にいるのは、身の危険を顧みずに来場してくださった、本当に歌舞伎を待っていてくださった方々です。声をかけられない分だけ、拍手に気持ちがのっていました。熱量を感じました」



■採算度外視で、お客様からの信頼を


8月の再開から3か月、歌舞伎座では、新型コロナの感染症者を出すことなく興行が続いている。感染症対策について問われると、猿之助は「そんなに慎重にしなくてもいいんじゃない? ……というくらい慎重です」と印象を述べた。

「歌舞伎座は安心だ、とお客様からの信頼を得るために、『利益より実をとろう』と採算度外視で、大きな会社だからこそできることを、やれるだけやっている。これは松竹さんと我々役者の共通認識です。出演する役者を対象にした説明会では、松竹の方から『熱があったら必ず言ってください。その部は休演になりますが、絶対に負担に思わないでください。松竹はそれに対して何も思いません。皆さんの安全が第一です』と言われました。それは不調を言い出しやすい空気を作ってくれた。僕はこれを高く評価します」

歌舞伎座は、11月も1日四部制となる。規制の緩和を受け、桟敷席の販売が再開されるが、ひきつづき収容人数の50%以下に抑えた配置の予定だ。

■歌舞伎、映像、これからについて


さまざまな話題が上がる中、猿之助が少し考える様子を見せたのは「歌舞伎の映像化」の将来についてだった。



「これからの歌舞伎役者は、映像も知らないといけなくなるでしょうね。でも歌舞伎のどこまでを映像にするかは、難しいです。だって映像にできるなら、映画でいいですから。それに映像なら(編集できてしまうから)、引き抜きで衣裳を変える必要もないし、苦労して早替りすることもない。宙乗りもCGでできてしまいます。こちらが、いくら生の舞台でやりたいといっても、世間に需要があるかどうか。そこは需要と供給の世界です。だからこそ逆に、生で見る良さを伝えていきたいです」

歌舞伎の興行ができない期間に制作され、オンライン配信された図夢歌舞伎『忠臣蔵』について問われると、「幸四郎さんがはじめたことで、僕は第三回から賛同し協力した立場」とした。自身が出演した回では演出も手掛け、存在感を放っていた。

「幸四郎さんの『とにかく、やる』という勇気、特攻精神を、仲間として尊敬しています。明治初期に『散切り物』と呼ばれる歌舞伎(散切り頭に洋装の、世話物狂言)があったように、令和の初め、疫病をきっかけに「図夢歌舞伎」が生まれ……と、歌舞伎の歴史に記される可能性もあるんじゃないでしょうか」



猿之助は、先を見据えて話を続ける。

「100年後には、映像の歌舞伎が普通になり、おじいちゃんおばあちゃんが『昔は歌舞伎を生でやっていたんだよ』なんて言う日が来るかもしれない。消えるものがあれば、生まれてくるものも必ずあります。でも、僕は死ぬまで歌舞伎で食べていきたいので、自分が死ぬまでは歌舞伎は生であってほしい。あとは知りません。本気で考えないといけなくなるのは、團子たちの世代でしょうね。團子は映像やパソコンのことを色々と言ってきます。染五郎くんもインスタでパパっと動画を編集したりする。でも僕にはまったく理解できないんです。だから次の世代に託します!」

文字にすると、突き放すようにも読めるかもしれない。しかし猿之助の声は明るく、その表情はワクワクしているようにも見えた。猿之助が出演する『吉例顔見世大歌舞伎』は、2020年11月1日(日)から26日(木)まで歌舞伎座にて上演。

腕組みを求められ「なんでみんな、そんなに腕組み好きなの?」と言いつつ答える猿之助。
腕組みを求められ「なんでみんな、そんなに腕組み好きなの?」と言いつつ答える猿之助。

取材・文=塚田史香
(初出時に情報の誤りがございました。訂正し、お詫び申し上げます。)

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