<純烈物語>“諦めない”を反芻しながら白川裕二郎は「おばちゃんたちの笑顔」を欲している<第66回>

日刊SPA!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第66回>コロナ禍の中で印象に残った“諦めない”の言葉。白川裕二郎を支えるのは「おばちゃんたちの笑顔」

「あの時は、映像として残ることによって僕たちの元気というものを伝えるつもりでステージに上がりました。ただ、ファンの皆さんは喜んでくれるだろうけどその一方で、映像でしか見られないことでさらに寂しくなっちゃう人もいるのかなっていう思いもありましたよね」

6月23日の東京お台場 大江戸温泉物語。無観客ながら約4ヵ月ぶりにメンバーとともにステージへ立った白川裕二郎は、そうした引っかかりを抱きつつテレビ収録とは違う複数曲を歌い続けた。MCに関しては酒井一圭と小田井涼平で8割方話すような感じなので発言も少なめとなるのだが、「エアラウンド」を終えたあと振られて出たのが「お客さんがいないのがこんなに寂しいものかと」だった。

それが、ボーカリストとして観客の存在によって支えられてきたからこその率直な思いだったことが、今になって理解できる。目の前にファンがいないという現実描写以上の思いが、そのひとことにはこめられていたのだ。

同時に、ファンが見たくても見られない中でライブをやることに対しどう向き合うべきなのか。それは、メンバー全員共通の命題だったに違いない。

笑顔を振りまけばまくほどに寂しさを与えてしまう可能性も生じる。純烈とは、そこまで考えるパフォーマンス集団だ。

提供する側も受け手も、なんらかの葛藤を持たざるを得ない。それがエンターテインメントを取り巻く現状である。

◆「諦めない」という言葉

ただ、葛藤を共有することでより距離感は近づくはず。コロナ禍の中で印象に残ったできごとは何かと振ると、白川は「諦めないという言葉」と答えた。

「こういう状況だけに、ファンレターがいっぱい来たんですよ。そこに“諦めないで”と書かれていることが多くて。諦めないというのは、いろんな意味がこめられていると思うんだけど、僕が精神的にそこまで弱い人間だと思われているのかもしれない。いろいろ大変だけど裕ちゃん、純烈やめずに諦めないで頑張ってね、っていうことなんでしょうけど……いやいや、俺全然そんなこと思っていないしって。

そんなに俺、マイナス思考に見える?って思いました。MCとかでは冗談で純烈やめたる!とか言いますけど、そういう言葉を多くいただいたので、みんなこそ人生を諦めないでねと思ったんですね。月並みかもしれないけど“諦めない”という言葉が強く刻まれました」

◆白川裕二郎の強さを感じてほしい

この連載でも常に何かと闘い、悩んでいるという印象がついてしまっているのかもしれない。しかし、その中にこそ人間・白川裕二郎の強さを感じ取っていただきたいという意図がある。

取材時、どんなにネガティブな思いや経験をうつむきながら口にしても、最後には正面を見据えるのが白川。その時の精かんなまでの眼力は、否応なく力士時代にあこがれた千代の富士をほうふつとさせる。

向き合う仕事が変わっても、姿勢が同じであればその人の目つきは同じなのだろう。白川が包み隠すことなく語る内なる真実へ触れるたびに、弱さよりも強さを感じてしまうのだ。

おそらく、ファンもそんな生真面目さやプロとしての姿勢が理解できているからこそ、その部分が過剰になりすぎることを懸念しているのではないか。それを言うと白川は、ありがたいという気持ちがこもった微笑を浮かべながら首をタテに振った。

「だとは思うんですけどね。でも病んではいないし……まあ、あの状況は病んでもおかしくないんですけど、そこまでではなかった。コロナになって寂しくはなったけどその分、体力的には休めたので助かったと思うようにしているんです」

マイナスをマイナスと受け取らず、プラスと考える――これは、白川が心がけている純烈をやる上での基本スタンスである。

だいたい負を負のままにとらえていたら今頃、純烈はない。デビューしての数年間は、それこそマイナスだらけだった。

◆昨年までの純烈はまさに年間フル稼働

休みをとれたことが“特別”に該当する……それほどまでに、昨年までの純烈は常人ではあり得ぬほどのスケジュールを年間フル稼働でこなしていた。北海道の翌日は大阪という行程は当たり前。車でいけるところは純烈号に乗り込み、時間をかけて往復する。

体力だけではない。集合時間や飛行機、電車を利用するとなると出発に間に合わせるだけでもプレッシャーになる。精神的に削られる中で、それでもステージに上がれば笑顔で歌い、長時間にも及ぶ撮影会でファン一人ひとりとコミュニケーションを交わす。

純烈としてはそれが当たり前の光景であり、だからこそ支持され、評価されてきた。でも、その当たり前の向こう側には我々が知る由もない時間と体力が費やされている。

「そういうのを見て、諦めないでって言ってくれたのかもしれないですね。あのペースが今年も続くことを思えば、ペースダウンできてコンディション的には持ち直すことができた。それはメンバーも言っていて、あのまま続いていたらもしかしたら体が潰れていたかもしれないねという話はチラホラしました」

あとづけの考え方となってしまうが、このタイミングで休めたのは歌の神様が「まあ、少しは茶屋で落ち着け。京はまだまだ先ぞ」と与えたものなのかもしれない。もちろんそれがコロナによるものだけに悠長なことは言っていられないのだが、歩いて京都を目指す東海道五十三次を純烈はまるで短距離ランナーのようなスピードで進み続けてきたのだから。

◆休みが取れた分、歌への影響は?

白川の話を聞くうちに休めた一方で場数が減った分、それが歌に影響したのではと思った。それは、ファンと会えないという気持ちの面とはまた別のところでの弊害だ。

「あるのかなぁ……ああ、あるかもしれないですね。それは年間何百本とやってきたことが数本になったら影響がないわけないし今は正直、自信がないですもん。去年のように殺人的なスケジュールでやらせてもらって、来年いきなり復活するとなった時に俺、歌えるのかなってすごく不安ですよね。一度ペースが崩れちゃうと、体力は今の方があると思うんですけど使う部位が違う気がする。

純烈で培ってきた体力や気持ちって、純烈用として作られていったと思うんですけど、何ヵ月も休んだことで衰えているでしょう。それはリハビリのようにイチから構築していくしかない。復活したらしたで大変だろうなあ。今も想像できないですからね」

実戦の重要性は、どのジャンルも同じである。プロレスは日々の練習で何度も反復することで技は出せても、それを受けることはブランクが空くと難しい。

実戦から離れると、体の耐久力が落ちるからだ。プロレスは相手の技を受けることで鍛えた肉体のすごみを見る者に伝える。

いかにして相手の技をディフェンスし、ダメージを最小限に食い止める格闘技との違いがそこにある。受けるのもかわすのも、共通しているのはそこに鍛錬と技術を要すことだ。

長期欠場から復帰するプロレスラーは、自分の体が相手の攻めに耐えられるかどうかの不安と闘いながらリングに上がる。識者は技を出す時よりも、食らったあとにどう動けるかの方に視点を置いて復調具合を判断する。

どんなにボイストレーニングを積んでも、毎日のように歌う環境とは明らかに条件が違う。キツいながらも、ハードスケジュールによって白川は純烈のボーカリストとしての基準点を保ち続けることができた。

そうした不安を抱えつつも、白川は今やるべきことと向き合っている。それは、自信をつけるために1kgでも重いバーベルをあげようと努力するアスリートのようでもある。

今年は紅白というゴールも立てづらかった。そうした中で、何が白川のモチベーションとなっているのか。

「おばちゃんたちがキャッキャッいって喜んでくれている笑顔が見たいです。ああ、おばちゃんたちと写真が撮りたいよなあ……」

世のマダムたちを笑顔にさせていた白川の方が、今はそれを欲している。有観客ライブが再開したあかつきには、純子と烈男の皆さんも我慢に我慢を重ねた上で一気に解放されるはず。それは、メンバーも同じということだ。

世のおばちゃんたちの笑顔が、白川裕二郎を支えている――それが、止まっているようで止まっていない純烈とファンの関係性なのだ。

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

【鈴木健.txt】

(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』が発売

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